第9話

2日後、いつもなら3人一緒に帰るのだが、サトルもサキエも見当たらず、


俺は一人で帰り路を歩いていた。


いつもなら視線をやるはずもない、馴染みある川沿いの景色。


何故か、その時はあらゆるモノが俺の視線に入り込んできていた。


そんな時に限って、見たくもないものを見てしまうのは何故だろうか。


俺の目に飛び込んできたのは、河川敷に仲良く座るサトルとサキエの姿だった。


二人に声を掛けようとするが、ふと嫌な想像が頭を過ぎる。


俺が声を掛けようか躊躇していると、まるで俺の想像を具現化する様に、


サトルと口付けを交わすサキエの姿がそこにはあった。


突発的に俺の心を1つの言葉が支配する。


裏切られた。


サトルは俺の気持ちを知っていたはずなのに。


俺はその場から急いで離れた。


巨大なワニに心を食いちぎられたかの様だ。


息が荒くなる。やり場のない怒りが食いちぎられた心の隙間を埋めていく。


下宿先の部屋に帰り、思いっきり壁を殴りつけた。


ドーンと鈍い音が部屋に響く。


あまりの音に心配したのか、親戚のおばさんがどうしたのと俺に声を掛けた。


「なんでもない。ちょっと物が落ちただけ」


ぶっきらぼうにおばさんにそう言い放つ。


ベッドに倒れ込み、軋むベッドに拳を叩きつけた。


ギシギシとスプリングが音を放つ。


サトルは何で俺に一言、言ってくれなかったんだ。


俺はその時そう考えるしか出来なかった。


言ってくれなかったんじゃない。俺が言わせなかったんだ。


そんなのは判っている。判っているはずなんだ。


でも、認めたくなかった。


俺の弱さを。


俺の劣等感を。


認めたくなかった。



翌朝、何時もならサトルとサキエが俺の家に迎えに来る時間よりも


早く俺は学校へと向かった。


どんな顔をして会えば良いか判らなかった。


何て声を掛ければいいか判らなかった。


教室で机に突っ伏し、ふて腐れる俺に、


サキエはいつもと何一つ変わらない様子で話しかけてくる。


「何?サトシどうしたの?なんかあった?お腹痛い?」


「うるさい。話し掛けんな」


「何それ!心配してるのに」


「お前はサトルと仲良くしとけよ」


俺の言い方が余程、癪に障ったのか、サキエは俺をジッと睨んでいる。


「なんだよ」


「もういい!」


サキエは怒って教室を出ていった。


サトルはそんな俺達の様子をいつもと変わらない様子で見つめていた。


「裏切者」


俺はボソっとそう呟いた。サトルに聞こえたかどうかは判らない。


サトルもサキエを追い掛けて教室を後にした。





裏切者。





それが、俺がサトルに言った最後の言葉だった。






俺が上京する日、サトルとおじさん、おばさんは駅まで見送りにきてくれた。


おじさん、おばさんにはお礼の言葉を送ったが、サトルには一切話し掛けなかった。


手を振るおじさん、おばさんに、俺も手を振り返す。


サトルは右手を挙げて、俺を見送る。


その目は真っ直ぐに俺を見つめている。


その時。俺は漸く自分の過ちに気付いたのかもしれない。


ハッとした表情を浮かべていたかもしれないが、悟られない様に平静を装う。


電車がガタっと動き出す。


おばさんが渡してくれた餞別の封筒に涙が1滴、また1滴と零れ落ちる。


さっきが恐らくサトルと仲直りする最後のチャンスだったのではないだろうか。


もう、元には戻れない。


支え続けてくれた唯一無二の親友を、俺は失ってしまった。


あの時ハイタッチしていれば・・・。


たったそれだけが出来なかった。


俺達に言葉はいらなかった。


言葉はいらなかった。

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