愚痴
隠すほどのことでもない。
もうこの絆の深淵が出来てから千年以上経っている。今からダンマスの素性を調べても、何も記録は残ってはおるまい。
もっと言うと、ダンジョンマスターは直接戦闘には参加しない。奇跡的にダンマスが何者か知られてたとしても、攻略には
おまけにショコラは俺の話を全部作り話だと思い込んでいる
少々愚痴を言っても、問題なかろう。
ひょっとすると、この嘆きがダンマスの心に届くかも知れない。まぁまず無理だが。変なことを言ってまた
「――ひと言で表せば、メンヘラだな」
「メンヘラ」
「ものの考え方が幼稚だ。なんでも自分の都合通りに事が運ぶと心の底から信じている。嫉妬心や束縛癖もすごい。自分の部下の行動を常に監視していないといられない
「はぁ」
俺の後ろで生返事したショコラ。
警告を込めて、立ち止まって振り返る。
「――だが、甘く見るなよ。そんな
俺の真に迫った声に、ショコラがゴクリと生唾を飲んだ。
「ひと言で言えば、悪夢だ……ただただ、悪意だけが詰まったダンジョン。まるで子供がアリを潰したり、水に浮かべたり、その巣に水を流し込んだり、土で蓋をしてその上に岩を置いたりする。そういった無邪気な悪意。それがこの絆の深淵だ」
俺は休憩がてらタバコを取り出し、それを兜に突っ込んで続ける。
「……幼子が、
そしてその怪物召喚の基準が、可愛いとか、格好いいとか、そういうやつ。
「な、なるほど。そう考えるとこの〈
腕を組んでうんうんと続ける。
「さすがこのダンジョンのことを朝から晩まで妄想しているディーゼルさんだけあって設定が凝ってます……あ、休憩ですね? 私も休憩しよーっと」
話をしていたら、なんだか酷く疲れてきた。メンヘラなダンマスにも、脳天気なショコラにも。
タバコを吹かす。
その隣でショコラも休憩に入った。彼女は口にチョコを放り込んで幸せそうだ。
ダンジョンにはランクがある。
最も優しいダンジョンがD級のダンジョン。そこからC、B、A、S級と難易度が上がっていき、その上に君臨するのが
それに挑む冒険者側にも同様にランクがある。下からF、E、D、C、B、A、そして最上位にS級冒険者が存在している。
ダンジョンも冒険者も、主に実績でランクが上下する。絆の深淵は、それほど冒険者に恐怖を刻み込み、同時に富も排出し続けてきたということだ。
繰り返すがショコラはE級冒険者。本人曰く、里を出て冒険者になってから、まだ間もないのでE級止まりなだけで、時間をかければA級は硬いらしい。
まぁ、よくある
出会った当初の印象は、A級は固かったがな……。
「まぁ、私としてはダンジョン攻略と復讐を手伝ってもらえれば、ディーゼルさんが何を妄想していても、事実がどうであっても、なんでも良いんですけどね。ディーゼルさんがこのダンジョンに気持ち悪いくらい詳しくて、馬鹿みたいに強いという事実が大切です」
「じゃあなんで聞いた……」
煙と一緒にシュコーッと嘆息をついた。
俺が壁に背中をもたれて吹かしていると、視界の外からショコラの不吉な声が聞こえた。
「――あれ? ねぇねぇディーゼルさん、ところでこの後ろの建物って、大きな塔になっているみたいですよ? 頂上に凄いアイテムがありそう……ほら、すぐそこに入り口が……あれ、閉まってる……? あっ、このレバーかなぁ?」
猫めいた好奇心。
その好奇心が、ここ絆の深淵では致命的なのだ。
好奇心がショコラを殺す。
そして、俺も――。
「……はっ⁉ いやまて! それは――」
俺が制止する間もなく、ショコラがレバーを引いた。
直後、ゴパァ……と音を立てて頭上で
降り注ぐ大量の瓦礫。
崩落する塔。
俺たちに覆い被さった巨大な影。
その影が急速に濃くなっていく。
「ぴぇ」
ショコラの泣き声を含んだ悲鳴は、けたたましい崩落音にかき消されてよく聞こえなかった。
浮遊感の中、幻覚が浮かび上がる。
ユー・アー・デッドの血文字。
俺たちは崩れた塔に押し潰されて死んだ。
これが四〇回目の全滅。
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