第17話 ジャームとは

シャドウストーカー……藤堂一美は、綺麗なオバサンでした。

全く太って無かったですし、服装もセンスを感じましたね。

富裕層のセンスといいますか。金持ちのオバサンですよ。

それも、成金ではない、昔からのお金持ち。


髪型にも気を使ってるのが一目で分かりました。あの結い方、セットの仕方。一朝一夕には無理です。

顔立ちも、小皺が今は目立ちますが、昔は美人で通ってたんだろうというのは容易に予想できました。


それでも。


彼女の姿は、醜いと感じました。

どれほど着飾っても、小奇麗にしても、その魂の腐敗は隠せません。


「あなたを倒しに来ました。連続殺人犯。北條君のお姉さんも返してもらいます」


私たち二人は、いつでも戦闘に入れるように身構えながらそう言い放ちました。

いつ戦闘が始まってもおかしくありません。


「倒すぅ……?ご挨拶ね。ゴキブリの分際で」


そんな私たちの言葉を受け、彼女は椅子に座ったまま、憎々しげに北條君を指差します。


「本当に忌々しいゴキブリ!ゴキブリ一家!私たち家族の邪魔ばかりして!!」


彼女の眼は、憎悪に燃えていて。

そのまま、意味不明の呪いの言葉を吐き出しました。


「一夫ちゃんを怒らせて自業自得で殺されたのに!逆恨み!」


「無実の罪で少年院に入れて、その上出所後にキーキー騒いで一夫ちゃんの未来を閉ざした!!」


「その上、今度は一夫ちゃんの可愛い遊びをあげつらって、また罠に嵌めようというのね!?許せないわ!!」


……完全に、狂ってます。

こいつは人じゃありません。

分かっていたけど。


こいつの息子は外道ですが、こいつ自身もまた人ではありませんね。

ジャームは倒さなければなりませんが、こいつの場合、倒すことに何の躊躇も要りそうにありません。


北條君が、こいつの言いように耐えられなかったのか、言ってしまいました。

聞くべきではないことを。


「お前は、女なのに……自分の息子が女の子を玩具にして殺したことを何とも思わないのか……?」


北條君ならそう思うはずです。

痛みが想像できないのか?って。


でも。こいつは腐ってます。


「一夫ちゃんに選ばれたことを誇りに思うべきなのよ。殺されたのは、その子が悪かったのね」


……女が絶対に言ってはいけない言葉です。

母だとしても、許されません。


女が、凌辱された女を嘲笑うなんて、絶対に許されないことです。


私も煮えたぎるような怒りを覚えました。


でも……


「北條君。抑えて。怒ってしまったら、勝てるものも勝てなくなるわ」


これで二人とも怒って冷静さを失ってしまえば、勝ち目が無くなります。

どんなに許せなくても、ここは抑えなきゃいけないんです。

私は北條君に釘を刺しました。

自分自身をも抑えるために。


「あぁ……分かってる。すまない」


……北條君。

辛いのは分かってるよ。北條君、大林さんのこと、慕ってたもんね。

そんな女性をくだらない理由で殺されて、それを正当化されたらどんだけ悔しいか、分かるから。理解してるから。


それを飲み込んで、私と同じ方向を向いてくれている彼に、私は尊敬の念を抱きます。



……あとひとつ。

こいつを倒す前に聞いておきたいことがありますね。


「一応聞いておきます……何で、連続殺人を犯したんですか?」


大林さんは、分かりたくないけど分かります。

あの、謝罪男の件も分かります。


でも、その間の無差別殺人は?


彼女は答えました。馬鹿にしたように。


「決まってるじゃない」


常軌を逸する答え。


「殺人1件だったら目立つでしょう?だから数を増やしたの」


通常の精神では出てこない発想です。


「あの馬鹿な女の子の死体はね、上手く遺棄出来たんだけど、あの事件1件だけだとね、捜査が集中しちゃって、どこかから証拠が出て結局一夫ちゃんがまた無実の罪で捕まってしまうかもしれないって思ったのよ」


普通に、思い出を語るように言いました。


「だからね、思ったの。よく言うでしょ?木を隠すなら森の中、人を隠すには人ごみの中。じゃあ、殺人を隠すには殺人の中、でしょ?」


どう?冴えてるでしょう?

そう言いたげでした。


つまり、この女は、息子の1件の殺人を隠すために、何の恨みも無い人間を、5人も殺したってことですか……?


息子以外の命は、本当に、どうでもいいんですね。

息子のためなら全ては消費されるべき。


命だけじゃなく、尊厳も。


そんな歪んだ認識に、ジャームになったからなったのか、元からそうだったのか。

そんなことは、もうどうでもいいです。


大事なのは、こいつが生きている限り、勝手な理由で人を殺し続けること。

この世に居てはならない生き物だってことですから!!


「……分かりました。もういいです。あなたを倒します」


「アンタを止める……アンタはこの世界にいるべきじゃない!」


私たちは飛び出しました。

ほぼ同時でした。


北條君との連携、きっと上手くいく!


二人、左右に散って、シャドウストーカーを左右から挟み撃ちにするために、回り込んで突進しました。


ターゲットは動きません。

焦りも無いようです。椅子に座ったまま、前を見ています。


……不気味でした。


でもしかし、ここは立ち止まるべきではない。そう判断した私たちはそのまま突っ込んで。

北條君の火炎拳と、私の魔眼槍の一撃で左右から仕留めようとしたとき。


「……あらあら。ゴキブリは一方的に退治されてればいいのに、人間サマに逆らうの?」


いつの間にか。

シャドウストーカーは立ち上がっていて。


両手を左右に翳し、その掌の上に、金属製の盾のようなものを浮かび上がらせていました。


私たちの渾身の一撃は、それに受け止められています。


……さっきまでシャドウストーカーが座っていた椅子が消滅しています。


椅子から、この盾を錬成したんですね……!


モルフェウスのエフェクトです。素材の大きさ、材質を問わず、何かから何かを作り出すシンドローム。

そこには質量保存の法則も、何も適用されません。

1があれば、100を作り出せてしまうんです。


鉛筆一本から、巨大なハルバードを作成するモルフェウスのオーヴァードを私は知っています。


「本当に、ゴキブリってうざったいわ」


瞬間、私たちは危険信号を察知し、その場を飛びのきました。

一瞬後、シャドウストーカーの盾から、無数の棘が飛び出し、私たちがさっきまで居た場所を貫きました。


「チョロチョロ逃げるのは本当にお上手。本当、うざったい……」


私たちを仕留め損ねたことが不満でたまらないのか、不機嫌にそう言いつつ。

先ほど瞬間的に錬成した盾を高速回転させ、再度分解錬成し。

二振りの剣に変えました。

日本刀のような、青龍刀のような。

その中間のような剣でした。


それを両手で構えます。


構えて、その内一刀の刃を自身の首筋に当て……


そして、自分の首を掻っ切りました。


「な!!」


北條君は驚いていましたが、私にはその意図が分かりました。


彼女はブラム=ストーカーのシンドロームを持つオーヴァードです。


激しく血液がまき散らされ……。

必要分が確保できたのか、シャドウストーカーの首筋の傷はみるみる癒えていきました。


彼女が自分の血を撒いた。その意図はひとつ。


グググググ……!


血液から、巨大な、熊ほどの大きさの、蜘蛛の化け物が這い出して来ます。


この、特別でかい従者を作るためにやったこと。

ブラム=ストーカー持ちなら当然やってくることです。


「……負けそうになったからといって、一夫ちゃんに手を出すのはやめてねぇ?」


すでに勝利を確信したのか、余裕と優しさを感じる表情で彼女はそう言い。

続く言葉で、悪魔の表情を浮かべました。


「もしそんなことをしたら、そこのアンタの姉ゴキブリを殺すわよ?」


……そんなこと、させるもんですか!

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