私の願いを

「……ねえ、南くん。私と、毎日、キスして?」


 これは、賭けだった。

 どうしようもない私の、最後の賭け。

 もう、自分の想いに嘘をつくのは嫌だから、昨日の夢のような奇跡を、奇跡で終わらせるのは嫌だから。


「……なんで?」


 南くんの相変わらず至極真っ当な回答に再び苦笑しながらも、私はそれっぽい嘘を重ねる。


「私ね、昨日、彼氏にふられたの」


 嘘だ。


「だから、泣いてたの」


 これも嘘。


「でね、寂しいの。彼には、私が怖くて、キスをいつまでも拒んだせいでふられちゃったんだ。だから、昨日ヤケクソみたいにキスしてって頼んだら、南くんしてくれるんだもん」


 嘘だけど、少し本当。


「それが、嬉しくて。本当に本当に嬉しかったの。だから、ねえ、お願い、私、寂しいんだ。この穴を、埋めてよ」


 これは、本当。

 怖くて南くんの顔が見られない。彼の肩に顔をうずめて、ひたすら彼の言葉を待つ。

 彼に引かれる覚悟はしたつもりだったが、それでも、彼に引かれてしまうのは、怖かった。

 沈黙が怖い。怯えて体を固くしていると、南くんが、私の腰に手を回して、頭を撫でてくれる。


「……誰にも、言うなよ」


 その言葉に、私はパッと顔をあげる。

 至近距離に、彼の真っ直ぐな瞳と、昨日重ねた唇。

 つい目を逸らしそうになるのを堪える。

 私は、飄々とした、迷惑な女でいなくちゃいけないから。

 

「それって……」


 了承ってこと? と聞こうとするが、大事なところが口に出せない。

 ダメな自分に嫌気がさしていると、頭を撫でてくれていた彼の手が首の後ろに移って、そのまま、半ば強引に唇を塞がれる。


「っ……!」


 触れるだけなのに、長く長く感じられたキスに、息をすることを忘れる。

 息を荒くする私を見て、南くんは悪戯に成功した子供のように笑いながら、昨日の私のように耳許で囁く。


「じゃあ、また明日、この時間に」


 このあと、私が床に座り込んでしまったことは言うまでもないだろう。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る