第10話
あの日を境に、俺達の関係は壊れてしまった。
俺が二人のキスを見てしまった日。
確か・・・7月10日。
何となく0710とダイヤルを回してみる。
引き出しに手を掛けると、パチっと音がした。
「開いた・・・?」
おじさんを呼びに行こうか。
そうも思ったのだが、好奇心が勝ってしまい、
静かにそのまま引き出しを手前に引き出した。
様々な想像を巡らせていた期待とは裏腹に、
中に入っていたのはたった1枚の白い封筒だけだった。
俺はその封筒をそっと拾い上げる。
表面にも、裏面にも、宛名がどこにも見当たらない。
にも拘わらず、封はしっかりと閉じられている。
流石に勝手に中身を開けるワケにはいかないと思い、
封筒を引き出しへと戻し、おじさんを呼びに行く事にした。
あの引き出しが開きましたと伝えると、おじさんは子供みたいに喜んでくれた。
おじさんが引き出しを開け、手紙を手に取る。
「サトルには悪いけど、後で開けてみようか」
おじさんと俺は手紙を手に1階の居間へと降りた。
程なくして、おばさんも合流する。
おばさんがレターナイフを電話の横のペン立てから取り出しおじさんへと手渡した。
おじさんは殊更慎重に封を開けていく。
中には3枚の紙が入っていた。
しかし、不思議なことに、そこには何も書かれていなかった。
「サトルは時折不思議なことをする子だったからなぁ」
おじさんは笑いながらその手紙を封筒へと戻す。
おばさんは少し寂しそうな顔をしたがすぐさまおじさんと同じ様に笑った。
俺が知っている頃と同じ様に豪快な笑い方だ。
「この手紙、サトシ君にあげるよ」
「え。でも良いんですか?」
「私はあの引き出しをもらえれば良いしね。
それに、この手紙はきっとサトシ君宛てだったんじゃないかなと私は感じるんだよ」
おじさんの言葉には、妙な説得力があった。
「じゃぁ、いただきます」
俺は手紙をカバンの内ポケットへと仕舞い込んだ。
その日の夜。俺は食事を取りながら、1つの決意を固めていた。
食べ終えた食器を洗い、居間におじさんとおばさんがいるタイミングを見計らって、
俺は思い切って口を開いた。
「あの、サトルと俺の事なんですけど」
「うん?なんだい?」
おじさんは優しい声で俺に応えた。
もしかすると、おじさんは俺から話し始めるのを、
ずっと待っていてくれたんじゃないだろうか。
昨日、飲んでいた時も、俺に深くは聞いてこなかった事を鑑みても、
間違いないだろう。
「俺、サトルに酷い事を・・・裏切り者って言ってしまって。
それ以来、今まで一切口も聞いてなくて。それで、それで」
おじさんとおばさんはずっと黙って聞いてくれていた。
「駅に見送りに来てくれた時も、サトルは、手を挙げて俺を待ってくれていたのに。
俺は何も言わずに、ハイタッチもせずに、
仲直りもせずに、サトルに冷たくしてしまって」
おばさんは堪え切れなかったのか、うんうんと相槌を打ってくれた。
「俺、判ってたんです。サトルがサキエを好きな事。
でも、それを認めるのが怖くて・・・俺が悪いんです」
おばさんは俺をギュッと抱きしめた。少し痛いくらいにそれは強く。
「サトシ君。誰も悪くないから。サトシ君はとっても良い子だよ。
それはサトルが一番良く知ってるよ。私だって知ってるくらいなんだからね」
何とか言葉を絞り出そうとするが、上手くカタチにすることが出来なかった。
それくらい、俺の顔はグシャグシャに濡れていた。
「サトルはね。
サキエちゃんの事と同じくらい、サトシ君の事も大好きだったんだよ。
あの子の口からはいつも二人の名前ばかり出てきてたんだから」
「サトルがね。私に言ったんだ。サトシ君と仲直り出来る時が楽しみだって。
謝らなければならない事が沢山あるって」
「俺は・・・俺の方が・・・」
それ以上、何も言えなかった。
サトルはこの10年、どういう思いでいたのだろうか。
謝らなければならないのは俺の方なのに。
もう、謝る事すら、許す事すら、許される事すら出来ない。
俺はひとしきり泣いた。
その日も、おじさんは遅くまで俺とお酒に付き合ってくれた。
俺の中で、少しずつサトルに対しての罪悪感が無くなっていった。
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