銀狼Ⅳ
ロシアのそこここに
その時、
「団地から合計8台車が出たようです、どれに当たりが居るかは不明です」
彼は通信で部下からの報告を聞いていた。
「そうか、古典的な手だな、しかし効果的ではある。おかげでこっちはすっかり出遅れちまった…。お前らはモスクワに戻って監視を続けろ。手は出すなよ、お前らの敵う相手じゃないからな」
「分かりました。しかし、車の一つには
「おい、くだらん復讐心は捨てろと言ったはずだぞ。だいたい先に仕掛けたのはこっちの方じゃねえか。それで返り討ちにあった間抜けのために尽くす義理がどこにある。俺はもう行くが、目的は人狼だ。それを忘れるな」
「…わかりました。それでは」
人狼を追跡する部隊との通信を終えて、ハギスはさらに別の部下へと通信を行う。
「ミーシャ、俺たちも出発だ」
彼がそう言って通信を切るや否や、防弾仕様の黒い車が店の前に現れ、待機していた二人の護衛が彼のためにドアを開けた。ハギスと護衛の一人が後部座席に乗り、もう一人の護衛が補助席に乗り、車は店を後にした。
「ボスはどんな感じだ?」
ミーシャと呼ばれた運転手が答える。
「人狼にそんなに興味はなさそうでした。ハルフォードがどうなるかの方が気になるみたいです」
「なるほど、好都合だ。よし、飛ばせ。こっちもスピードが命だ」
「了解!ターボオンッ!」
銀狼達を乗せた車はモスクワに向けて真夜中の国道をひた走る。この時間だと周りには車はおらず、闇で周りに何も見えないような道をただひたすらに車は走っていた。
「出発から1時間、ここまでは順調だな」
「ヴァシリが上手くやってくれてるってわけだ」
運転席にはフリッツが座り、助手席にはローガンが座っていた。二人は
後部座席では
車の進行方向の、闇夜の中から、突如二つの光が差す。数十分ぶりの対向車、大きなトラックがローガン達の車を交わした。
「フリッツ、今のは?」
「ハルフォードだ。飛ばすぞ」
「え?」
カタリーナが後部座席から声を上げる。トラックには一見しておかしな様子は見当たらなかったが、経験から二人はそれが分かった。
「二人とも伏せて、窓から顔が見えないように」
フリッツはアクセルを強く踏み込んだ。トラックのコンテナが解放され、中から何か飛び出したのをローガンは見た。飛び出したそれは、5〜6mほどの自律兵器。6本脚で車を追いかけてくるその兵器は―――
「
6本脚に支えられた
「所詮対人兵器だな。火力もそこまでってところだが」
フリッツがアクセルを強く踏み込む。車は時速100キロは出ていたが、多脚戦車は離されることなく追いかけてくる。ほとんど白い直方体の簡素な躯体には、センサー類が備え付けられてあり、ターゲットが停止するまで、正確にそれを追い詰める。
「受け続けるとまずいぞ、なんとかしてくれ、ローガン」
「分かってるよ。
グラストラック。目薬をさすようにして眼球に装着されるナノデバイスを通して、ローガンの視覚情報が、遠く離れた
≪見えてるよ≫
情報は遠く、アメリカまで飛び、
≪ドク!アレはなんだ?ロシア製のクモか?≫
≪正確にはウクライナ製だ。脚には関節が一つのみで、司令塔部の構造も簡素、プリンターで簡単に出力できるようになってる。元は暴徒鎮圧を目的としたクモで、催涙弾と鎮圧用のゴム弾を発射するんだが、ハルフォードが改造したようだな≫
銃弾は止まず、車のリアガラスはバリアが銃弾を弾いた際のノイズでホワイトアウト仕掛けている。
≪本当は見た目もおどろおどろしくした方が犯罪者に対する威圧的な効果があって良いとされているのだが…簡素な見た目にした方が、量産性が良いということだろうな≫
≪ドク、今はそういうのはいいから。弱点とかを教えてくれよ≫
≪そうか。ボディは結構脆いぞ。人工筋肉にガワを載せてるだけだ。ナイフでも抜ける。中のCPUを破壊できれば止まる≫
≪EMPは?≫
≪あの手の兵器には効果が薄い。装甲に回さなかった分の金を、EMP対策に回してるからな≫
ローガンが通信を行っている中、後部座席で、アルトはゆっくりと窓から顔を出そうとしている。ここで死ぬわけにはいかない。緊張の面持ちで、拳を握り締める。俺がやらなければ。
「アルト」
不意にフリッツが声をかけてアルトは驚いて前を向く。バックミラー越しに、赤のアイカメラと目があった。
「心配するな。これでも俺たちは一流の賞金稼ぎ《バウンティハンター》ってやつだ」
「そういうこと」ローガンが調子を合わせる。
「あと、EMPを考えてるのかもしれんが、車がイカレるからやめろ」フリッツがツッコむ。
「あ、そうか…アルト、後ろのシートを外して、スリングショット《パチンコ》と鉄球を取ってくれ」
アルトは、まだ懐疑的であったが、自分の行動を見抜いたこの二人をひとまず信じてみることにした。シートの外し方が分からなかったが、
「よし…フリッツ、次のトンネルだ」
「プランはまとまったか。頼むぜ、銀狼」
車がスピードを上げ、トンネルに突入する。トンネルは緩やかなカーブを描いており、壁ができることで、銃弾の勢いが少し弱まった。フリッツが車の
車がスピードをさらに上げる。
刹那、ローガンが
飛んで離れたローガンは肩から地面へと接触するが、地面に対してシールドを細かく展開しながら回転することで落下によるダメージを抑えた。これがいわゆるサイバネ五体投地であり、サイバネ空手における基礎的な受身の技術であった。
≪お見事≫
「すごい…」
爆発炎上する多脚戦車、それを背後に歩いてくる生身の男。その光景を見て、カタリーナは思わず息をのんだ。アルトもまた、その光景に驚嘆の色を隠せなかった。
「今ので
フリッツが声をかけ、ローガンが急いで助手席に乗り込む。銀狼達を乗せた車は、獣のような唸りを上げ、モスクワへと爆進していく。
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