第13話 彼の決断

あの男を、私たちは廃工場に運び込みました。

尋問するためです。


こいつは、何か知っているから。


「そろそろお目覚めかしらね」


ヴィーヴルが言います。生真面目な顔で。


問題の男は椅子に座らせていました。

縛ってはいません。

どうせ逃げられないから。


ヴィーヴルの言葉通り、男は身じろぎし、目覚めようとしていました。


とうとう、目覚める。

ここにはソラリスシンドローム発症者・ブラックリザードが居ます。


確実に、この男が知ってる事実は全部わかるはずです。ブラックリザードならそれが出来るはず。

強制的に知ってることを喋らせるエフェクト「止まらずの舌」がありますからね。


……でも。

不安がありました。


嫌な予感が、したんです。


「……ここは……どこだよ!?」


男はいきなり知らない場所に居たからでしょうか?

パニックに陥ってるようでした。


「静かになさい」


ヴィーヴルが一喝します。


そこで、自分が複数の人間に囲まれていることにようやく気付いたのでしょうか。


「なんだお前ら……!あ、テメー!ガリベンゴミの弟!」


喚きだします。

本当に不愉快な人ですね。


そうヴィーヴルも思ったのでしょうか。


「ブラックリザード、ちょっと黙らせて」


「はいよ、姉さん」


ブラックリザードに頼みました。


ソラリスの力で黙らせるんですね。


「黙れ」


そう一言発した瞬間。男は貝のように黙りました。


このように、ソラリスのシンドロームは体力、能力を増強させる他、人間の精神に作用する力を持ちます。

強力なシンドロームです。


尋問する際には是非欲しい人材です。


「……ブラックリザードはオルクスとソラリスのクロスブリードだからね……こういうことも可能なの」


北條君が驚いているようでしたので、教えてあげました。


「僕たちは、キミに聞きたいことがあって、それさえ聞ければ解放するよ」


ブラックリザードの言葉。

不快な男は口がきけないまま頷きました。


そして、続けてこう聞いたとき。


「……大林杏子について、知ってることを洗いざらい話してくれないかな?」


男の表情が固まりました。


この男、何か知ってます……!




「……どうしたの?もう口はきけるはずだけど?」


ブラックリザードの言葉は穏やかで、かつ有無を言わせぬ力強さが籠っていました。


「……俺がやったという証拠は無いはずだ」


そして。

返って来た言葉が、これです。


確実に、何か知ってて。

かつこのままでは絶対喋る気が無いようです。


「ふーん……」


ブラックリザードは不愉快になってるようでした。


「まともに、答える気は無いと?」


彼にしてみれば、無駄な抵抗を試みる馬鹿なヤツ、と言う認識でしょう。

だって、黙るのは無理なんですから。

余計な手間を取らせるなと。そんな気持ちが滲んでいました。


「まぁ、良いけどね」


そして声が低くなり


「強制的に全部ゲロってもらうだけだから」


ブラックリザードが、エフェクト「止まらずの舌」を発動させました。

彼から自白させる薬剤成分が照射され、男に作用していきます。


「……大林杏子について知ってることを全部話せ」


そして彼は全部話しました。




最低の話でした。

大林杏子さんは、こいつの幼稚な妄想を満たす玩具として、誘拐され、こいつの自宅で凌辱を受けて、こいつの望み通りに振舞わなかったから殺されたのです。

何回もセックスを繰り返せば、女は男に仕えるようになると。それで自分に服従する女子高生の性奴隷を作りたかった、と。

そんなことあるわけないじゃない!あなたは誰から生まれて来たの!?女を人間だと思ってないの!?


とても身勝手で、幼稚で、想像力も思考力も欠如した妄想。

そんな頭の悪過ぎる妄想を拗らせ、実際にやってみたくなり、自分の理想通りの女の子だった大林さんを餌食にした。


クズ過ぎます。

私が独裁者だったら、即座にこの男を処刑しています。

同じ女の子として、大林さんの無念、苦しみ、屈辱。

想像すると吐き気がしてきます。怒りのあまり。


こんな男相手に、大林さんは殺されそうになって命乞いをしたそうです。

悔しかったでしょう。

生前の彼女については私は知ってますから。


気が強くて、お義姉さんをグイグイ引っ張って、やや陰キャ入ってる北條君にも明るく接して、暗くなりがちな北條君の家を明るくする太陽みたいな女の子だったんです。


そんな子が、こんなクズ相手に命乞いをしたなんて。

それほど、殺されたくなかったんです。


なのにこいつは、刑務所に行くのが嫌だからというふざけた理由で大林さんの命を躊躇いなく奪いました。


……殺してやりたい。

拷問してやりたい。切り刻んでやりたい。


そう思います。

でも、UGNはそういう組織じゃありません。

個人的な判断で、民間人に私刑を加える組織じゃ無いんです。

ファルスハーツ(FH)じゃないんですから。


やれないんです。

私たちは。


こいつを裁くのは、私たちでは無いのです。




「……こいつ、人間じゃ無いわね」


「酷過ぎる……」


「……同感だ」


私たちは、皆同じことを言いました。

言葉は違いましたが。


その幼稚さ、邪悪さ、身勝手さ。

最低なんてもんじゃないです。


本当に、許せなかった。


ですが。


北條君は、もっと許せなかったんです。私たちよりも。




「北條君……?」


それに気づいたのは、彼がこの男に一歩近づいたときでした。

彼の表情を見て、私は背筋が凍りました。


何の表情も浮かんでなかったんです。


彼の切れ長の目が見開かれ、口元は半開き。

小さな声で、何か言ってました。


そして歩いて行きます。

男に向かって。


このまま放置してはいけない!

北條君、このままじゃ危ない!


正気の顔じゃ無かった。

私は確信していました。

このままじゃ、北條君、絶対あいつを殺すと。


声を上げようとした瞬間、それが始まりました。

北條君の、この最低の外道への拷問処刑が。


外道の顔面を殴り飛ばし、いきなり前歯をへし折りました。

鼻血と、折れた歯が床に散らばります。


「北條君!やめて!」


私は彼に駆け寄って、止めようとしました。

こんな外道でも、殺してしまえば殺人者です。

そしてUGNは、人を殺したオーヴァードを庇うような真似は基本しないはずです。

そうなれば、北條君は表の世界で生きていくことが出来なくなります。


そんなの、絶対に嫌です!


ですが。


「姉さん、彼女を押さえて!」


ブラックリザードがありえないことを言ったんです。

私を止めろと。ヴィーヴルに。


私は羽交い絞めにされてしまいました。


「何するの!?放してください!?」


必死で暴れます。

でも、振りほどけません。

キュマイラシンドローム発症者は筋力が異常な場合が多く、私は鍛えているとはいえ、そのレベルには達していないのです。


脱出のためにエフェクトを使おうかとも思いましたが、私のシンドロームはバロール。

この状況をひっくり返す使い方が難しいです。どうすればいいのか。


袋小路に達した私。

そんな私の耳元で、ヴィーヴルが囁きました。


「あなたの惚れた男の子くらい、もう少し信じてあげなさい」


……はぁ!?


こんなときに、何を言ってるんですか!?

意味が分かりません!


私は北條君に人殺しなんてして欲しくない!

放して!放して!


これで北條君があの外道を殺したら、私、アンタたち絶対に許さないから!


「きっと耐えるわよ。彼は」


また私の耳元で囁きます。

何を根拠にそんなことを言うの!?


「大丈夫だから。こんな子に惚れられてるのに、それでも怒りを抑えられずに人を殺してしまうようなら、私あの子を軽蔑するわ」


勝手に自分一人で完結しないで!

お願いだから放してよ!


「た、たしゅけてくだしゃい……なんでもしますから……」


北條君の拳ひとつで外道の心がぽっきり折れてしまったようでした。

外道は、泣いて命乞いをはじめました。


「ここは、彼一人で乗り越えなきゃならんところなんだ」


ブラックリザードは断定口調でそう言います。でも。

そんなの身勝手すぎます!そんなので納得なんて出来ません!


北條君が外道の腹を蹴りつけました。

身体をくの字に折って、外道は悶絶します。


「わりゅかった……ゆりゅして……」


悶絶しながら、外道は土下座をはじめました。

しかし、北條君はそんなものでは止まりません。


外道の右手を、踵で踏みつぶしました。


ぐしゃ!と嫌な音がしました。


「あぎゃあああああああ!!」


外道の右手は破壊され、指が変な方向に曲がっています。


北條君は、のたうち回って苦しむ外道を、笑いもせず、ただ表情のない顔で見つめていました。


そして。


ボッ。


北條君の右手が燃え上がりました。


……火炎拳……!


北條君のエフェクトの強さは、尋常じゃありません。

多分、潜在能力では私以上だと踏んでます。


そんな彼が、人間相手にエフェクトを使ったら……

人間一人、灰も残さず焼き尽くすなんて、わけないはずです。


自分の燃え上がる右手を掲げ、ゆっくり外道に近づいていきます。

外道はそんな北條君を、燃え上がる右手を凝視し、ガタガタ震え……


……失禁しました。ズボンから液体が染み出し、アンモニア臭が立ち込めます。


それを見た北條君は、表情を変えないで外道の腹部をまた強く蹴り込んで。

外道はおげええええ!!とカエルのような悲鳴を上げ、胃の内容物を嘔吐し、ゲロまみれで苦しみます。


「やめて……やめてよ……お願いだから……」


気が付くと、私は泣いていました。

もう、ずいぶんと長い事泣いたことは無いんです。

本当に、久々でした。


その久しぶりの涙が、こんな涙だなんて。

嫌です。


大好きな男の子が、人殺しになるかどうかの瀬戸際の涙なんて!


北條君は止まろうとしませんでした。

ゲロに塗れながら苦しんでいる外道の胸倉を左腕で掴み、持ち上げます。


そして、燃える右手のひらを、ゆっくりと外道の顔に近づけていきます。

灼熱の右手が迫り、熱を感じ、運命を悟り。

恐怖のあまり、外道は気を失いました。


ですが。


北條君の右手は止まりません。

迫り続けます。


私、思わず叫んじゃいました。


「私、北條君が人殺しになっちゃうの嫌だよぉ!!」


そのとき。


北條君の手が止まって。

気絶した外道を投げ出しました。


……やめて……くれたの?


そのまま、彼は呆然とした顔で立っています。


その瞬間、私は解放されました。

まっすぐに、彼の背中に飛び込んで、彼を抱きました。

そして、彼の背中に、顔を埋めました。

顔を埋めて、涙が止まるまで泣きました。


私の涙が止まったとき。

北條君はようやく気が付いたようでした。


「水無月……」


「北條君……本当に、こいつ殺しちゃうかと思った……」


北條君の怒りが分かるから。

大事な人を玩具にされて、ゴミでも処分するみたいに殺されたのがどれだけ許せなかったか。

それが分かったから、絶対そうなると思ってた。


でも、北條君、耐えてくれたんだ……!!


「……そうしようと、本気で思ってたよ。でも……」


彼の言葉が、私の胸に響きました。


「やってしまうと……もう、今までの日常を失うな、って……それに気づいたら、やれなくなってた……俺は、仇を討つより、日常を守ることを優先しちゃったんだ……」


北條君は、辛そうでした。

殺さなかった、いや、殺せなかったことを後悔しているのでしょうか。


でも……それは……


「ごめんなさい……兄ちゃん、大林さん……俺、仇、討てないや……」


北條君の謝罪の言葉。


ごめんなさい……

こんなことを言えば、もしかしたら罰があたるかもしれないけど……


それで、私は嬉しかったよ。北條君……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る