アンダーグラウンド モスクワⅪ
モスクワのとある路地裏にたたずんでいる、いつも店内が薄暗くて、開いてるのか潰れているのか分からないような小さい
こういった実態不明の場所はモスクワには珍しくない。つまり、ギャングなど何らかの反社会的組織が店のケツ持ちに入るか、あるいは店ごと保有することで、表向きには普通の商売をしながら、裏で何らかの闇取引現場として用いるか、連絡場所として使っているということである。ただし、この
ローガンは加えた紙巻き煙草に、ライターで火をつける。対面には緑の
「――詳細はそんな感じだ。なかなか重たい仕事だったよ」
ローガンが煙を吐きながらそう言った。古い蛍光灯がジジジ…と音を立てている。
「にしても、
「知ってたらアルトとアズサを連れていくことを許さなかった。ユーリ大尉については
「だよな…。だが目的は俺たち以外にあったみたいだ。興味も持たれてなかったかな。でなきゃ、たぶん殺されてる。それと、こないだ地下道に潜って、ダンジョンの入り口を見に行ってみたが、もう完全に塞がれてたぜ」
「隠蔽が素早いな、気に食わん。」ヴァシリは考え込むように腕を組んだ。「俺たちが把握してないところで何か大きな意思が蠢いているようだな…。ところで、アルトの様子はどうだ?」
ふぅ、とローガンは息を一つつく。「かなり凹んではいたよ。初めての殺しで、しかも友達だからな、無理もない」
「
「いや…、俺たちと同じタイプだよ、アイツは。戦わないと生きていけない…突っ走ってないといろいろ考えて塞ぎ込んじまうんだろうな」ローガンは新しい煙草を咥えて、火をつけた。「空手にもますます打ち込んでるよ、武術を教えたのは良かったかもな…。ただ、もしこういうキツいことが連続で続けば、パンクしちまうかもな…シンシアって知ってるか?アルトのもう一人の友達の人狼らしいんだが」
「ああ、彼女についてはすでに報告を受けた。その娘の時は、救えればいいがな…。とにかく、ご苦労だった。報酬は振り込んでおく。それと、送ってくれた、死んだ人狼のDNAデータ、あれの解析が終わったらまた連絡する」
「おう。見た感じも、アルトに聞いた感じでも明らかにおかしかった。何かヤバい実験でもされてたんじゃないのか?わかったら教えてくれよ。…しかし、情報軍は大変だねえ。身内同士でも腹の探り合いか」
まあ、どこの組織も同じようなものか。と、内心思いながら、ソファから勢い良く立ち上がって、地上への階段を上って、店の玄関からローガンは出て行った。
≪ドク、さっきのヴァシリとの会話は聞こえたか?≫
ローガンは街の雑踏をかき分けながら歩く。モスクワの目抜き通りはいつだって人であふれかえっている。
≪聞こえなかった≫
≪なるほど、さすがはアルファ、シギント対策はバッチリだな…。死神の存在はヴァシリも掴んでなかったってよ≫
≪そうか。ところで、米国からモスクワに派遣された人員の数がここ最近で急に増えてきている。作戦の進展があったようだな。臭そうな特殊部隊のリストを上げておいた≫
≪ありがとよ。後で見ておく≫
ローガンは歩きながら、煙草を一本取り出して、口にくわえてライターで火をつけた。
≪喫煙は体に毒だ≫
≪神様から貰った体を汚すことができるのは、サブドロイドにはできない、生身の人間の特権だよ、ドク≫
≪
≪違えねえ。げに人間は愚かな生き物よ≫
ローガンのプライベート回線にキャッチが入る。
≪ドク、切るぜ。またな≫
≪ああ。無理はするなよ≫
「……」
吸い終えた煙草を排水溝に捨ててから、フリッツの通信に答えた。
≪どうした、何かあったか?≫
≪作戦前に言った通り、あの
≪確か死体の数は全部で七つだろ?一人足らないじゃねえか≫
≪
≪シンシア…もう一体の人狼、アルトの友達ね。次から次へと…、続くときは続くもんだな≫
≪引き続き情報を集める。アルトには、今のところこのことは言わないでおく≫
≪そうだな。動き方はよく考える必要がある≫
時は、アルトたち四人が
モスクワの裏の世界を跋扈するギャング組織、
一緒にいる少女は売春婦には見えなかったし、そもそもサブドロイドのハギスにそういった相手は必要なかった。彼女は憔悴した様子で、人目から隠れるようにハギスのコートを着せられ、肩を抱かれて歩いている。髪の色は金色で、コートの隙間から覗く白い肌には、血がついているようにも見えた。
玄関のドアを開けて、廊下を進んだ先には、一人暮らしには十分すぎるほど大きなリビングがある。その中央に椅子が置いてあり、一人のドロイドがリクライニングを最大まで倒して座りながら、虚空をじっと眺め続けていた。ネットに接続して何かを調べているのだ。
「あ、お帰りなさい。誰にも見られませんでした?」
帰宅したハギス達に気づいて、ドロイドが起き上がってそう言った。小熊のミーシャ、ハギスが最も信頼する部下だった。
「ああ」疲れ果てて眠ってしまった少女をソファに寝かせながらハギスは答える。
「監視映像も全部チェックして、やばそうなのは偽造しときましたよ。これでしばらくはバレないでしょう」
「分かった。彼女のことについては?」
「そっちはさっぱりです。普段はおとなしかったのに、急にですもんね。目の色まで真っ赤になって、今日はとうとう一人殺しちまった。この発作的な行動が人狼に共通することなのか、それとも彼女だけのものなのか…まあ、引き続き調べてみます」
「頼む。ただ、原因が分かっても押さえつけられるモノではないだろうからな、定期的に生贄を用意する必要はありそうだ」
「ですね…上層部はなにか気づくような素振りはありました?ていうか俺、ここに引きこもって全然本来の仕事してませんけど、怪しまれてませんか?」
「全く問題ない、老人どもは組織が何をやってるかなど全く把握していない。だからホンフゥに、アメリカに簡単にモスクワへの侵入を許す羽目になるんだ」
遠くを見つめて、フゥ、とため息を一つ。人間らしい所作は、ハギスが元は生身の人間を持っていたサブドロイドだということを表していた。
こんな組織にいても未来はない。一刻も早く情報軍と接触する必要があるな、ハギスは思案する。
「
「そうだ、一つ言い忘れていたことが」流しに軽く腰掛けて、お湯が沸くのを待ちながらミーシャがハギスに言う。
「なんだ?」ハギスはコートをハンガーにかけながら答える。
「"姉妹"から連絡がありました。また気まぐれに仕事を欲しがってるようです」
「あいつら帰ってきたか…モスクワに…」
額を手で押さえる。
モスクワの地下、ダンジョン内に作られた通路の先、見捨てられた研究施設。その一室に横たわるダニーラの死体も、誰にも見つけられずに腐るのを待つ運命のはずだった。
四足歩行の、小型の
そのまま死体と共に
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