第34話 男装の麗人にして単なる狂犬


「やってきてしまいました……」


 そびえ立つ立派なお城をわたくしは馬車の中から見上げておりました。

 ルークス王国のもとと比べれば一回りほど小さいといっても、それは確かに立派なお城で御座います。


 昨日、ニクラたちが急いで準備してくれたドレスは、マーティン王国の最新鋭のファッションを取り入れたものだそうです。さすがにオーダーメイドは不可能ですので、既製品をわたくしの身体に合わせて多少手直ししただけですが。


「さあ、……行くわよ」


「お供します!」


 今回は、ニクラの同行が認められているため、わたくしはニクラと共に馬車を降りて城の中へと。


「お待ちください」


 入ることを止める者たち。

 わたくしを止めたのは、数名の若い騎士たち。……、やはり、来ましたか。


「入城される前に検査を受けていただきます」


「なッ! この御方がどなたか分かって、ムアッ」


 先頭のひと際見目麗しい若騎士の言葉に、ニクラが言葉を荒げようとしてしまうので慌てて押し留めます。


「落ち着きなさい、ニクラ。こちらの者が失礼致しましたわ。お許しを」


「いえ、構いません。それでは、あちらの部屋にて確認をさせて頂きます」


 わたくしはサンドラ様より直接招かれた他国の客。それをいきなり調べるとなれば、それなりのマナー違反にもつながりかねない好意ですが、……、きっと来るだろうと分かっていたために腹も立ちません。


 納得いかない顔のニクラですが、……彼女にはちゃんと説明しておくべきでしたわね。

 サンドラ様のためなら国すら敵に回しかねないほど忠実な番犬、もとい、狂犬の存在を。


 まっとうな乙女であれば、一目で心を奪われてしまうほど整った容姿を持つこの騎士こそが、サンドラ様ルートのライバルキャラことラウロ・デムーロ様です。

 彼女の特徴を一言で表すならばずばり男装の麗人です。元よりゲームキャラなのですから皆が麗人だろう? というのは無粋なツッコミですのでNGです。

 彼女も王族の血を引くものではありますが、王位継承権はありません。いわゆる王族の親族である貴族となります。彼女の父親とサンドラ様の父親が幼馴染であり、生まれて来た二人が同い年であることもあって彼女はサンドラ様の秘密を知る貴重な一人となっております。

 初めてこの設定を聞いた時には、ラウロ様も女性としてお育てになったほうが同性として何かとカバーし易いのでは? と思いましたが、男性として育てたからこそ、お付きの騎士としてどんな場所でもそばに居ることが出来るのですから、それぞれメリットデメリットはあるのかもしれません。主にゲームでは、男装と女装という組み合わせがしたかっただけでしょうけれど。


 さて。そんなわけでラウロ様もまた特殊な生い立ちとなっているわけなのですが、本人はそのことをどうお考えかと言いますと。

 さきほども見られたように、サンドラ様を守る立派な番犬へと成長なさっているのはゲームと変わらないようです。一にサンドラ様、二にサンドラ様。三四もサンドラ様で五にサンドラ様。

 サンドラ様のためならばおそらくは犯罪すら厭わない彼女の対応は、まさしく困ったものだでは済まされないものです。それでも、秘密を守るためであるために、彼女の父親も、そして現国王様もあまり強くは言えないという設定でした。


 持ち物検査を受けている間に、彼女のことを再確認するため思い出しておりましたが、記憶とほとんど変わりない様子です。

 連れていかれら小部屋には、メイドが待機しておりました。さすがに、男性(ということになっている)ラウロ様がチェックするのではないことに安心致しました。

 いや、分かっておりましたよ? いくらなんでも結婚前の貴族の御令嬢の身体を調べるなんてことがあり得ないことは。それでも……、ラウロ様であればやり兼ねないと思ってしまうのですよね……。


「問題御座いませんでした、ラウロ様」


「ご苦労。ルイーザ様、それではご案内させていただきます」


「お願いいたしますわ」


 きっとラウロ様の子飼いのメイドなのでしょう。メイドというよりは、女スパイでは? というほど目付きの鋭い方に隅から隅まで確認されてようやくわたくしとニクラは城内へと足を踏み入れることが出来ました。すでにニクラのラウロ様への好感度がマイナスを振り切っているようで胸が痛みます。


「お嬢様にあんな真似までしておいて謝罪どころか感謝の言葉も……!!」


「よしなさい、ニクラ。ここで騒ぎを起こす気?」


「で、ですが……」


 わたくしを想うニクラの気持ちには感謝しかありませんが、そもそもとして前世の記憶のあるわたくしからすれば、重要な場所に入る際にチェックを受けるのは当然なことであり、我慢するだけで良いなら問題ないというもの。


「ほら、あの庭を見てごらんなさい。あんなに美しい花は見たことがないわ」


「そんな子供だましに……、わぁ……ッ」


 引っかかってくれる貴女が大好きよ。

 とはいえ、彼女の感想はわたくしのそれと一致しております。さすがは自然豊かなマーティン王国です。メインの庭ではないにも拘らず、咲き誇る花々の美しさに思わず息を飲んでしまいそう。


「失礼。サンドラ様がお待ちですので」


「落ち着きなさいッ」


 見とれるわたくし達に水を浴びせるラウロ様に、飛び掛からんとするニクラを抑え込むのに必死でありました……。ですから、ここで暴れないでくださいと言っているのに!! ていうか、いくらサンドラ様馬鹿でももうちょっとかける言葉がありますでしょう、そちらも!?

 いくらゲームのキャラ設定といっても少しはマナーを! もう少し転生された人間の胃に優しいマナーを!!

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