第41話 王子様がやってきた


「はぁ……」


 数えるのも億劫になってしまうほどため息まみれの生活は、どう考えても良いものではないでしょう。それが、周囲から見れば美しい王女様の御気に入りとなり毎日城に呼ばれるという羨ましい生活だったとしても。


「他国の王女様まで虜にされるなんてさすがはお嬢様です! ……と言ったほうがよろしいのでしょうか」


「止めてちょうだい……」


 さすがのニクラも、精魂尽き果てかけている主を前にしてポジティブシンキングを持ち出すことはなかったようです。

 彼女にすらサンドラ様の秘密を打ち明けるわけにはまいりません。そのため、彼女からすればわたくしは本当に他国の王女様の御友人枠として気に入られている御令嬢となるわけです。文字にすると確かに羨ましがられるものですわね。

 ですがその実態は、狂犬と化したラウロ様の調教のための駒として利用されているだけのこと。かつ、甘いものを食べるための口実にもなっているでしょうか。怪我こそしてはおりませんが、城に居る間ずっと怨念を受け続けていれば弱らないほうがおかしいでしょう。


「それにしても……、帰り際のサンドラ様……、どこか変でなかった?」


「そうなのですか……? 私には、ただ機嫌が麗しいようにしか見えませんでしたが」


「うぅん……」


 誰もが羨む美しい御姿と言う点で言えば、変わりないのですが、その瞳の奥にどこか懐かしいものを見たような……。あれは、確か……。


「お嬢様、まもなく到着……え?」


 何ですか、そのありえないものをみた時の、え? は。止めてください、貴女がそんな声を出す時は決まって。


「お、お嬢様……、私の目がおかしいのでしょうか」


「そうであってほしいわね」


 ギチギチ油を指し忘れたロボットになってしまったニクラの表情は苦笑い。目がおかしくなったかと聞いておきながら、そんなはずがないことを分かり切っている人間の顔。


 ああ、聞きたくない。

 何が待ち構えているか聞きたくはありません。それでも。


「あそこに停まっている馬車は……、王国のものではありませんか?」


 マーティン王国なのですから、マーティン王国の馬車があることに何がおかしなことがありましょう。などと言う余裕もないようです。

 ニクラが苦笑いしているのですから、ここで言う王国とは、それはすなわち。


「……しかも、王家の紋章入りのようね」


 ルークス王国にほかありません。



 ※※※



 あー……、胃が痛い……。

 魔法が存在しているこの世界に於いても、神という存在を直接見ることはありません。ですので、神が存在しているのかいないのか。そんなことはわたくしには分かり兼ねますが、それでも言えることが一つ。

 仮に神様が存在しているとすれば、その存在はわたくしを嫌っていることでしょう。


「お離しいただけますか?」


「……っ」


「皆が、見ておりますので」


 強く、強くわたくしを抱きしめる。

 彼の背中にわたくしが出来ることは、子をあやす母のように優しく撫で続けることぐらいでしょう。


「会いたかった……」


「わたくしもですわ」


 あと数年後くらいに、ですけれど。


 カッコ悪いところを見せてしまったことを挽回してみせるとそういったはずですのに。震える彼のどこにカッコ良さがあると言えるのでしょう。それでも、そんなことを言えるはずもなく。


「どうしてこの国へ」


「……、緊急の知らせを受けましてね」


「緊急……ですか」


 名残惜しさを出しつつも少し落ち着いたのか、ようやくわたくしは解放されました。宿泊先のホテルでわたくしを待っていたのは、わたくしの許嫁にしてルークス王国王子アルバーノ様でございました。


「ええ、ですが、その前にルイーザに確認がとりたいことがあるのです」


「……はい」


 経験上、間違いなくわたくしにとって都合の良いものではないと思われますが、ここでアルバーノ様を無視するわけにもいきません。


「この国で……その、サンドラ殿と仲良くなりましたか?」


「よく……ご存知ですね」


「……ぁぁ…………」


 わたくしの返事にアルバーノ様は頭を抱えてしゃがみ込んでしまいました。


「ダンテの時もありますし今回は事情が事情……、この間のように貴女を疑うなんて馬鹿な真似はしません、しませんけれど……」


「あの……、何があったのですか……」


「……サンドラ殿が男性であることは知っていましたか?」


「え!?」


 これは別に、ええ!? 男性でしたの!? という驚きではなく、その事実をアルバーノ様が存じ上げていることへの驚きです。


 おかしい。サンドラ様の性別はマーティン王国のトップシークレット中のトップシークレットです。ゲーム内部でも、周囲にはサンドラ様ルートの後半になってようやく明かされることになるほどの内容。

 それが、学園が始まる前のこの時期に、どうしてアルバーノ様が存じ上げているのです!?


「ど、ど、どうしてそれを!?」


「ああ……、やはり知っていたのですね」


 もしも、わたくしがバラしたと思われでもしたら……ッ! わたくしの命で償えるようなものではありません。

 わたくしではないことをサンドラ様は信じてくれますでしょうか。ラウロ様は役に立ちそうにありませんね、……両国の関係のためにも何が何でもわたくしが犯人ではないと信じていただかないと、


「昨日、マーティン王国より伝えられたのです」


 いけない、……はい?


「マーティン王国……から?」


「ええ。とある事情があり、彼女は。ああ、いえ、彼は女性として育てられていた、と」


 これは、つまり。

 サンドラ様が自ら秘密を明かされたということですか……? それも、他国へまで。って、待ってください!

 彼が女性として生きて来たのは、呪いから命を守るため! こんな時期に明かしてしまえば、彼の命が!!


「来たるべき時がきたため、秘密を明かされたそうなのですが」


「……はい?」


 時が……来た?

 い、いやいや。来てはいないでしょう。どういう考えを持って時が来たと言うのですか。来たどころか遠目に姿すら見えていない時期でしょう、今はまだ。


 呪いのことまで明かされたのでしょうか。

 わたくしが呪いについて知っていれば怪しまれる……? ですが、だからといってサンドラ様を見殺しにして良いわけが……。


「そしてですね……」


「まだあるのですか!?」


「……バティスタ家御令嬢との婚約を申し出られました」


「なんだ、婚約ですか……」


 いままで女性として生きて来たサンドラ様には当然ながら女性の婚約者など居りません。ですが、いずれ王になる身、妃を……。


「バティスタ家?」


「貴女のことです、ルイーザ……」


 なるほど、なるほど。

 わたくしでしたか。いやぁ、驚きましたわ。まさかバティスタという名がわたくし以外にあると思ってしまいました。そうですか、わたくしとの婚約ですか。


「どうしてですかァ!?」


「僕が聞きたい……」


 そもそもわたくしはまだアルバーノ様の許嫁。それはマーティン王国だって分かっているはず、その上で申し出たということは……!!


「急ぎやって来たのはそういうわけなんです……」


 国際ルール守りなさいよォ!!

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