転機
「んっ……ふ……」
最初に比べて長くも深くもなったキスに喘ぎながら必死に制服にしがみついてくる月見山を薄目でながめて、満足してからそっと唇を離す。
息を荒くしながら涙目でこちらを見てくる月見山は可愛くて、このまま抱きしめ続けたい衝動に駆られる。
自分は所詮身代わりなんだから、と言い聞かせて、月見山の腰と頬に添えていた手も離すと、彼女が少し残念そうにこちらを見た気がして、もう完全に彼女に堕ちてしまっているな、と苦笑する。
「……ありがと。また、明日」
俺に背を向けて去っていく彼女の方につい伸ばしてしまった手は、行き場を失ってだらりと下ろすしかなくなる。
「……ほんっと、なにしてんだか」
この日々を変えたいような、変えたくないような、なんともいえない感情に、俺はどうすることもできなかった。
彼女への好意に気がついてから、もう何度目の放課後になるのだろうか。
今日も俺は、微笑む彼女を抱きしめて、自分の欲望のままに口付ける。
ここが学校だと言うことも忘れて少しずつ深く長くしていったキスを、今日はなんとなく、本当になんとなく、一瞬触れるだけのキスにしてみた。
抱きしめることもせず、本当に一瞬唇を掠めただけで立ち去ろうとすると、彼女が、思いもよらない反応をするので、俺は、呆然と固まった。
「もう、私は、いらない……?」
彼女は、泣いていた。あの日、初めてキスをした日のように、笑いながら泣いていた。
そのことに気がついたのか、彼女は慌てて涙を拭って俺に背を向けた。
「ごめ、何でもないの……目に、ゴミが入っただけ…………うん、そだ、ずっといいたかったんだけどね、南くんが嫌なら、無理して付き合ってくれなくていいの。別に、私は、南くんじゃなくても、別の人を探せ、ば……」
そこまで言った彼女の言葉をそれ以上聞きたくなくて、俺は呆然としていた意識を覚醒させて、彼女を抱きしめた。
「あんまり変なこと言わないでくれる? 他の男とか許さないから。俺は……」
勢いで好きだ、と告げそうになって、慌てて口を噤む。
このまま言えば、この関係は終わるかもしれないが、言わなくても、この関係は終わってしまうかもしれない。
そもそもが薄氷の上にある不安定な関係だったのだから、一つの変化で変わってしまうことはわかり切っていたはずなのに、なぜ今日変化を起こしてしまったのか。
どの行動を取れば自分にとっていいかを考えて、ふと月見山へ視線を移す。
勢いで自分の腕に閉じ込めた彼女は、ひどく不安げな瞳でこちらを見ていた。
その表情を見て、俺は、覚悟を決めるしかないことを悟った。
どうせ、彼女からはもう逃げられないことを、悟った。
「好きだよ。月見山のことが、好きだ。始まりはめちゃくちゃだったけど、好きだって気持ちに、間違いはないから。だから、この関係を終わらせたいなら、月見山の方から。俺は、先に進みたくても、終わらせたくはないよ」
一気にそう告げて、彼女の返事を待つ。
彼女は、俺の胸に顔を押し付けていて表情は見えないものも、嗚咽が聞こえてくることから、泣いているように思えた。
「……月見山」
「りっか」
言いたいことを言い切ってしまい、どうすればいいかわからず、名前を読んでみると、月見山が顔を上げて、キッとこっちを睨みつけていた。
「りっか。六花って呼んでよ……陸くん」
こっちを見上げて、睨みつけたあと優しく微笑んだ彼女をみて、ようやく俺は、彼女のことを思い出した。
「……六花」
高校に入学する前に出会った、リッカという少女のことを。
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