第48話 サンドラ様の意思


「彼女には酷なことかもしれませんが、サンドラ殿がラウロ殿のことを気にすることはないと思われますよ」


「……え?」


 わたくしも合流して行われた視察二日目の夕刻のこと。帰路に就くため、二台の馬車に分かれて揺られていた時でした。

 本日も思惑通りにいかない作戦に疲れ切っていたわたくしは、アルバーノ様が投げかけた言葉をすぐに理解することが難しかったのです。


「身分だけ言えば問題はないのでしょうが、如何せん、彼にその気がありません」


「す、少しお待ちください! いったい何のお話をなさっていらっしゃるのですか」


「これでも貴女の婚約者ですよ? 愛する人の行動を二日間も見ていれば察しがつくというものです」


 変わらぬ優しい笑顔、の奥にはどこか寂しさが入り込んでおりました。

 アルバーノ様の御様子に、誤魔化すことは失礼に値するとわたくしも諦めます。


「……、御存じだったのですね」


「サンドラ殿が教えてくださいました。あの日、貴女と別れたあとで」


「未来は分からないと言います」


「その通りです。ですが……、きっと彼は貴女と結婚できなければ、他の……、自国か他国かは分かりませんが、御令嬢と結ばれるつもりでしょう」


 馬車から伝わる振動が、いつも以上にわたくしの身体へと負担を掛ける。アルバーノ様は決して意地悪で言っているわけではないでしょう。そのようなことをなさる理由が御座いませんし、そのようなことをなさる御方でもありません。


「なぜなのですか」


「彼女はこの十年間男性として生きてきました。というのは表向きの理由で、本当は彼女のこの国での評判のほうでしょう」


 考えなかったわけではありません。

 ラウロ様は御美しい御方。それは、男装していようとも溢れ出る魅力からも分かり切っていることです。ですが、彼女のサンドラ様への行き過ぎた忠誠心は、そのまま……、行き過ぎているのです。

 出会ったばかりのわたくしでさえ痛いほど感じるその狂気を、この国の民が、貴族が、王家が知らないはずがありません。お付きとしてであればまだ若いことを理由にすることも出来ましょうが、それが将来の王妃となってしまうのであれば……。


「サンドラ殿はラウロ殿のことを好ましく思っていることは間違いないでしょう。ですがそれは、長年を共にした……、それこそ家族の情のようなもの。そこに、決して男女の愛は生まれはしません」


 それは、ラウロ殿のことを好きであるからこそ。そこに男女のそれがなかろうとも。

 サンドラ様が、ラウロ様を守るために。彼が彼女を好きになることはない。のでしょうか。


 またこれだ。

 ゲーム世界のくせに、異世界転生のくせに。


 どうして微妙なところだけ現実さを求めてくるんだ。どうせならすべてどちらかに振り切ってくれたらよかったんだ。そうすれば、彼女も諦めがついたはず。そうすれば、彼も諦めて彼女を愛する未来があったはず。


 そうすれば、


「納得いきませんか」


 わたくしが、アルバーノ様に苦笑されることもなかったはず。


「愛のすべてが実る。などと幼稚なことを申すつもりは御座いません」


「ええ」


「それでも、努力する女性に諦めろと言いたくもございません」


「お父上のこともあります。あまり……、目立った行動はしないように」


「ご忠告、感謝致しますわ」


 サンドラ様の御気持ちが知れただけでも大きな一歩です。

 きっと、ラウロ様を守るためにサンドラ様が御気持ちを自身で変えることは決してないでしょう。ラウロ様がサンドラ様を大切に想うように、きっとサンドラ様もラウロ様のことを大切に想っているはずだから。


 自身で変えることがないのであれば、外からの圧力で変わって頂くほかはありません! この二日でまったく成果がありませんので偉そうなことなど言えませんが、動かないものに明日は来ないともいうではありませんか!!


 サンドラ様がラウロ様に惚れてしまうのが先か。

 それとも、

 ラウロ様がわたくしを斬り捨てるのが先、か……。


 と、ともかく!!


「わたくしは、前を向いて歩く方の味方であり続けるつもりです」


「貴女のそういうところが、美しいと思いますよ。……ところで」


「まだなに、ぎゃ!?」


「……さすがに、その悲鳴は少しショックなのですけど」


 それは本当に申し訳ございません。

 ですが、いきなり頬に手を当てられては、驚いて当然というもの!!


 じゃなくて!!


「えぇ、ええと……ですね。アルバーノ様……ええと、わたくし達はまだ婚約しているだけの身で、それも、ええと」


「他の男にアプローチを受け続けているのをただ見ているしかない僕の気持ちを分かってください」


 思いっきり邪魔しているではありませんか!!

 あ。いえ。邪魔してくださることは本当にありがたいので、今後もぜひお願いしたいところなのですけれど。


「わたくし達はまだ十歳ですし!」


「愛に年齢は関係ないと」


 誰だ、そんなことを教えてのは!!


「ルイーザのメイドが」


 ニクラぁぁぁ!!


「落ちッ! 落ちついてください!!」


「僕は落ち着いていますよ、大丈夫です。優しくしますから」


 ぎゃぁぁ!? 顔! 顔が! イケメン美少年の麗しい顔が近づいて! うぉぉ! どうする! え、これどうする!? ダンテ様のようにぶっ叩いて……、しまうわけにもいきませんしぃ!?


「ルイーザ……」


 いやぁぁぁ!? 俺のファーストちゅぅぅうがぁぁぁ!!


 ――ガゴンッ!?


「「!?」」


 あと数センチで唇が合わさる寸前で、馬車が大きく揺れました。

 悪路に嵌ったというわけでもなさそうですが、と、とにかく助かりまし、


「賊だァ! 王子たちを守れぇ!!」


 ……え?

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