第43話 夜会
王女の正体が王子であった。
サンドラ様が公表なされたニュースは、マーティン王国内で留まることなく各国諸国へ衝撃を与えることとなりました。
それでも表面上大規模な問題がすぐに起こることはなく、御令嬢の皆々様が色めき立ち、一部の御子息様が新しい扉をお開きになる程度で済んだことは幸いというほかありません。
ルークス王国王子へ許嫁を奪うと宣言なされたことはさすがに公になることはなく、二国の上層部のみでのトップシークレットとして扱われることとなりました。さすがにご都合的な展開が起こってしまうこの世界でも自重はあったようです。本当に良かった……。
サンドラ様の私室でお会いさせていただいたあと、わたくしは席を外すよう言われたために二人の間で、そしてその後国の上層部の方々の間でどのような話し合いがなされたのかは存じ上げておりません。
ですが、二国の関係に今のところ目に見えてわかる亀裂は入っていないように思われます。特に関係者であらせられる王子二人の仲はむしろ良くなっていると思えてしまうほど。
アルバーノ様にとっても、弟君であらせられるダンテ様よりはサンドラ様は気が休まるライバルだったのかもしれません。そのライバル関係の内容がわたくしを巡っていることはわたくしの気を休ませてくださいませんけれど。
問題がないとは言いません。
例えば、今回の件に関してお父様が何を仰るだろうか。と考えるだけで胃がキリキリと悲鳴をあげますし、……なにより…………。
「落ち着きなさって?」
三日月のか細い明りだけが世界を彩るなかで、白銀の刃が喉元へと突き付けられている事実は、……助けてぇぇぇぇ!!
「……相変わらずその態度が気に喰わん」
護衛も誰も居ない深夜の部屋で、ベッドで夢うつつを楽しんでいれば剣によって覚醒させられる。
腰を抜かさないほうがどうかしておりますわ。
ですが、恐怖で凍り付いているせいで逆に落ち着いている(様に見えてしまう)わたくしの態度は襲撃者をより苛立たせる結果にしかなっていないようです。
いちいち説明するほどのものでもありませんでしょうが、薄い月明かりに照らされた襲撃者の正体。それは。
「サンドラ様が存じあげた上での行動ですか」
狂犬ラウロ様。
「貴様さえ殺せれば、それで良い」
覚悟の上というわけですか。
それでは、そこに込められた嘘だけは尋ねておきませんといけませんわね。どうしてかって? このまま殺されたらいくらなんでも可哀そうすぎるだろ、俺!! 文句だっていくらでも言いたいわッ!!
「わたくしの首。まだ離れておりませんよ」
わたくしが宿泊しているホテルには、当然護衛が配備されております。ごく少数ではありますが、わたくしの手の者も。
その包囲網をバレることなく掻い潜ったラウロ様に、わたくしが目を覚ましたという事実。
全てを捨てる覚悟を持っていたのであれば、わたくしはすでにこの世を離れていることでしょう。
それとも何だ? わざと起こして怖い目に会わせてから殺したいってか!? 悪趣味だろ、馬鹿野郎!! 泣くぞ!!
「十年だ」
動けば斬られる。
そんなはずがないと笑えないほどに、向けられた剣から伝わる彼女の本気が御座いました。
「生を受けてより、あの御方のためだけに生きて来た。分かるか? それを、数日会っただけの貴様に奪われたこの哀れな気持ちが」
言われてしまえば言い返すことも出来ません。文句を伝えたい気持ちはありますが、だってそうでしょう?
わたくしは恋する乙女の気持ちを踏みにじったのです。
だから人を殺して良いのか。だから人を脅して良いのか。
倫理も正論もそこにはありません。ただ、わたくしが女性の気持ちを踏みにじってしまった事実があるだけなのです。
ゲーム通りであれば、彼女はまだ内に秘めた恋心を明確に理解はしていないはず。主人公と仲良くなっていくサンドラ様の傍で傷つく心にようやく自覚するはずですので。
ですので、今の彼女は分かりもしない心に圧し潰されそうになっているのでしょう。
「殺したい。貴様を今すぐに。そのあとで、どうなろうかなんてどうでも良い」
ですが。
「サンドラ様が傷つかれる……!」
またやってしまった。
あれだけアメリータ様を傷つけて、なおかつわたくしはまた一人の乙女を傷つけた。ゲームではそれが自然といいますか? 現実としていま、目の前に彼女たちは生きている。それでもわたくしの考えが馬鹿だと言いますか?
「貴様が……ッ」
考えろ。
頭を回せ。
「貴様、が……!」
わたくしが、
「わたくしはアルバーノ様を愛しております」
出来ることを考えろ。
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