第5話
「20歳の誕生日の時にね、二人でお酒を飲みに行ったんだ」
おじさんはグラスを手に取り、
手の動きだけで中のブランデーを一周くるりと回してみせた。
「私が好きなのを頼んでいいよと言うと、
バーにある沢山のお酒のなかから、迷う事なくこのお酒を選んだよ。
お酒が目の前に運ばれてきて、口をつける時も、味わうというよりも、
確認する様な素振りだった。そして私にこう言ったんだ」
俺はおじさんから目を離す事が出来なかった。
サトルは何て言ったんだろう。それが早く知りたかった。
「サトシが好きなお酒はきっとこれだと思うんだ。ってね」
20歳と言えば、俺がサトルと連絡を取らなくなってからすぐの事だ。
「それからね。こんな事も言うんだよ。
サトシも本当は父親と一緒にお酒が飲みたいと思うんだ。
いつか、父さんが代わりに一緒に飲んであげてくれないかなってね」
「サトルが・・・そんなことを」
「その時だよ。私が君達の事を聞いたのは」
「・・・・」
おじさんがブランデーを多めに一口含んだ。
俺も同じ様に、ブランデーを喉に流し込む。
身体がジンワリと熱くなってくる。
それがアルコールによるものなのか、緊張からなのかはわからない。
おじさんが自分のグラスに追加のブランデーを注ごうとした時、
俺も空になったグラスを差し出し、口火を切る事にした。
「サキエの事ですよね」
「あぁ・・・そうだね」
おじさんはそう言うと、そっと俺のグラスを受け取り、
自分のグラスよりも先に俺のグラスに追加のブランデーを注ぎ始めた。
「・・・サキエは、元気にしてますか?」
「どうだろうね・・・お通夜やお葬式の時は気丈に振舞っていたみたいだけど」
1杯目よりも少し多めにおじさんはブランデーを注いだ。
静かにテーブルの上を滑らし、俺の前にグラスを促した。
「そう・・・ですか」
俺は目の前のグラスをボンヤリと見つめた。
融けた氷がカランッと小気味いい音を立てる。
今、サキエと顔を合わせた所で、俺に何が出来るだろうか。
そもそも、俺はなんと声を掛ければいいんだろうか。
いや、それよりも、俺はサキエに会うべきではないんじゃないだろうか。
そんな心の声がおじさんに聞こえてしまったのだろうか。
「サトシ君。今すぐじゃなくても良い。サトシ君の考えがまとまってからで良い。
サキエちゃんに会ってもらえないかな」
「俺が会っていいんでしょうか」
「君じゃないとダメだと私は思うんだ」
おじさんが俺達3人の事をどこまで知っているかは判らない。
ただ、適当な事を言うおじさんでない事は、俺自身も良く判っている。
それに、俺の事をもう1人の息子の様に思ってくれている事も。
何より、おじさんは俺よりも、もっと辛いはずだ。
サトルが亡くなって、そんなに日は経っていないのだから。
にも拘わらず、自分よりも俺やサキエの事を気に掛けてくれている。
「いつになるかは判らないですけど・・・・」
「それで良いんだ。ありがとう」
ありがとう。
その一言で俺は勝手に自分が救われた気が。
許された気がした。
それからおじさんと俺はサトルの思い出話や他愛ない話を夜遅くまで続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます