第35話 サンドラ様の目的


「ルイーザ・バティスタ様をお連れいたしました」


「どうぞお通ししてくださいな」


 その後も城の中に目を奪われる余裕もなく一直線に客間へと案内されるのでした。あとでニクラの機嫌を戻さないといけませんわね……。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 扉を通る際にも、ラウロ様の鋭い視線が途切れることはありません。仮に冗談でもおかしなことをしてしまえば即座にわたくしは捉えられてしまうことでしょう。その後、他国の貴族にしでかしたことで起こる事態など考えることもなく。


「本日はお招きいただきまして誠に……、え?」


 挨拶の途中で疑問符を挟んでしまうなんて失礼極まりありません。

 それでも、どうかわたくしを許していただけないでしょうか。なんといっても。


「どうかしたのかしら、さあ、早く来てちょうだい。貴女が来てくれるのをずっと待っていたのよ」


 部屋の中一面にずらりと並べられたスイーツに、驚くなと言うほうが無理というものです。ここはスイーツバイキングの会場でしょうか?

 まるで宝石のように美しくも美味しそうな甘味に囲まれて、こちらを手招きする絶世の美女、もとい絶世の美男、サンドラ様。


 彼の言葉に嘘偽りはないように思えます。ですが、待っていたのはわたくしというよりもわたくしが来ることで食べられるお菓子なのでは……。なんといっても、すでに彼は食事をする準備が整っているのですから。


「し、失礼いたしました」


「さぁさぁ! はやく席についてちょうだい。せっかく今日のために用意したのですもの、少しでも早く食べてしまいましょう」


 天使のような彼の笑顔に、わたくしは今日呼ばれた理由を完全に理解し、一人内心で安心しておりました。

 なるほど、そういうことでしたか。


「サンドラ様、あまり食べすぎは……」


「まあ! せっかくルークス王国から来てくださった御客人なのよ? 最大限のおもてなしをするべきではなくて」


「それは分かっております。ですが、だからといってサンドラ様まで多量に食す理由は」


「これだけ美味しそうなお菓子を食べないなんてもったいないお化けが出てきてしまいますわ」


 サンドラ様は甘い物に目がありません。

 それはもう、少々度が過ぎるほど。三食全てをスイーツにして、なおかつ三時のおやつすら喜んで食べてしまうほど甘い物好きなのです。それでいて体型を崩すことはないのですから、羨ましい限りなのでしょうね。わたくし? わたくしはまだ子どもですので、いまは節制よりもしっかり食べて成長しないといけませんわ。


「これほどまでに豪華なお出迎え……、感動で言葉もありませんわ」


「ほら見なさい。ルイーザ様もこんなに喜んで」


「ですから、サンドラ様が食べ過ぎないように、とお伝えしているだけではありませんか」


 とはいえ、三食全てをスイーツで終わらせてしまって良いはずがありません。

 そこはサンドラ様命のラウロ様でも同じ考えであり、スイーツを食べたいサンドラ様と制限させたいラウロ様の静かなバトルはこの城の定番となっているのです。

 つまり、本日わたくしがこの城に呼ばれた理由は、スイーツが食べたいサンドラ様の口実作りというわけですね。


「とにかく! ラウロは下がっていてください。さぁ、ルイーザ様? まずは何から食べましょか! ショートケーキ? それともプリン? この焼き菓子は城下町で一、二を争う名店のものなのよ」


 ラウロ様を押し退け、目にも止まらぬ速さでお皿に多種多様のスイーツを持っていくサンドラ様。今回は、彼の勝利のようです。

 王女が自ら皿に盛るのは良いのかと思いますが、この様子ですとむしろ彼の邪魔をするほうが不敬になるのかもしれませんわね。


 そうとなれば。


「ニクラ、構いません。わたくしもサンドラ様を見習いますわ」


「え? で、ですが……、はい……」


 言われる前にわたくしのために動こうとしていたニクラから皿を受け取り、わたくしもサンドラ様のように自分でスイーツを取っていくことにしました。

 スイーツバイキングなんて妹に頼まれて数回行った程度(勿論俺が全額出した)ですが、それでもなつかしさを感じてしまいます。


 そうそう。

 この辺は、ゲーム万歳といった具合ですが、食べ物もそして今回のスイーツもその全てが現代日本風な料理、味付けとなっております。年代だけでなく、日本風なのがわたくしにとってはとてもありがたいものですね。


「そんなに少なくて良いのかしら……?」


「す、少しずつ目でも楽しみたいので」


 お皿の上で小さなケーキを三つほど乗せたわたくしとは違い、サンドラ様は皿いっぱいになるまでスイーツを盛り込んでおりました。しかも、片手に一皿ずつで計二皿。貴方……、一国の王女でしょうに。


「ん~~ッ!! これ、これよ! この味ッ!!」


「本当にお好きなのですね」


 細い身体のどこにあれだけの量が入るのでしょう。

 大食いタレントもかくやとばかりに次々とお皿にもられたスイーツが消えていってしまいます。わたくしがようやく二つ目のケーキを食べ終えた時にはすでにサンドラ様は二皿目の途中……、いや、早すぎませんか?


「さ、サンドラ様……? 少し落ち着いてお食べになられたほうが」


「いつもより落ち着いてますけど?」


 落ち着いているのかよ!?

 だとすれば普段はどのくらいの勢いで食べていらっしゃるのか……。それはラウロ様だって苦言を呈するに決まっております。


「ルイーザ様はあまり食べてらっしゃらないけれど……、もしかして甘い物は苦手でした?」


「い、いえいえ! 大好きです! で、ですが、ええと、あまり食べすぎと体型が……」


 嘘ではない。

 けれど、わたくしの味覚は以前の俺と変わらないのだ。甘い物はそれは好きだが、大量の量を食べることはあまりない。甘いものは別腹、なんていえるほどではないのだ。


「私たちの年齢でそこまで気にする必要はありませんわよ。それこそ、今はたくさん食べて大きくなりませんとね!」


「そ、そうで御座いますね……」


 彼の言葉に感化されたわけではありませんが、わたくしも気合を入れて食べていかないといけないようです。

 どうしてかって? 苦手かと聞いてこられたサンドラ様の不安顔に、ラウロ様の目が細くなっていくのですもの。主の食べ過ぎはどうにかしたいものの、主が用意したものを食べないことは許されないということでしょうか。どれだけ我儘な……。


「さぁ、次に行きますわよ!!」


「は、はい……!」


 あとでニクラに胃薬を用意してもらいましょう。

 わたくしは覚悟を決めて戦地へ赴くサンドラ様のあとを追いかけるのでありました。

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