第16話 みていたのは(微ホラー/実話ベース)

 ああ、そういえば、この劇場は『出る』と評判だったっけ。

 そのむかし処刑場だったとか、墓地だったとか、真偽不明の話とともに最近小耳にはさんだ。小劇場界隈で広まっているらしい。


 なるほど。

 これは噂になるはずだ。


 その姿を目にした瞬間、なんだか妙に納得してしまった。


 念とかエネルギーとか、よくわかんねえけど、そういうのがよっぽど強いヤツなのか。

 これほどはっきり『見える』のは俺もはじめてだ。


 しかし、どうもソレが見えているのは俺だけのようだった。

 フィーリングというか、周波数があってしまったのだろうか。

 まったくもってうれしくない。


 なにしろ今、俺は舞台の上にいる。

 座席には観客。

 本番まっただなかである。

 気にしてはいけない。

 舞台に集中しなければ。

 そうは思うのだが。

 困ったことに、そう思えば思うほど目が向いてしまう。


 座席数二百ほどの小劇場であるが、舞台上から顔を判別できるのはせいぜい前側の二、三列。

 座席の一番奥にある音響ブースは作業用のライトがついてはいるものの、やはりうっすらとスタッフのシルエットが見える程度だ。


 そのなかにあって、ソレだけがくっきりと浮かびあがっている。気にするなというほうが無理である。


 それでも、初日はなんとか無事におえることができた。


 しかし公演期間は一週間。


 やはりというかなんというか。

 つぎの日も、さらにそのつぎの日も、本番になるとソレは必ずあらわれた。

 くいいるように、舞台を観ていた。


 ――なんか、音変なところありました?


 三日目の終演後、音響スタッフがそうたずねてきた。


 ――いや、なんで?

 ――だって、やたらこっち見てたじゃないですか。最初は気のせいかと思ったんですけど、初日からずっとですよね。


 日本全国ツアーでまわっている劇団員は皆、多かれ少なかれ不思議な体験をしてきている。劇場やホテルなど、わりとよく『出る』のである。

 それは、役者兼音響スタッフであるこの後輩も例外ではない。


 すこし迷ったが、俺はひとまず『たまたま』だと誤魔化すことにした。

 楽日まであと四日。

 これまでいろいろ体験してきているからこそ、ほんとうのことをいえば怯えてしまうかもしれない。


 ざんばら髪の、いわゆる落ち武者といわれるような鎧姿のおっさんが、音響ブースの――おまえのうしろからじっと舞台を観てたんだよなんて。


 少なくとも、公演期間中は黙っておこうと思う。



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