アンダーグラウンド モスクワⅤ
この街にいくつか存在する地下通路への入り口。今回は古い複合商業施設の、地下駐車場の隠し扉を使って
広い地下通路には冷たく、重たい空気が流れている。あまり整備もされていないので灯りも十分でなく薄暗い。
アルトにとっては刺客に殺されかけた嫌な思い出がある場所だった。地下通路へのドアを開けるときは緊張したが、今日はまばらだが人通りがあり、それらから敵意の匂いを感じなかったため、ひとまず安心した。二人は広い通路の端を歩く。たまに反対側の端を歩く人が、ローガンに軽く手をあげたりして挨拶をしていた。
「銀狼、こないだのやつ、よかったぜ。流石だな」近くに寄ってきて、喋りかけてくる者もいた。地下通路は電波を遮断しているのでヴァーチャルコミュは使えない。また、こういったいわゆるひそひそ話が一番盗聴のされにくい方法だと思い込んでいる者もいる。
「今の、バウンティハンターの仕事の話とか?アンタやっぱり有名なんだな」アルトが離れていった男を振り返って見つめながらそう言った。
「いや、今のやつとは昼メシの美味い店をたまに教えあってるんだ」
ダイナーのテーブルの上にはチョコレートサンデーが2つ並んでいる。ヴァシリが
「詳細はメールで伝えた通りだ」チョコアイスと生クリームをスプーンで絡めて掬って、それを食べながらローガンが言った。アルトもアイスを勢いよくかきこんで、頭痛を起こして渋い顔でこめかみを抑えている。
「あまり急いで食わなくても、誰も取らねーよ」ヴァシリがテーブルに置かれている小さな紙を拾い上げ、書かれているバーコードを
「うーん、疲れた脳に甘いものがキくってのが何となくわかるな」
「それってホントに正しく味が再現されてるのか?」ローガンが聞く。
「分からん。俺は人間からドロイドになったんじゃないし、
「スイーツはいいな…こんなの研究所では食べられなかった」アルトが素早く自分のチョコレートサンデーを平らげた。
「もう一皿いってもいいぞ…。で、メールの男についてだが、確かに何らかの秘匿プロジェクトに参加している可能性が高い。表向きのプロフィールは退役軍人で、今はごみ収集係だが、政府の研究機関の過去の広報にこの男の写っている写真があった。本名や本当の経歴は不明だが、政府機関から出向して機密性の高い研究をしているってところだろうな」ヴァシリが説明する。
「
「男の行動履歴を調べた。表向きの仕事とか、行きつけの店とか、フードデリバリーで頼んだ食事とか…。その中で気になったのは地下通路に定期的に入ってることだな」
「地下通路っていうと、俺たちも使ってるやつか?」アルトが聞く。
「そうだ。入口と出口をほぼ毎回替えてるが、区間はだいたい同じところだ。それと、昨日の深夜、お前みたいな帽子をかぶった男が地下に入っていった映像もあった。出てきた映像はまだ見つけてない。そこに何かあるんだろうな、隠された研究施設か何かが…。で、だ」
ヴァシリはソファーに座りなおして姿勢を正した。
「――行くつもりか?アルト。モスクワで賞金稼ぎとして生きていくと言っても、わざわざ危険に飛び込んでいくことは無いんだ。せっかく助かった命なんだ。それをみすみす粗末にすることも…」
「行く」二皿目のスイーツを平らげたアルトが言った。ほんの一言だったが、強固な意志が感じられるような言い方だった。
「…証拠がなければ軍は大っぴらには動けない。行くなら、この一回で全部解決しようとは思うな。怪しい場所を見つけるとかだけでいいんだ。それで生きて帰ってこい」
「分かった。死なない。でもダニーラは連れて帰る」
「お前な…本当に死ぬなよ?カタリーナが悲しむし、俺だって悲しい。軍としてじゃなくて俺個人として、だからな。ローガン、しっかり面倒見てくれよ」
「アイアイサー」
「マジでな…。じゃあ、ここは俺が払っとくから。いい報告を期待してるぞ」
「もっと止められると思った」店を出て、拠点までの帰り道でアルトが言った。
「おいおい、生意気な発言だな。ヴァシリも気を遣ってくれてるんだぜ。俺たちと同じで、仕事としてお前のことは利用しようと思っているが、一方で、自由にこの街で生きて欲しいってことを思ってんだ」
「ふーん…。ところでさ、本当にあんな感じで話して、盗聴とかされてないのか?」
「らしいぜ。テーブルの上においてたちっこいデバイスが俺らの見た目も会話内容も偽装しちまうらしい。情報軍の新しいテクノロジーだ」
フリッツから通信が入った。≪
「ダニーラが殺った可能性が高い」アルトが言葉を継ぐ
≪そういうことだ。とりあえず一回帰ってきな。地下に行くのも準備があるだろう≫
「了解」
通信を切って、ローガンもアルトに合わせて早足で歩き始めた。
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