第49話 謎の襲撃


 前世は男だとか。

 男に好かれて何が嬉しいのかとか。


 今までさんざんなことを言ってきたことは自覚しております。ええ、自覚しておりますとも。それが嘘偽りなどではありませんし、これからも変わることはないでしょう。それでも、


「大丈夫ですよ、ルイーザ」


 アルバーノ様の腕の中で震え続ける身体を止めることなど出来ないのです。

 外から聞こえてくる剣戟音は、決してゲームでなければ演技のものでもありません。ラウロ様に剣を突きつけられたことなどまるでおままごとのようなものとさえ今では言えてしまいそう。

 悲鳴、人が倒れる音。粘度をもった液体が噴き出す音に、その上に倒れる音。聞き慣れない爆発音は魔法でしょうか。


「大丈夫ですからね」


 震えが、止まりません。


 ゲームでも様々な相手に主人公が襲われたり、襲われているところに巻き込まれるイベントはありました。それでも、ゲームのなかでは文字として情報が与えられるだけ、せいぜいが緊張感のあるBGMとちょっとした効果音が爆ぜるだけなのです。

 それが、まさしくいま、この場所で。


 王族二人に他国の貴族令嬢が乗る馬車です。それはそれは盛大に護衛が配備されておりました。その点で言えばアルバーノ様の言う通り、きっとここは安全なのでしょう。漫画の様に飛び出すなんてもってのほかなのです。

 ですが、一目瞭然で護衛の厚い馬車をただの山賊が襲うでしょうか。彼らだって馬鹿ではないのです。


 混乱しているわたくしでさえ分かること。

 アルバーノ様がご理解なさらないはずがありません。事実、大丈夫だとわたくしに言い聞かせてくださる彼の心音は、とても激しいものでした。


 十歳の男の子が、大好きな女の子を安心させるために自分も怖いのを我慢する。

 言葉にすればこれだけで、きっと小説ではありふれた光景なのでしょう。そんなこと、実際に起こってしまえば反吐が出るほどのものです。


 怖いのです。怖いのですよ。

 大丈夫だと分かっていても、護衛の皆さんが優秀だと分かっていても。

 もしも、もしも万が一が起こってしまえばどうなるか。相手が何か策を持ち合わせていればどうなるか。


「はァ! はッ! ……はァ!!」


「大丈夫、大丈夫……」


 情けないと言いますか。

 元男だと日々言いながら、結局何かあればアルバーノ様に頼る軟弱者と言いますか。


 どうぞ御言いになってください。


 誰に何を言っているのか。何をキレているのか分からないほどに頭の中を混乱させなければ正気を保つことすら不可能なほどに怖いのです。


「少しずつ、音が収まってます。大丈夫ですよ、もう少しで護衛の方々が賊を退治してくれますからね」


 あれほど逃げようとしたアルバーノ様の御顔がすぐそばにある。

 わたくしは勝手な人間です。いまは、そのことがどれだけ安心材料になるか分かりません。


 アルバーノ様の予想通り、賊による襲撃は数分後にすべて鎮圧されることとなりました。ごく数名のみ取り逃がしてしまいこそすれ、襲撃犯の多くは命を落としたか捕縛されたのです。


 即座に賊たちへの尋問が。など行われることはありませんでした。いえ、実際には行われたのでしょうが、わたくし達はすぐにその場を離れるために馬車を走らせたのです。襲撃犯がまだ隠れている可能性もあったために、要人をまずは安全な場所へお連れするというわけです。

 その日は、わたくし達もサンドラ様の御城へと招かれることとなりました。


 危惧していた襲撃の第二陣もあらず、ほっとしたのもつかの間でした。

 さすがに視察を続けるわけにもいかず、城の中で暇をつぶしていたわたくしに届けられた一報に、耳を疑ったのです。


 昨日わたくし達を襲った山賊は、周辺の賊が集まった寄せ集めだったようなのですが、その誰もがどうして集まったのか。なにより、どうして馬車を襲ったのか覚えていなかったというのです。

 自国、そして他国の王族を襲った犯人です。それなりに表には出せない方法も用いて背後関係は洗ったはず。それでも決して原因も理由も、黒幕も出てこないと事実を聞いたわたくしの脳裏に浮かんだのは、


 サンドラ様にかけられた呪いでありました。


 来たるべき時まで王子を女性として育てるしかないと続けられた占い師の言葉。


 来たるべき時とは、ゲームのなかでは主人公と出会った時を指しました。

 しかし、この世界のサンドラ様はそれをわたくしと出会った時だと捉えて女装を止められた。ですが、やはり来たるべき時がわたくしではなく主人公と出会う時だったとしたら?


 このままでは、

 サンドラ様の命が……。

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