第40話 秘密を知ってしまったからには


「はい、あーん」


「ぁ……ぁーん……」


 口の中に広がる……はずの甘い味が一切感じられません。

 美少女にあーんされるなんてご褒美以外の何物でもないはずの行為が、いまのわたくしには遠回しの処刑でしかありません。


「美味しい?」


「……はい」


「それは良かった! これは私のお気に入りのお店のものでして、次は……、これとか!」


 止むことのない甘味攻撃も肉体的につらいのですが、そんなことよりも精神的ダメージのほうが計り知れません。

 サンドラ様の正体を暴いてしまったのが今朝のこと。あれよあれよという内に、わたくしは再びサンドラ様の御城へと連行、もとい連れていかれたと思えば、彼からの過剰なまでの接待を受けているのです。


 精神に受けるダメージの正体は、実は男性であるサンドラ様に零距離で抱き着かれたままあーんされているから。ではなく。


「~~……ッッ!!」


「サンドラ様……」


「しっ、無視するのです」


 窓の向こうから怨嗟の瞳を向け続けるラウロ様でありました。ちなみに、ここは城の四階に位置するサンドラ様の私室です。窓の外から彼女は見ております。どういうことですか。


 わたくしは、ホラー映画というものがあまり得意ではありませんでした。まだ外国のものであれば見れたのですが、日本の呪い系統のものはまったくもって得意ではありません。そのため、あの特有のどろどろした具合は、日本人だからこそ生み出すことが出来るものであると考えておりました。


 大いに間違いでした。


 怖いです。

 恨みつらみを持った瞳に、日本人らしさとか外国人らしさとか関係など一切ありませんでした。怖いものは怖い。無理です。呪いの日本人形のほうが可愛く見えてしまうほどの恐怖が窓の外からこちらを見ているのです。


「ラウロ様の口から何か出始めているのですが」


「他愛無いもの、気にするほどのことではありません」


「ラウロ様の周囲だけ天気がおかしなことになっているのですが」


「山の天気は変わり易いといいますね」


「ラウロ様の瞳が怪しく光り出しているのですがッ!」


「もう、ルイーザ様ったら」


「むぐっ」


 秒で人間をさようならしている存在が居て落ち着けるはずがありません。のですが、泣きそうになるわたくしに、サンドラ様が無理やり甘味を押し込まれてしまいます。


「美味しいでしょう? 貴女の用意してくれた野菜ケーキを真似てみたのだけれど」


「……、美味しいです」


「良かった! 作ったのよ!」


 ――バキッ


「なにか壊れる音が致しませんでしたか!?」


「砲弾が飛んできてもこの部屋を傷つけることは出来ない強度よ。安心しなさい」


 そうですか。砲弾でも傷つかないのですか。

 では、どうして窓枠周辺にヒビが入っているのでしょう。つまり、砲弾以上の破壊力というわけですわね。簡単な推理ですわ。泣いてよろしくて?


「安心しなさい。もしものことがあっても貴女には怪我をさせないようにしているから」


「……荒療治すぎませんでしょうか」


「あら、これくらいしないと。昨日の罰も含んでいるのだもの」


 どうしてわたくしとサンドラ様が一見すると仲睦まじい。を越えた仲を見せているかといえば、最近度が過ぎるようになってきてしまったラウロ様への罰と特訓を兼ねているというだけの話で御座います。

 まったくもって迷惑極まりないこの話。だけれども、サンドラ様の秘密を知ってしまったわたくしは強く言うことも出来ず……。おかしいですわね、普通秘密を知ったわたくしのほうが強く出れるのではないのでしょうか。


「とにかく。ちょうどあの子をどうするか悩んでいた時に貴女と知り合えたのはまさしく幸運。もう少しだけ、付き合ってちょうだいね」


「……」


「嫌です、と顔に書いているわよ」


「そっ、ンナコトハ……」


「カタコトね」


 一口に切り分けたケーキを、サンドラ様は御自身の御口へと収めてしまいました。あれほど嫌いだと言っていた野菜で作られたケーキを。


「ん……、これもなかなか」


「大丈夫、なのですか……?」


「料理方法が変わればこれほど味も変わるなんて思いもしなかったわ。これも貴女のおかげ。本当に貴女は私にとって幸運の女神かもしれませんね」


 そういって、更に抱き着いてくださるサンドラ様……。というかですね、わたくしは貴方が男性であることを知っているわけでして、これは所謂セクハラに該当するのでは。……子ども同士でセクハラもなにもないのかもしれませんけれど。


「あら、大変」


「え? ひぃぃぃぃぃ!?」


「かッ!!」


「落ち着きなさい、ラウロ」


「間接キスだとォォオオオ!!」


 砲弾でも傷つかないはずの窓をぶち壊して侵入してきたラウロ様はもはや人間ではない何かへと変貌。ん? 間接キス……?

 ああ、サンドラ様がわたくしにあーんしていたフォークで御自身もケーキを食べられたから。ってちょっと待ってくださいな!!


「き、きさまぁあああああ!!」


「わたくしからは何もしてないのにあまりにも理不尽ではありませんか!?」


「もう少し我慢することは出来なかったか……、罰だと言っていたでしょう?」


 この程度の行為で命を狙われてはたまったものではありません!


「さ、サンドラ様!? ど、どどどどどうすれば!!」


「誰か来て頂戴」


「キシャァァァ!!」


「ぎゃぁぁぁ!?」


 ラウロ様の狂牙がわたくしを亡き者とするその瞬間に、どこからともなく現れた複数の兵士の皆さんがあっという間にラウロ様を封じて連れ去ってしまいました。さすがの狂犬といえど、数の暴力に勝てないというこでしょう。


「……」


「ね? 怪我はなかったでしょう?」


「それで済む話ではありません!」


 秘密を知ってしまったからなのか。

 わたくしの魂の叫びに、楽しそうに笑うサンドラ様は、どこか年相応の男の子のようでありました。


 と、綺麗に終わろうとしておりますが、わたくしにとってはただの迷惑でしかありませんからね!?

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