第22話 因縁

「二人でどこか、遠くへ行きませんか」


 ある日、男はそう女を誘った。


「遠くへ行って、どうするのです」


 軽く受け流すように女は薄く微笑んだ。

 男もまたやわらかく微笑んで「どうもしませんよ」と返す。

 しかし互いの目に相手の顔は映っていなかった。

 男と女は鎮守の森の大樹をはさみ背中合わせに言葉をかわしている。さらに女は深く頭巾をかぶっていて、目もと以外を覆い隠していた。


「なぜ遠くへ行くのです」

「家が、喧嘩をしています」

「そうですね。ずいぶん長く仲違いしていますね」

「ずっと、憎まれてもしかたないと思っていました。私の祖先の横暴が、あなたの家に恐ろしい業を背負わせてしまったのですから」

「遠いむかしのことです」

「ですが、それが今のあなたを苦しめている」

「だからといって、家同士で争ってもしかたないでしょう」

「あなたはいつもそういってくれる。おかげで欲が出ました」

「欲ですか」

「ええ。あなたと共に生きたいという欲です」

「……仲直り、できないのでしょうか」


 両家の溝は深い。そして二人には家を継ぐ権利が与えられていない。

 沈黙が二人を包む。

 先に口をひらいたのは女だった。


「長い喧嘩、わたしたちで終わらせませんか。ここで断ち切らなければ、末代まで悲劇が繰り返されるような気がするのです」

「……できるでしょうか」

「できますよ。わたしたちなら」


 むしろ自分たちにしかできないのではないかと女は思う。憎みあう両家に生まれながら、心をかよわせている自分たちにしか。


「終わらせましょう。呪いも因縁も」

「強いですね、あなたは」

「わたしも、あなたと人生を共にしたいのです」

「そのために終わらせると」

「はい」

「しかたありません。あなたは一度いいだしたら聞かないですからね。私も覚悟をきめましょう」


 若い二人の決意を、あいだに立つ楠の大樹がひっそりと受けとめていた。

 鬱蒼とした鎮守の森には静謐な空気が流れている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る