第50話 転がり出す


 サンドラ様を救うため。

 わたくしはその日の内に行動を開始いたしました。


 彼に求愛される行為が迷惑だとしても、そのせいでラウロ様に疎まれているとしても。

 その程度のことで彼を救わない理由にはなりません。わたくしは、もうすでに彼と関係性を持ったのです。向こうからどう思われていようと、立場や地位がどうあろうと、それでも、いつか良いお友達になれるのではないかと甘い幻想だって抱いているのです。


 わたくしに出来ることをしなければ!!


「少し休めばすぐに良くなりますので」


 そして、いま、わたくしは温かいベッドに横になっておりました。


 ……。……。

 いや、どうしてよ!?


「お嬢様は疲れていらっしゃるのです……、ご安心ください! ここはどこよりも安全ですので!」


 いやいや! いやいやいやいや!

 こんなところで寝ている場合ではないのです! いまこの時もサンドラ様の呪いが!


「ですから! わたくしよりもサンドラ様のほうが!」


「お労しや!」


「聞いてちょうだい!?」


「お嬢様!」


 起き上がろうとしても、ニクラが許してくれません。

 優しく、されど、抵抗できないほど強く何度もわたくしはベッドに戻されてしまいます。


「賊共は捕まりました! 多くの兵も居ります! ここはどこよりも安全なのです!」


「で、ですから」


「アルバーノ様という許嫁が居らっしゃるなかで、サンドラ様の求愛が如何にお嬢様の優しい御心を傷つけていたかは、ニクラ如きでは分かり兼ねます!」


「あの」


「ですが、! ですが!!」


「テンションが……」


「光の聖女などは存在しないのですぅぅ!」


 わたくしの切り出し方が間違えていたと反省はしております。突然、光魔法の使い手を探しましょうと言い出したことは、間違いなく悪手だったといまでは理解しております。


 ですが。


 ここまで心配されなくても良いではありませんか……ッ!!


 魔法と言うトンデモ常識が存在しているこの世界でも、光属性の魔法は伝説の産物として扱われていることは理解しております。だからこそ、主人公は平民でありながら貴族しか入れない学園に入学できるのですから。

 ですが、伝説であって作り話ではないのです。史実として、光属性魔法の使い手は存在しているのですから。……、歴史はかなり遡る必要はありますけれど。


 だと言いますのに、ニクラはおろかアルバーノ様やサンドラ様、剰えラウロ様までわたくしがおかしくなったとあんなに優しい瞳をしなくても!!


 山賊の襲撃はそれはもう怖かったです! アルバーノ様に抱き着いてしまうほどにそれはもう怖かったです! 泣きそうになっておりました! ていうか、泣きました!!

 だからって、おかしくなるほど弱くもありません! 強くはまったくありませんけど!!


「聞いてちょうだい、ニクラ。あのね?」


「いまはお休みください、お嬢様……ッ」


「聞、い、て」


 ハンカチを噛み締めて泣きじゃくる彼女には、何が何でもわたくしの味方になってもらわなくては。ある意味で味方してくださっているのは分かりますが、これは方向性が違い過ぎます。


「突拍子はなかったわ。それは認める。ちょっと、ええ、ちょっと混乱していたの」


「それが普通で御座います! あれほど恐ろしい目に会ったのですから!」


「そうね、その通りよ。お互い、ここはお互い言葉をゆっくり聞いて、話をしましょう」


 おかしくはありませんか。

 ちょっと前まで、そこそこシリアスな空気でしたわよね? おかしくはありませんか。

 どうして、バランスを取るかの如く、変な方向へ話が逸れていこうとしているのですか。まさか。これも呪いだと言うのでしょうか。


 だとすれば、


 わたくしは意地でも方向を元に戻して見せましょう!!


 この空気の中あっけなくサンドラ様が亡くなられたらもう夢に見続けますわよ!?


「サンドラ様が女性の姿を取り続けていた理由、呪いのことはもう話す必要はないわね」


「……はい」


「然るべき時を除いて、本当は男性であることをバラしてはいけない。わたくしうを……ええ、と、お慕いしてくださったからこそサンドラ様は男性に戻られたわけだけど、そのあと今回のおかしな事件が発生した。ここまでは良いわよね」


 わたくしに惚れたから。

 などと自分で説明することの恥ずかしさといったら例えようがありません。まさしく自己中心的な発言の最たるものではないでしょうか。


「だとすれば、わたくしが然るべき相手でなかった。そう考えるが自然であって、たとえば、そうあくまでも例えば光の聖女とか」


「あり得ません!!」


「そ、そこまで否定しなくても」


「お嬢様以上の相手などがこの世に存在しているはずがないではありませんか!」


「そこォ!?」


 居るよ!

 俺以上の女性なんかどこにでも居るよ! 掃いて捨てるほど居るよ! 適当にボールを投げて当たった人が全員そうだよ!!


 なんだったら、ニクラだって俺以上の素晴らしい女性だよ!!


「お嬢様の仰りたいことは、このニクラ。よぉぉぉっく理解いたしました」


「おかしいわね。わたくしにはまったく理解してもらえてないようにしか思えないのだけど」


「お聞きください!」


「あまり聞きたくはないけど、ええ、相手の話はよく聞く約束ですものね」


 絶対に勘違いを通り越して、斜め上の発想に至っているに違いありませんもの!


「愚かにも、かつての私はお嬢様のことを畏怖の対象として見ておりました」


「……え、ぇ、ええ?」


 それは、そうでしょうね。

 傍若無人な態度を取っていたかつてのわたくし。本物のルイーザ・バティスタ。機嫌を損ねただけでクビにするような。下手をすればクビ以上の処罰すら与えかねなかったのです。畏怖を通り越して恨みつらみを抱えていて普通かと。


「無礼をお伝えすることご容赦ください! されど! お嬢様はお変わりになられた! それこそ、私たち如き卑しい存在にも優しい御声をかけてくださるほどに!!」


 虐めるつもりはありませんし、偉そうに言える身分でもありませんのでね、わたくしといいますか、俺は。


「ですので、お嬢様に心を御寄せになられらサンドラ様は間違いない行為かと」


「あ」


「あ?」


「い、いえなんでも……」


 あっさ!! 理由浅っ!!

 ていうか、理由になってねぇし!! 意味わかんない! もう意味わかんない!!


 これはあれか! ずっとひどい目に会っていた子が少し優しくされただけでころっと落ちるあの現象か! 怖いよ! ずっとニクラの様子は異常だなー……、くらいにしか思ってなかったけど今日を以て本格的にヤバさしか感じないよ!!


「ですので、サンドラ様の呪いは関係ないと思われます」


「そうね、貴女の言う通りかもしれないわね。じゃあ、ちょっとわたくしは外の空気を」


「駄目です」


 逃げ損ねました。

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