第4話

俺とおばさんとおじさんは3人仲良く食卓を囲んでいた。


なんて事はない、お味噌汁と卵焼き、そして焼き魚と玄米の和食メニュー。


独り暮らしでは中々食べる事のない理想的な食事だった。


サトルが居た時はおばさんが喋りっぱなしで、


偶に俺とサトルが学校であった事を話すくらいだった。


そんな喋りっぱなしだったおばさんが殆ど喋らない。


お箸や食器が擦れる音だけが響く食卓は、哀しさを纏っていた。


気を遣ってか、珍しくおじさんが俺に色々と話しかけていた。


仕事の話、好きな音楽の話、車の話・・・


敢えてサトルに関する事は避けて話の内容を選んでくれていた様だ。


俺もおじさんの心遣いを汲み取って、努めて明るく振舞った。






食事も終わり、デザートの梨を食べながら、


俺とおじさんは居間へと場所を移していた。


おばさんはキッチンで片づけをしている。


「サトシ君はお酒は飲む様になったのかい?」


おじさんは少し誇張した言い方で、俺にそう訊ねてきた。


「付き合い程度には飲む様になりました」


「何が好きだい?やっぱりビールとかかな?」


「あー、実は炭酸があまり好きじゃなくて」


「じゃぁ、ブランデーはどうかな?」


「飲んだ事ないです」


「もしよかったら、一杯付き合ってくれないかな?」


「はい。喜んで」


俺が承諾すると、おじさんは立ち上がってキッチンへと向かった。


程なくして、おじさんは


キラキラしたボトルとグラスのセットを居間のテーブルに持ってきた。


ボトルの中には琥珀色の液体がゆらゆらと揺れている。


ボトルからして如何にも高そうなお酒だ。


「実は、サトシ君が来たら一緒に飲もうと決めていたんだ」


おじさんは嬉しそうにそう話した。


「あぁ、氷を持ってくるのを忘れた」


そう言うとおじさんはまた忙しなく立ち上がり、


ダイニング奥の戸棚をごそごそと漁り始めた。


奥からおじさんとおばさんの声が聞こえてくる。


「氷入れるのどこに仕舞ったかな?」


「重いから下の段にあるはずよ」


「あぁ、あった。ありがとう。普段は使わないもんなぁ」


「普段からそんなの使われたら洗うの大変よ」


何だか懐かしさも感じる二人の会話。


おじさんとおばさんは、俺達が居ないところだといつもこんな感じで話していた。


ただ、おばさんの声が大きめだから、二人の会話は俺達にいつも筒抜けだった。


俺達はそんな二人の会話をいつも笑って聞いていた。


「おまたせ」


おじさんは重そうな入れ物をテーブルへと置いた。


「雰囲気だけでも楽しまないとね」


これはおじさんの口癖というか、座右の銘でもあった。


「いつもは使わないんだけどね、今日は特別」


笑いながらおじさんは氷をアイスペールに入れていく。


「サトシ君。ロックでも大丈夫かい?」


「た、多分」


おじさんは慣れた手つきで氷をグラスへと入れていく。


くっついた氷もアイスピックを使って器用に割り入れる。


「大きな氷だったらもっと雰囲気出るんだけどね。流石に母さんに怒られるから」


おじさんはボトルの蓋を開ける。


重たそうなガラス製の蓋をテーブルの付近にソッと置いた。


俺はその様子をジッと眺めていた。


琥珀色の液体が音もなく氷が入ったグラスに満たされていく。


おじさんが声を潜めて俺に話し掛ける。


「安いブランデーを入れ替えてあるって母さんには言ってあるんだけど、


本当は結構いいブランデーを入れてあるんだよ」


おじさんはバースプーンで数回クルクルとブランデーを回し混ぜた。


「母さんには内緒にしてね」


「はい」


悪戯な子供っぽい顔をしたおじさんを見て、俺は思わず笑ってしまった。


「サトシ君はバーに行った事あるかい?」


「本格的な所は行った事ないです」


おじさんはニヤリと笑う。


「そういうバーに行った時、


乾杯する時はグラスを目の高さくらいに上げて乾杯するんだよ」


混ぜ終わったグラスを俺の前にコトっと置いた。


重厚なガラス製のグラスは如何にも重そうだ。


「へぇ。そうなんですね」


おじさんはグラスを目の高さ位まで掲げる。


俺も言われるがまま、グラスを掲げた。


俺が思ってた通り、ズッシリとした重さが手から伝わってきた。


「もう1つ。バーで誰かを偲んで飲む時は乾杯ではなく、献杯っていうんだ」


「献杯、ですか」


俺はグラスを見つめながらそう呟いた。


さっき手にとった時よりも、そのグラスは重たく感じた。


「献杯」


「献杯」


グラスを口につけて、そっとブランデーを飲み込む。


勝手なイメージで辛くて飲みにくいお酒をイメージしていたが、


驚くほど口当たりが良く、甘い香りが広がっていった。


俺の顔を見て、おじさんは少しホッとした様だった。


「どうやら気に入ってもらえたみたいだね」


「美味しいです。初めて飲みました」


「実はね、このブランデーを選んだのはサトルなんだよ」


おじさんはボトルを見ながら少し寂し気な目をした。


「サトルが・・・これを?」

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