最終話 新生活

パチッ。


私は目覚めました。

すっきりしています。


まだ周囲は屋外で、加えて火事の雰囲気がありました。

どうやら、意識を失ってから、どこかに運び込まれたわけではなさそうです。

時間も大して経ってない。


でも、さっきまでの疲労が嘘のようでした。


「……ご苦労様。すごいね君。姉さんも褒めてたけど、ホントすごいよ」


身を起こすと、私の目の前に黒いトカゲが居ます。

ブラックリザードですね。


……どうやら彼が私を回復してくれたようです。


「キミと、あと彼……セットで、UGNの最前線に来てほしいくらいだよ。……どうする?」


何か、含みのある言い方ですね。

この人、私のリアクションを楽しんでそうです。


「私の一存で決めることじゃないですね。それに、今はこのままが良いんで」


助けていただいたことは本当に感謝ですけど、と付け加えてそう私はお断りしたら、ブラックリザード、楽しそうに笑いました。


「いいねぇ。まぁ、頑張りなさい。大丈夫、絶対脈あるし」


……気を使ってくれたのか、小さな声でそう言ってくれました。


「さ、あとは王子様を労ってあげたらいいよ。それがヒロインの役目だろ?」


そして楽しそうに、そう続けました。

……どうしてでしょう?

別に嫌な内容じゃないはずなのに、他人に言われるとなんかムカつきますね。


でもま、私も同じ気持ちですし。


立ち上がり、私は彼に駆け寄りました。

最後の一撃を加えて、その勢いのまま芝生に突っ込み、身を起こして汚れを払っている彼に。


「北條君!ありがとう!凄かった!」


偽りの無い本心です。

私は彼を称賛し、尊敬の念すら持っていました。


恋人関係になっていたら、抱き着いてキスしていたと思います。


そんな私に、北條君は言ってくれました。

満面の笑みで。


「ナイスアシストだったよ。やったじゃん。リベンジできたじゃんか『時の棺』使ってくれたんだろ?」


……あ。

やっぱり、気づいてくれてたんだ……。


どうしよう。

メチャクチャ嬉しい……!


胸がドキドキします。

彼に褒められるのがこんなに嬉しいなんて。


顔が微妙な感じに緩みそうだったんで、私は俯いてしまいました。

こんな顔、ちょっとみっともない気がしたので。


……あ、北條君の雰囲気が変わった気がする。

気づかれたのかな?


どうしよう。恥ずかしいな……


そのときでした。


「ハイ!イチャイチャは後にしてくれるかな?後は学校かデートでやってくれたまえ!キミに今後の方針を話しておきたいからさ!」


……ヴィーヴルの肩に戻ったブラックリザードが、一瞬で破壊してくれたんです。

この、甘い雰囲気を。


……そんなこと、あとで私に言えばいいじゃないですか!

責任もって私から北條君に伝えるのに!


と、思いましたが。


……あまり、聞いても喜ばれないこともありそうですね。

色々複雑で、ややこしくなった事件ですし。


じゃあ、やっぱり今言うのが、ブラックリザードに話してもらうのが一番良いのかもしれません。


彼にとっても、私にとっても。


……でも、ムカつきます!

あなたですよね!?王子様を労えって言ったの!

もうちょっとやり方、あると思うんですけど!


そんな私の怒りを他所に、ブラックリザードは話し出しました。


「まず、事件の真犯人は藤堂一美ということになると思う。これだけの規模の殺人事件で、迷宮入りは警察へのダメージがデカ過ぎるからね」


「彼女の遺書を偽造して、全ての罪を償うために自宅に放火して自決したというシナリオにすると思うね」


それはまぁ、予想の範疇ですね。

これだけの規模で、迷宮入りなんて絶対あり得ませんから。

死人に口なしは卑怯ですが、この事件の都合の悪いことは全部藤堂一美の仕業になるはずです。


そうして、表向きは「事件解決」になるんです。


「……そして、これは心苦しいところだけど、藤堂一夫は罪に問えない」


……でしょうね。


彼を有罪にしなければ問題な理由、道義上以外ありませんからね。

不愉快極まりないモノの考え方だと思いますけど。


凶器は残ってません。

絶対にシャドウストーカーが消滅させてます。

錬成の時に物質を分解する、あの力の応用で。


大林杏子さんの件を立件できません。

彼、死体遺棄してませんから。

そして遺棄方法も説明できませんし、実行犯も連れてこれません。

それで、どうやって彼の罪を証明するんですか?


裁判をするとなると、そこは絶対争点になるはずです。

その場合、どうやって攻めるんですか?

無理ですよね?

弁護士に圧力をかけて、争点化することをやめさせますか?


そんなの、社会が許さないです。


出来てせいぜい誘拐くらい。

防犯カメラに証拠があれば、の話ですけど。


それでも、彼がごねた場合、探られたくない個所を探られてしまうかもしれません。

そこまでして、誘拐を立件する意味は?


それに。

そもそも、こいつ、覚えていられるとまずいことを知り過ぎています。

UGNの工作部に事件の記憶の大半を消されるでしょう。


そんな状態で余計裁判は無理です。


……だから、おそらく不問にすると思います。


悔しいです……。


本当の罪人が、何の処罰も受けないなんて。

しかも、己の罪も忘れ去っている……許せない。


でも、私以上に北條君はもっと悔しいはず……!


「北條君……」


私が目を向けると、北條君は笑いかけてくれました。


「いや、いいよ。覚悟はしてたんだ……」


「でもね」


それに被せるように、ブラックリザードは続けました。


「……藤堂一美は祖父の彼岸島光成以外の親族全員に嫌われている。そして、現当主の彼岸島光成は、体調が最近思わしくないって話があるんだ……あと」


彼岸島光成と、藤堂一夫は面識が無いんだな。

正真正銘。ただの一度も。


おかしいと思わないかい?

娘孫が可愛いなら、普通の感覚なら、その子にも会いたがるはずだ。


何故だろうね?


含みのある言い方ですね。

ブラックリザード。


……言わんとすることは、分かりますけど。


つまり


「ようは、もうソイツ、金づるが無くなるんですね?」


「……おそらく。光成が愛した一美は、今日、焼身自殺したわけだからね」


曾祖父に興味を持たれてない可能性が高いんですね。

この男。


理由はわかんないですけど、娘孫の息子ですからね。


遺伝子の関係上、曾祖父にあまり似てないのかもしれませんね。

娘孫までは、ひょっとしたら奥さんの系譜で、奥さんに顔が似てて愛されていたのかもしれませんけど。


顔が似てないってのは、理由としてありえる気はしないでもないです。

普通なら、血のつながりだけでも愛される理由にはなると思いますが、歪んだ価値観を持ち合わせた系譜のようですし。


それか、一美が選んだ相手が、どうしても気に入らなかったのか。

そんな相手に似た顔を持つ息子なんて、見たくなかったのか。


まぁ、どうでもいい話です。

こんな男の未来なんて。


おめでとうございます。

あなたの未来。とてもとても、暗いですよ。


まぁ、自業自得ですからちっとも哀れだとは思いませんが。


破滅するならおひとりでお願いしますね。


「他には?」


「無いかな」


話が終わりました。

北條君は、一息ついて、しゃがみ込んだ姿勢で項垂れます。

お疲れ様ですよ。


それにヴィーヴル、ブラックリザード。

あなたたちにも感謝してもし切れません。


あの場面で来てくれなかったら、私たち、今ここに居ないですし……!?


「アナタ、才能があると思うわ。高校卒業後にはウチに来ない?給料はいいわよ?」


プシュウウウウウ


感謝の言葉を述べようと、彼女らに振り向いて、固まりました。


何やってるんですかああああああああ!!!?


「せっかくですけど……」


「……やっと完全獣化を解除できるわ。しんどいのよね。このエフェクト」


ヴィーヴルのやつ、屋外なのに完全獣化を解きやがったんです!


みるみる全裸になっていきます。

当然です。

変身するときに衣服全損しましたから!


そして、その身体を見せつけてきます。


よっぽど自身があるんですかね!?


ええ。

おっぱいでっかいですね!

ツンと上を向いてて、形もすごくいいですね!

乳首の色も薄くて綺麗ですね!

腰がキュッと細くて、引き締まったお臍まわり、良いですね!すごくエッチです!

脚長いですね!!

アソコくらい隠しなさいよ!!

陰毛の処理までキッチリしてるんですか!ああそうですか!

意識高いですね!!


この裸族が!!!


ハッとして北條君を見たら、彼も固まって、目が釘付けになってました。

視線の先なんて、確かめるまでもないです。


北條君!見ちゃダメです!!


思うと同時に身体が動いて、彼の首を捩じりました。真横に。


ゴキッ


なんか変な音がした気がしましたが、気にしてられませんでした。


彼らは恩人ですけど、こんなの黙ってられますか!!


「姉さん、外で完全獣化解くのやめなって。昔は慎み深かったのに」


「だってしんどいんだもの。それにもう、裸見られるの慣れちゃってるし」


何でもないような会話をしている二人の姉弟に、私は食って掛かります。


「この巨乳!痴女!変質者!そのおっぱいで北條君を誘惑してUGNに勧誘しようなんてやり方が汚いんですよ!!」


拳を振り上げて怒りながら。


「いやあ、彼、そんな理由で道を選ぶような子じゃないでしょ。何言ってんの」


それに、すっぽんぽんのまんまで、ヴィーヴルはやれやれといった風に返してきました。

私は収まりません。


すると。


「……ああもう、そんなに独占欲丸出しで怒られても。別にアナタの好きな男の子を取ろうなんて考えてないんだけど」


裸族が頭を掻きながら、困った表情をします。


「というか」


私を見ながら


「そんなに好きならとっとと告白すれば?何でしないの?別に断られたらどうしようとか思ってるわけじゃ無いよね?多分だけど」


……それは。

すごく個人的なことです。

口に出すのは躊躇してしまうほどの。


でも、なんだか悔しくて。

思わず


「……北條君に選んでもらう形式でないと、彼の家族に受け入れてもらえないかもしれないじゃないですか」


言うと、なんかその場が驚きというか、あっけにとられた空気になったのが肌で分かりました。


「え?付き合う前にもう彼の家族になること考えてるの?ホントに?」


「高校生なのに?」


よっぽど彼らには予想外の答えだったんでしょうか?

……なんだか、だんだんムカついてきました。


キッ、と彼らをねめつけて。


「……結婚したいって考えるのがそんなに変ですか?」


「家族が欲しいって思ったら異常ですか?笑われることなんですか?」


「ええと……」


私が詰め寄ると、裸族が一歩引きました。

私の顔を見て、引いてるようです。

……夢を馬鹿にされて怒るのって、そんなに変ですか?ねぇ?


「答えてくださいよ?ねぇ?どうなんです?この年で婚活したらおかしいんですかね?ねぇ?」


「いや……おかしくはないけど……」


つきあったら、色々見えてきて、やっぱだめかもって思うかもしれないじゃない。

ああ、もちろん、あなたたちがそうだってことじゃないけど。ちょっと気が早いんじゃないかな?


カチーン、ときて。


「そんなのもうとっくに調査済みですよ!!」


「彼に惹かれた日に、彼の経歴全部ハッキングして調べて!!住居に侵入して盗聴器仕掛けて、彼のパソコンにスパイウェア入れて全部調査済みです!!」


「彼の成績は小1から暗記してますし!好きな食べ物!好きな漫画!咀嚼音!オナラの音!彼のオカズ!自慰してるときの射精までの平均タイム!射精した時の声まで知ってます!」


「だから全部把握済みです!!一過性の想いじゃ絶対にありません!彼を全部受け入れてますから!!」


……あ。


しまった。


頭に血が上って、思わず、全部言ってしまった……!!


彼らの目が点になってるのに気づきました。


どうしよう……

血の気が引いていきます。


しばらくして。


「あなたの覚悟はよくわかったわ」


ポン、と裸族に肩に手を置かれました。


「……墓穴まで持っていくのよ。聞かなかったことにするから」


ギリッ


奥歯を噛みしめ。私は右手に魔眼を出現させて


「ディメンジョンゲート」


空間を歪め、こことUGN支部へのワープゲートを出現させました。


「……帰れ」


「え……?」


聞き返してくる二人に。

強い視線を向けて。


「早く帰れぇぇぇっ!!」


追い詰められた私は、そういうしかありませんでした。





あれから、1週間経過しました

気が気じゃなかったです。

頭が冷えて落ち着いてから、私は泉姉弟にお礼を言いつつ


「絶対に黙っていてください。なんでもしますから」


と縋りついて泣いてお願いしました。

ばらされたら終わりです。


彼らはそんな私に

「何のこと?」

と言ってくれました。


ここでもし、口外したら、とてつもない恨みを買うことになる。

その思いからでしょうか。

恨みって軽々しく買うものではないですからね。


彼らが聡明でありがたかったです。


その後、任務終了で彼らが立ち去って。

ホッとしました。


感謝してますが、二度と会いたくないです。



その後、ブラックリザードの予想通りの事件の顛末が報道され。

この田舎町を襲っていた恐ろしい連続殺人事件は解決しました。

町に平和が戻ってきました。



で。

北條君と私の仲ですが……。


全然進展していなかったりします。


あの日、結ばれる寸前まで行ったのに。


……まぁ、北條君、はじめてですもんね。

グイグイリードしろとか、無理ですよ。そりゃ。


でも、男の子だったら、決断力。

あのときに、燃え上がる大部屋で私に見せてくれた決断力を、もう一回見せて欲しい。


ずっと思ってるんですが、なかなかです。

出来る人だと信じてるのに……。


だからまぁ、私としては場の提供をですね、色々頑張ってはいるんですよ。

二人きりになるチャンスに誘導してみたり。


業務連絡装って二人で会ったり。


今日も、北條君をイリーガルのUGNエージェントに勧誘するという名目で、いつかのハンバーガー屋さんに来ています。

ちょうど、前にした約束がありますしね。いい口実です。


「でね、話なんだけど……」


いつかの食べ損ねメニューを、また注文して。

人気のない隅っこの席で向かい合って、私たちは座ります。


「北條君、イリーガルエージェントになってもらえないかな?手が足りないときの臨時雇いの、バイトエージェントみたいな立ち位置なんだけど」


無論、心にもないことを言ってるわけじゃ無いです。

もう起きて欲しくないですけど、またこの町でジャームが出現し、凄惨な事件が起きたときに、北條君に助けて欲しい。

それは嘘偽り無い気持ちなんです。


彼と一緒だったら、私はきっと何倍でも強くなれます。


それに、イリーガルでも、登録しておけば支部の訓練施設使えますから、彼と一緒に訓練できますし。

色々嬉しいんです。もっと彼の事、鍛えたいし。


「当然、そのときは仕事のお給料は出るよ。加えて、UGNにイリーガル登録しても『善意の協力者』って立ち位置だから、どうしても嫌な仕事なら拒否も出来るし……どうかな?北條君の才能、眠らせるのは勿体ないと思うんだよね……」


それは突然、来ました。


「そんなことよりも、聞いて欲しいことがある」


ちょっと頭が追いつきませんでしたね。

ここで来るとは、ちょっと思ってなかったんで。


「俺、お前の事好きだから、彼女になって欲しいんだ」


ずっと待ち望んでいた言葉だったはずなのに、脳に浸透するのに時間が要りました。


不意打ちだったんで。


……あれ?

今、私、告白してもらったの……?


心構えがまるで出来ていなかったんで、固まっちゃいました。


でも。


「あ、イリーガルエージェントの件は無論OKだし、別に彼女になってくれなくても、水無月のお願いなら全部聞くから安心して!!」


身を乗り出して慌ててそう言い足してきました。

それで、再始動する私。

続く彼の行動、言葉。彼の性格が良く出てるなと思って、思わず笑っちゃいましたよ。


……私の提案に答える前に告白したから、彼女になんなきゃ提案は蹴るかも……つまり、まるで脅迫じゃないかって思ったんだろうな。

それが予想できたので。


全く。やっぱりこの人は可愛いです。

気づかないふりで流せばいいようなことが流せなくて、そういう行動に出ちゃう。


笑いながら続けます。


「……どーせ、脅迫に聞こえたんじゃないかとか思ったんでしょ?真面目なんだから……」


今度は彼が固まりましたね。

面白かったから、さらに言ってやりました。


「大体、気のない男の子に、私、あんなに接近許したりしないけど。そのあたりで気づいてよ。もう……遅いよ」


本当に、遅いんですよ。

1年も待たせて。


まぁ、動き出したのは最近ですけどね。


……今、私が何を言ったのか、理解できるのに時間、かかりますか?

いくら経験ない北條君でも、分かっちゃいますよね。

時間があれば。


……じゃあ、分からない今のうちに、やっちゃいますね。


壁時計を確認……今、午後4時47分ですか。分かりました。


ミッションスタートです。


私は北條君……いえ、雄二君の頬にキスをしました。

これが返事ですよ。


「はい。私、水無月優子は、本日16時47分付けで、前から大好きだった北條雄二君の彼女に着任します。よろしくお願いしますね。雄二君」


だいぶ前から、こう言おうって考えてました。

そして、最初のキッスはほっぺにしようってのも。

唇のキスは雄二君にして欲しいもんね。


これからはずっと一緒にいようね。雄二君。

ずっと、ずーっと。


「で、雄二君のコードネームだけど、<裁きの炎>(ジャッジメントブレイズ)ってどうかな?」


「……それ、絶対決めなきゃだめ?」

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裁きの炎ガールズサイド XX @yamakawauminosuke

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