アンダーグラウンド モスクワⅡ

 金属生物が地球に来て、最初に接触した生物は人間ではなかった。隕石の飛来した山地、その周辺に生息する肉食獣が飛び散った一部の金属生物との邂逅を果たしていた。

 では、金属生物がその肉食獣とふれあい、その意思や本能を吸収した時、それらは何を思ったか?

 それらに下されただった。頂点捕食者エイペックスプレデターとなる。万物の霊長たる人間を頂点から引きずり下ろし、自分達がかわりに世界を支配する。肉食獣と触れ合った金属生物は、その為の能力を憎悪とともに進化させていった。

 そして機械獣ズヴェーリが誕生した。

 機械獣ズヴェーリは特定の姿を持たなかった。あるものは四足歩行で巨大な牙を持ち、あるものは二足歩行で巨大な爪を持った。全てのものが人間に対する憎悪を共通して持っていた。

 そのうち、機械獣ズヴェーリたちは群れを形成し始めた。群れを形成した機械獣ズヴェーリたちはロシア各地、とりわけ人の寄り付かない山間部などに、あらゆる電磁波の遮断などを備えた異常空間を形成し、集団生活を始めた。すなわち巣の形成である。機械獣ズヴェーリは人間を襲う為、確認された巣は速やかに軍もしくは賞金稼ぎバウンティハンターによって破壊されるか、特に巨大なものは国家を挙げた研究対象となった。

 巣は、賞金稼ぎバウンティハンターの間で慣例的にダンジョンと呼ばれるようになり、熱烈なとなった。当然、金になるからである。ダンジョンが巨大であればあるほど、その危険度は増し、攻略後の国家からの報奨金は莫大なものとなった。人間を遠ざけるためだろう、ダンジョン内には特殊な妨害電波が発生しており、基本的に電子機器は使用できない。ダンジョン攻略は文字通り、身一つで機械獣ズヴェーリと戦って生き残ることができる、凄腕のみに挑戦できることだった。

 その他、機械獣ズヴェーリの屍体を研究所に寄付することでも報奨金を得ることが出来た。ちなみに、機械獣ズヴェーリを生かしたまま捕らえても、憎むべき人間の利益になるくらいなら、と、研究所への輸送途中にその命を自ら絶つことがほとんどなので意味はなかった。



 夜はすっかり帷を下ろし、頭上には満月が登っていた。しかしその輝きは、モスクワ摩天楼の織りなす電子広告やネオン群の中にすっかりと埋もれてしまい、存在感はほとんどない。

 フリッツとローガンベテラン二人と、アズサとアルト新米二人は、今朝スリにあった老婆を救った喫茶店の前に集合していた。四人が狙うのは目下モスクワを騒がしている機械獣ズヴェーリ。何処かのダンジョンから人里まで流れ、モスクワの賞金稼ぎバウンティハンターを騒がせているお尋ねものだ。

 「ニュース見たか?今日までで7人の人間が犠牲になってるらしい。全員、鋭利な爪で引き裂かれて殺されてるとか…。怖いねー」ローガンは携行火器の状態を確かめている。

 「アズサ、本当に銃は持たなくて大丈夫か?」フリッツがアズサを気遣った。人間をたやすく屠る獣が相手だというのに、彼女は何も重火器は持たず、徒手空拳のみで立ち回るつもりだった。

 「はい、大丈夫です。使い方もわからないですし、私には、この拳があれば十分です」

 拳を握るアズサの瞳には確かな意思が宿っていた。その、人類特有と言える強固な意志こそが、人類を前に進ませ、機械人ドロイド機械獣ズヴェーリと人間が渡り合ってきたその源であった。

 フリッツが口笛を鳴らした。もちろん、機械が実際に口笛を鳴らすことはできないのでこれはダウンロードした音声だったが。

 「お前の父の哲学だな、それは。彼も凄腕の賞金稼ぎバウンティーハンターで、文字通り腕一本で戦っていた」

 「はい…父さんはずいぶん前にダンジョン攻略に行って、失踪して…。もう記憶もおぼろげですけど…でも、きっと生きてます。この街で、父さんと同じ生き方をすれば、いつかまた会える気がするんです。根拠は何にもないですけど」

 「いや、そういう人間の本能的な感覚っていうのは、機械獣ズヴェーリと渡り合うには重要だ。気合十分だねえ、師匠のやりがいがある…。ところでアルト、お前もいつもと様子が違うようだが」

 アルトはいつもより神経質そうに見えた。呼吸は少し荒く、眼は見開いていて、高ぶる何かを抑えているように見えた。

 「満月だからな…、昂るんだ、そういう体質なんだよ。満月の夜は感覚が過敏になりすぎて、肌とかちょっと痛いんだ」ころろとアルトのどを鳴らす音が小さく響いた。

 「ははあ、なんか聞いたことがあるぞ。フリッツ、なんて言ったっけ、そういうの?」

 「狼男か?あれは満月の夜にオオカミに変身する男っていう、昔の時代の創作だ。アルトの体に起きてる反応とは関係ないぞ。偶然だ」

 「偶然かあ…。お、来たぞ」

 四人の視覚に表示されていた地図情報が更新され、標的の予想される位置がポイントされた。

 「行こう、先を越される前に」

 ローガンとフリッツが走り出し、それを見たアズサとアルトもついていく。

 ≪地図情報の更新者、知らない名前だけど誰なんだ?≫

 アルトが四人のプライベート回線で、ヴァーチャルコミュを用いて尋ねた。

 ≪ヴァシリだ≫

 ≪ヴァシリ≫ローガンとフリッツがほぼ同じタイミングで返答する。

 ≪偽名のつけ方には法則がある。ヴァシリは生まれた時からドロイドの、いわゆるピュアドロイドってやつだが、そういう人間的な癖みたいなのがあるのが面白いよな≫

 ≪ヴァシリさんと私たちが友達だから情報を流してくれたんですか?≫

 ≪奴の判断する有能な賞金稼ぎバウンティーハンター全員に流してる。軍人だって賞金は受け取れるから、情報を独占しようとするやつもいるが、ヴァシリは積極的に流すんだ。トラブルが早く解決できれば、手段問わないタイプだからな。手をいっぱい使うんだ≫

 「へ~」アズサとアルトは思わず感嘆の域を漏らした。

 狭い路地を止まることなく駆け抜け、時には壁を駆け上り、建物の屋上を走る。パルクールの技術は賞金稼ぎには必須とも言える技術だ。アルトは人狼の、人を凌駕する脚力と野生的センスで、他の三人は靴に仕込んだ小型の電磁シールドを細かく展開し、壁や障害物を蹴り、強い反動を得て加速することで、夜の街を三次元的に駆け抜けていく。

 

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