第44話 説得。と……、推論
「この上更に侮辱するかっ」
いやぁぁ! 剣が! 剣が首筋にぴとった! 駄目っ! これあとちょっと引かれるだけで血がぶしゃする! 違う! 待って最後まで聞いて!!
「貴女も愛しているのでしょう?」
「愛なんて安いもので」
「誰かに奪われたくないと想うその気持ちを愛と言わずして、では何と」
「ッ」
おぉぉし、少し下がった! 剣が首から遠ざかった!!
……いったいわたくしは命を懸けて何をしているのでしょう……。
「自分ではない誰かが寵愛を受ける。あの手で、あの声で、あの優しさで、どこかの誰かが可愛がられるのをただ見て居ろと? わたくしならば、殺しますわ」
「…………」
「わたくしの場合、相手はアルバーノ様では御座いますが、きっと同じことでありましょう」
おそらく無意識に、微笑みながら話すわたくしの上からラウロ様が距離を取る。自由となった身体を持ち上げて、ようやく対等に目を合わせることが叶いました。
「違うのですか」
もしかしたら、ここで自覚させてしまうことは、彼女の気持ちを踏みにじったこと以上に酷なことなのかもしれません。
「ラウロ様の御心に住まう感情は」
それでも自覚して頂きます。
で、なければ。彼女はこのままわたくしを殺す。もしくは殺さずとも、暗殺未遂ということで姿を消すでしょう。
「愛ではありませんか」
そうはさせません。
「……、そう、だとして……ッ」
せっかく目が合う態勢になったというのに、伏いてしまわれたラウロ様の御顔を見ることは出来ませんが、絞り出す声には視覚で分かること以上の感情が含まれているようでした。
「そうだとして何が出来る! サンドラ様は貴様を」
「愛とは戦ですわ!!」
叫んでいるようですが、あくまでも小声です。大声を出せばすぐに誰かが来てしまいますので。
「貴女が仰ったのではありませんか。十年もの間、性別を隠してサンドラ様のお傍にいたと。その言葉はまやかしですか」
「そんなことは」
「では、奪うのです。確かにサンドラ様はいま、わたくしに興味を示しておいでです。ですがそれは物珍しさから。なによりも」
「……なによりも?」
「そばに居る貴女が何もせずにいたために、そのすばらしさに気付いておられないのです!」
気付けば、ラウロ様はすっかりわたくしの話に聞き入っておられる御様子。何とか第一段階はクリアしたようですわ。このまま、一気に彼女のやる気を盛り上げてまいりましょう。
「だが、サンドラ様とどうこうなんて、畏れ多いし、その……」
「またそのような! このまま誰ぞに奪われてもよいのですか! それがわたくしではなく他の御令嬢の方々でもです!」
「!」
「本当の性別を公表されたことで、これからサンドラ様には国中いえ、他国からも多くの女性が声を掛けていくことでしょう」
「そ、そんな……っ! で、でも、でも!」
「そのたびに剣を突付けると? その前に貴女が処分されて終わるでしょう。であればどうします。簡単なこと、武器を変えるのです!」
マナー違反では御座いますが、幾分鼻息荒く熱く語るわたくしに、興味を示したラウロ様。これは……、ようやく三人目にしてライバルキャラの方と初めて仲良くなれるのではありませんか!?
「武器、とは……」
「女の武器の武器を磨くのです。誰よりもサンドラ様の御近くに居らっしゃった貴女であれば、なお魅力的な女性にきっとなれます!」
「そ、そうかな……、て、ちょっと待て」
「はい?」
「どうして私が女であると知っている!?」
「……あ」
そういえば、サンドラ様が男性であることは公表されましたが、ラウロ様の性別に関しては何も触れられておりませんでしたね。
「勘です」
「いま、あって言ったよな」
「勘です」
ここは無理やりにでも押し切りますわ。
「…………」
なにやれ考え込んでしまったラウロ様。
出来ればこのままサンドラ様との未来を考えて頂きたいものです。自国内だけでも大変ですのに、他国の方にまで言い寄られてはもう身体がひとつではどうしようもありません。そもそもわたくしは知将でもなければ、前世で模試全国一位とかでもないのですよ。そういうのは、そういう能力を持った方に任せてほしいものです。
「確かに、言う通りだ」
お!
「このまま、誰かに……、貴様以外でもそうだ。誰かにサンドラ様を奪われてしまうことを、……私は我慢出来そうにない」
「それこそが愛なのです。御自分を責めないで」
「私だってそれなりの地位を持つものだ。国王様の覚えだって良い……と思う。きっと、戦うことは、できる……かもしれないけど」
「けど?」
けど、何でしょう。
何か問題でもあるのでしょうか。まさか、いまさら女だと公表するのが恥ずかしいとか。もしかして、彼女にも許嫁が居るとか? 良いなぁぁ! 女性なのに、男として生きて来たから女性の許嫁居るとかめっちゃ良いな!!
「どうしても……、貴様の言うとおりにするのがムカムカするんだ!」
「……はい?」
「少し……、考えさせてくれ」
予想外にも程がある言葉にわたくしが固まっている間に、ラウロ様は窓から飛び降りてしまわれました。
……。……。ムカムカする?
ちょ、ちょっと待ってください!?
え? いまのは、サンドラ様を奪おうとしていた女だから。という意味ですわよね? それ以外は何もありませんよね?
まさか。まさかとは思いますが、
以前、わたくしが攻略キャラにモテてしまう理由のひとつに、中身は男であるにも拘らず女性を演じているがために、所謂女性の嫌な面が出てこないからではないかと推測の一つをあげました。
その際に怖くて追及はしなかったのですが、それは逆に女性の立場から見るとどうなるかと言われると……。
もしかして、アメリータ様と初めてお会いしたあの夜。主人公であればすぐに悩みを打ち明けたことをわたくしには話さなかったのって……。
男に媚びうる嫌な女に見えているってことですか!?
で、ですが、今更男勝りに切り替えては……、駄目です。それはそれで珍しいと言われるオチが見えるようですし、その前にお父様に処分されます。
開けっ放しの窓から入り込む夜風のせいか。わたくしの背筋に嫌な寒気が流れるのでありました。
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