第18話 お母さんに

この女、何なの?

ただの富裕層のオバサンじゃ無いの?


強力なオーヴァードとはいえ、元はただの金持ちのオバサン。

正直、私はこの女の実力を舐めてました。


強いのはきっとエフェクトだけ。

戦闘技術は素人のはずだ。


だからきっと、勢いで攻めればかなり簡単に勝てるハズ……


それはとんでもない思い違いだったんです。


動きから確信できます。

こいつ、多分古流剣術か何かを習得してます。


富裕層ってこういうもんなんですか!?

生まれながらの、生粋の富裕層ってやつは……!


教養とか、護身術とかの意味合いで、学ばされるものなんですかね!?


全く身体裁き、斬撃、無駄がなく。

たまにフェイントまで入れてくる。


私たち二人を相手に全く引けを取っていません。


息子はどうしようもないクズなのに!

この女、ホント何なの!?


「……そんな……メチャクチャ強い……何なの、この女……!!」


当たれば深手間違いなしの横薙ぎの斬撃を躱し、私は焦った声をあげました。


「アナタたち、一山いくらのゴキブリと、私たち選ばれた上級の人間は、生活様式、教育方針、何もかも違うのよねぇ。次に生まれてくるときは……」


……まずい!

反射的に私たちはその場を飛び退きました。


「上流階級の人間に逆らうのはやめておきなさい!!」


ザンッ!!


間一髪でした。

背後に迫っていたシャドウストーカー従者の巨大蜘蛛が、その金属の爪で薙ぎ払ってきたんです。

そのままそこに居続ければやられていました。


しかし。


どうすればいいんでしょうか?

シャドウストーカーの本体の方が異常に強いのに、そっちに集中すると従者の不意打ちが恐ろしく。

従者を先に倒そうとすると、本体の攻撃でやられる可能性が高い。


結果、双方に集中できず、翻弄されてしまっています。


……ヴィーヴルたちの助けがあれば、ひっくり返せるかもしれませんが……


それに期待するのは、あまり推奨できませんよね。

間に合うの前提ですから。


そのときでした。


「水無月」


北條君が、私にだけに聞こえる声で、小さく呟いたんです。


「必ずシャドウストーカーに隙を作る。その時に一撃で倒してくれ」


え……?


ちょっと動揺してしまいました。

北條君、何をやる気……?


でも、確かめている隙は相手が許してくれなさそう。


顔を見て確かめたかったけど、できませんでした。


そうこうしているうちに、北條君は動きました。


前に出て。


そして両掌を、敵たちに向けたんです。


え?え?

RC攻撃?

でも北條君、RC苦手だよね?


ここでそれをやっちゃうの?何で?


「喰らえっ!!」


ゴウゥ!!


彼は気合を込めて発動させました。

まるで火炎放射器。


威力だけは十分過ぎるほどです。


でも


「……ピンポイントで無ければ防ぎようが無いだろう、とでも思ってるのかしらね?」


シャドウストーカー本体は、全く慌てずに、従者を自分の背後に下げて、刀を持った両手を広げてバリアめいた透明な壁を目の前に錬成しました。

錬成に使ったのは空気でしょうか?


炎は彼女らに届かず、左右に流れていきます。


「効かないのよ。無駄なのよ。いい加減諦めたら?」


「今、諦めたら、アンタの姉ゴキブリだけは、アッサリ殺してあげてもいいわ。本当は、姉弟仲良く嬲り殺しにしてやろうと思っていたけど」


え……?

ちょっと待ってください……!?


これだけの炎を、そんな、こんなところで放射したら……!?


「しまった!!?」


火が。

火が、燃え広がってますよ!!?


どうするんですかこれ!?


瞬く間に、この大部屋は火の海になってました。


北條君がまき散らした火炎放射の余波で、そこら中に引火して、燃え広がってます!

何を考えているんですか!?


これじゃ皆焼け死んでしまいますよ!?


「姉さん!!」


北條君が、慌てて駆け出しました。

お義姉さんを救うために。


何考えてるの!?北條君!?


私も手を貸そうと思いましたが……


『必ずシャドウストーカーに隙を作る。その時に一撃で倒してくれ』


この言葉が、頭を掠めました。

……ひょっとして、これも何かの考えの一環?


それが私の足を止めました。


「蜘蛛!そいつの邪魔をしなさい!!女を助けさせるな!」


シャドウストーカーの焦りの声が、私をさらに冷静にさせました。

そして、気づいてしまいます。


あ……


あいつ、自分の息子を、助けようとしてる……。


シャドウストーカーは、従者に指示を飛ばして、そのまま。

一心不乱に息子を寝かせているベッドへと駆け寄ろうとしていました。

すぐに息子を助けないと、息子が焼け死んじゃう。その思いでしょうか?


その後ろ姿に、先ほどまでの戦闘機械の気配は、ありませんでした。


ジャームになっても、そこは彼女の本性なんでしょうかね?


歪んでいても、母親という彼女の本性。


……北條君、これを狙っていたんだね。

緊急事態にして、双方の大事な人間が危機に晒されてしまう状況にしたら。

この女が、必ずこういう行動をとるはずだって。


あの男だけを狙うように攻撃したら、逆上したあいつにお義姉さん、殺されちゃうもんね。

双方危機に陥れないと、こうはならないよね。


……北條君がお義姉さんを大切に思ってるのは分かってます。

その上で、こんな決断をしたんです。


正直、すごいと思いました。

この戦いに勝って、私たち全員で生きて帰るために、こんな決断をできちゃう人。


……だったら、私も、彼に応えないと。


魔眼槍を握る手に力を込めて。

重力操作し、跳躍力を高めます。


狙うは、シャドウストーカーの無防備な背中。


私は床を蹴り。


一跳びで、その背中に迫りました。


空中で、槍を振り上げます。


そして、打突の瞬間、何十倍もの重さに変えた槍の穂先で、シャドウストーカーの背中を、胸まで貫通させました。

その途中に、彼女の心臓があったはずです。


「アギイッ!?」


彼女の悲鳴を聞いて確信しました。

完全に、こっちに意識が向いて無かったんですね。

あっけなく決まってしまいました。

まともに戦えば、あんなに強かったのに。


……北條君。やったよ。

言われた通り、一撃で倒したよ……!


槍の穂先は胸まで貫いただけでは止まらず、そのままベッドに突き刺さりました。

幸いと言っていいんでしょうか?


あの男には刺さりませんでした。


大きな、豪華なベッドですからね。

私の家のベッドだったら、こうはなってないです。

小さいから絶対刺さってます。


ブラム=ストーカー発症者の返り血を浴びるのはまずいですから、私は身を離しました。

自分を貫いた槍に身体を支えられているシャドウストーカー。

まるで、中世ヨーロッパのヴラド公にでもなってしまった気分です。


彼女はゴボゴボと血を吐いて、もがいていましたが、やがて動かなくなりました。


……倒した。


それを確信した私は、重力操作で跳躍力を高め、床と天井を蹴って、立体的に、一気に北條君の傍に行きました。

北條君は、すでにお義姉さんを助けていて、従者も倒したようでした。


「北條君……よく、こんな手を思いついたね……」


すごくドキドキしていました。

彼の決断力に魅了されていたんです。


指を鳴らします。

すると、シャドウストーカーに突き刺さったままの魔眼槍が元の魔眼に戻り、私の下に飛んできました。

同時に、血を止めていた栓が抜け、ベッドに倒れ伏しながら盛大にシャドウストーカーの背中と胸の傷口から血液が噴き出します。

もう、シャドウストーカーは動きません。


「閃いたんだ」


私の言葉に、北條君はそれだけ、ポツリ、と答えてくれました。

なんだか、浮かなさそうな気がします。


……ジャーム相手とはいえ、母親の情を利用して隙を作ったことが後ろめたいのかな?


私は、戦いなんだから、全然アリだと思うんだけど、あなたは違うの?

でも、そのおかげで、全員こうして助かったんだから、気にしてほしくないな……


彼の心中を思っていると、彼は「脱出しよう」って言いました。

うん。まずはそうだね。


ここ、危ないもん。


「うん。そっちは任せて」


床に倒れたまま気を失っているお義姉さんを、私は肩に担ぎました。

それを見た北條君が気遣ってくれて


「大丈夫か?」


そういうんですが、大丈夫です。

私、重力を操作できるんですよ?


「大丈夫。重力を操るバロールのオーヴァードだよ?私」


そのまま何でもない顔で大窓まで歩いて。

大窓のガラスの一部分を一瞬何百倍に重くして、歪を作って木っ端みじんに割りました。


「ついて来て。着地寸前に、重力操って安全に着地させたげるから」


ディメンジョンゲートは、繋ぐ場所をイメージするときに精神を集中する関係で、こういう危ない状況では使えません。

窓から逃げるのがこの場合一番確実です。


ですが。


「……先に行っててくれ」


北條君、私の誘いを断って。

あとから行くからって言って、別方向に歩きだしたんです。




先にお義姉さんを連れて外に出て。

待っていると、北條君も飛び降りてきました。


着地の瞬間、無重力状態にして、彼の衝撃を減らします。


彼は、肩に誰かを抱えていました。

それが誰かに気づいて、私は驚きます。


「……北條君……そいつ、助けたんだね」


それは、シャドウストーカーの息子でした。

憎悪していて、大嫌いなはずなのに、彼は、こいつを助けたんです。


「……こんなやつの命、背負うのは冗談じゃないからな」


そう言って、彼は担いできたそいつを地面に放り出しました。


ああ……ダメ……


やっぱり、好き。

大好き。


絶対に結婚する。


彼の行動に、私はもう、魅了されたどころではありませんでした。

この人、絶対に私のお婿さん。

そうでなきゃ、ここまで私をその気にさせてくるわけないじゃない……!


「疲れた……」


北條君は地面に腰を下ろして大きく息を吐きました。

私は、衝動に突き動かされて、行動開始してしまいました。


ここで決める、という。


「お疲れ様。大活躍だったよ」


まず、彼のすぐ隣に腰を下ろしました。


「水無月もありがとう。俺の意図を汲んでくれて」


彼、まだ私の距離に気づいてません。

……逃がしませんよ!


「息、ぴったりだったよね。……ねぇ?」


私は、無防備な彼に顔を近づけました。

その距離、息がかかるほど。


彼だって、今の状況、高ぶってると思います。

戦いってのはそういう感覚を高めるんです。

だから、今こそチャンスなんですよ。


「私たち、すごくいいコンビだよね?」


彼の表情。


……これは、絶対に私に欲情してます。

いける、確信しました。


ここで、目を閉じればいけそうです。


既成事実を作れば、北條君の思考だと


女の子と関係持ってしまった。

もし姉さんが同じことをされて、相手の男が姉さんを捨てたら許さない。

彼女にするしかない。


こうなるはずです。

しかし。


ここで目を閉じて、キッスをしてしまったら。

多分、それだけじゃ済まない気もしますね。


……私たち、卒業してしまうかもしれませんね。


いや、彼に抱かれるのはいいんですよ?


問題は。


私、ゴム、持ってません。

北條君も、多分持ってない。


当たり前ですけど。

この状況でゴムがあるのはおかしいです。


……う~ん。

その場合、そのまんまするしかないんでしょうか?


そうすると、私、お母さんになってしまうかもしれませんね。

外に出しても出来ちゃう可能性、ありますもんね。


そうなったら、学校、いけなくなりますね。


堕胎?そんなの当然無いですよ。彼の子供を堕ろすわけないじゃないですか。

出来ちゃったら絶対に産みます。最初の日におなかに誓いましたから。


どうしましょう?

チームに居た時に出来た知り合いに、エグザイルシンドローム発症者が何人か居ますから、誰か一人お腹が目立って来る期間中、日当払って雇って、擬態の仮面で身代わりで学校に通ってもらうか……

ソラリスシンドロームのエフェクトで、常識を書き換えて学校の校則を「生徒が妊娠しても、妊娠させても、退学にならない。ボテ腹OK。むしろ称賛」に変えるとか。


2番目はダメ、ですかねぇ?絶対に問題になりますし。

1番目も、なんか頼んだ子が面白半分で北條君を擬態の仮面で寝取る可能性、無くもないし。


……だったら、もう覚悟決めて、出来ちゃったら学校辞めるしかないですか?

幸い、お金の心配は無いですし。

学校、卒業したかったんですけどね。


北條君にはそのまま卒業してもらって、その後責任取ってもらいましょう。


……お義姉さん。

私、弟の彼女すっ飛ばしていきなり義妹になって、今からあなたを目の前で伯母さんにしてしまうかもしれません。

驚かないでくださいね。


私たちの傍で気を失ったままのお義姉さんに、私は心で挨拶しました。

これからよろしくお願いします、って。


さっきまでの戦場だった部屋の爆発音が聞こえてきます。

炎は本格的に燃え広がり、藤堂家全体を焼こうとしているようです。あちこちで爆発音、ガラスが割れる音が聞こえます。

それをBGMに、私が目を閉じようとした瞬間でした。


ガシャアアアアアアン!!!


当の、さっきまでの戦場だった部屋の大窓がもう一枚、砕けて。

中から、何か巨大なものが飛び出してきたんです。


それが、すっかり警戒を解きつつあった私たちの前に降ってきました。


それは。


「ゴキブリ、ゴキブリ、ゴキブリィィィィ!!!」


下半身は、巨大な絡新婦。

上半身は、人間の女……シャドウストーカー・藤堂一美。


そういう怪物でした。


……あれで、死んでなかったの!?


しかし、その姿は、変わり果てています。


眼は瞳が無くなっており、眼球が真っ赤な複眼のようなものに置き換わっていて。

眼から血涙を流し、流した血涙が歌舞伎の隈取のようになっていて。


胸に開いた私がつけた傷口は、蜘蛛の顎へと変貌しています。


そして両手に、酷く馬鹿でかい剣を二振り、握っていました。


「カズオチャンをクルシメルヤツ、イカしてオカナイわ!」


狂笑を浮かべながら、変わり果てたシャドウストーカーは、剣をクロスさせました。


……戦いはまだ、終わっていなかったんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る