第19話 これが妻の心意気

油断してました。

戦いが終わったと。

これから、北條君と愛し合って、ひょっとしたら赤ちゃん作っちゃうかもしれない、なんて。

甘いことを考えていたんです。

今日から恋人で、ずっと一緒に居よう、とか。


でも、違ったんです。


巨大な化け物になったシャドウストーカーが、その手の大剣を振り上げて斬撃を放ってきました。

油断していた私の脳が、反応して


間一髪


バチッ!


魔眼を出現させ、それを魔眼盾……透明のドーム状のバリアのような形状……に変形させるのが間に合いました。


ですが。


(なにこれ……重すぎる!!)


一撃が、デカ過ぎます。

受け止める衝撃が、想定外です。


私の魔眼盾は、至近距離で爆弾を炸裂させても耐えられる強度です。

斥力で守られた、鉄壁の守り。


しかし。


死にぞこないの最後のあがきの威力じゃありませんでした。

変わり果てたこの化け物の斬撃は。


第一撃は、間一髪間に合った斥力の結界で防げましたが。


二撃、三撃。


キャハハハハ、キャハハハ、と狂笑しながら、打ち下ろし、袈裟、突き刺しと。

連続攻撃。


まるで嵐。


バチッ、バチッ、バチィッ!!


「……ゴメン。北條君……」


……悔しかった。

こんなことを言わないといけないなんて。


「ちょっとこれ……持ちそうにないや。ごめんね……」


攻撃を受け止めるために両手をシャドウストーカーの方に翳し、全力で魔眼盾の制御をしながら。

私は彼に謝りました。

さっき、言ったのにさ。

息ぴったりの、最高のコンビだって。


二人で頑張れば、どんな相手にだって勝てる。

そう思えていたのにな。


でも、これはもう、持ちません。

分かるんです。


もう、2分も持たないと。


情けなくて、笑ってしまいました。

もっと、彼にとって、なくてはならない女で居たかったのに。


安心して、背中を預けられる女で居たかったのに。


……悔しい。


役に立てなくて、ごめんね北條君。

あなたに会えて一年、大好きな気持ちで毎日幸せだったから。

ありがとう。


死んだら、同じところにいけるかどうかわかんないけど、もし会えたら、そのときは私から告白するね。

受けてくれたら、嬉しいんだけど。


そう、心で呟いたとき。


いきなり、舞い降りてきたんです。


バサッ、という羽ばたきの音とともに。

私たちの目の前に。



それは、人型のドラゴン。

ヴィーヴルでした。


ヴィーヴルは私たちとシャドウストーカーの間に割って入り。

ノイマンシンドロームをフル活用した、もはやエフェクトと言っていいカウンターを放ちます。

シャドウストーカーの繰り出す斬撃に対し、全てです。

ヴィーヴルの伸縮腕による無数の貫手。

人類には不可能なカウンターでした。


その圧倒的なカウンターで、全ての攻撃を潰されて。

シャドウストーカーの攻撃が、止んだんです。


「……外の従者は、全部片づけてきたわ。よく二人だけで、ここまで頑張ったわね」


「相性ピッタリだねお二人さん。もう、付き合うしか無いんじゃ無いのかな?」


振り向かず、彼ら……ヴィーヴルと、その肩のブラックリザード……はそう言いました。


……ありがとうございます。

色々ムカつくこともあったけど、今ほどあなたたちが居てくれて良かったと思ったことはありません。


後で、ちゃんとお礼を言わせてもらうんで。よろしくお願いします。


彼女は言います。


「ここからは任せなさい……と、言いたいところだけど。実はもう、これで打ち止めなの」


「あとは……アナタがやるのよ!!」


しゅる、と北條君が羽ばたくヴィーヴルの尻尾で、空中へと巻き上げられていきます。

そして、シャドウストーカーの背後の空間に連れていかれました。


……北條君……頑張って。


彼らが何をやろうとしているのかは、読めました。

ソラリスシンドロームには、レネゲイドウイルスの力を短時間爆上げするエフェクトがあるんです。


彼らは、それで北條君の強大なエフェクトをさらに強化して、それでもってこの化け物を倒すつもりなんでしょう。


荒唐無稽な話じゃないです。

決まればきっといけます。


決まれば。


取り残された私は、動けませんでした。

限界ギリギリでしたから。


もう、指一本動かすのもキツイです。

休みたい……


私の本能がそう言います。


この状態で攻撃を受けたら、あっけなく殺されていたかもしれません。


でも。


シャドウストーカーのやつ、カウンターを受けまくって、その衝撃で回りがしばらく見えてなかったのか。

北條君を見失ったようでした。


キョロキョロして、探しています。

やっぱり、一番憎い相手が気になるんですかね。


今の私にとっては幸いなんでしょうか?


……そうこうしているうちに、北條君の方の準備が整ったようです。


肌に伝わってきます。

彼の力が増大したことが。


……お願い、気づかないで。


ヴィーヴルが、その尻尾で、思い切り北條君を投げます。

シャドウストーカーの後ろから、北條君が暴走寸前の巨大な炎の弾丸になって、拳を振り上げて最後の一撃を加えに行きます。


ですが。


最悪です。見つかってしまいました。

熱か、それとも、その増大した力に気づいたのか。


「……ミツケタ……ゴキブリィ!!!」


振り返って、シャドウストーカーは両手を広げ。


自分の周囲の空間に、槍や斧、ナイフ、剣……

様々な白兵戦武器を錬成したんです。


……あいつ、あの両手の剣と一緒に、全部あれを北條君に投げる気だ……!!


「キャハハハハ!!ハリネズミにナって死ニなサイ!!」


シャドウストーカーは両手の剣を投げようと、大きく振りかぶります。


……間に合わない!


私は思いました。

このままでは、北條君の攻撃が届く前に、北條君が死ぬ。


その前に、あの剣、槍、ナイフ、斧が残らず投げつけられ、絶命する……!


させる……もんですか!!!


指一本動かない?

立ち上がれない?


そんなこと、今は言ってる場合じゃないです!


私の旦那様がピンチなんです!


妻として、ここで夫を支えないでどうするんですか!!


させない……絶対に、させない!!


私は最後の力を振り絞って、魔眼を出現させました。

そして、精神を集中させます。


数日に一回くらいしかできない、極度の集中を。


私の魔眼が、真紅に染まっていきます。

発動できる前段階です。


ほんの一瞬だけ。

ほんの一瞬だけだけど、相手の時間を停止させる、私の最後の奥の手……!


そして、心で宣言します。

標的を、シャドウストーカーを睨みつけながら。


『時の棺!』


瞬間。

シャドウストーカーの体が、剣投擲寸前の姿勢で停止します。

まるで、ビデオの停止映像のように。


……やった。

やりました……。


状況のまずさを悟っていたのか、焦った表情だった北條君が、私の方を見た気がしました。

笑いかけてくれた気がしました。


……でも私、そのとき、もう、眠くって。自信ないです。

それに関しては。見たものに関しては。


「これで終わりだッッッ!!!」


北條君の叫び。

北條君の一撃。


「アギャアアアアアアアアアアアア!!!」


叩き込まれたエフェクトの力で、瞬時に発火し、巨大な火柱になる怪物。

能力者が倒されたせいで、砂になって消えていく錬成武器……


「アァ……カズオチャン……カズオチャン……」


パタン、と倒れて。

私は燃える化け物の断末魔を聞きながら。

限界を迎えて意識を失いました。

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