第31話 マーティン王国


「ルイーザ様、一曲よろしいですか」


 ああ、これこそが……。


「まあッ! ルークス王国ではそれほどまでに技術が進んでおりますのね。これは我が国も負けてはいられませんわ」


 わたくしが望み続けた……。


「いかがでしょう、我が国自慢の料理は。ルイーザ様の御口に合えばよろしいのですが」


 平和なダンスパーティーですわ!!


 わたくしがお父様によって送り飛ばされたのはルークス王国の南に位置するマーティン王国と呼ばれる自然豊かな国です。

 百年前の戦争の時代よりも前から我が国とは同盟を結び続けている親しき間柄であり、王族や有力貴族同士の婚姻関係が結ばれたこともあります。長年の歴史のなかで培われたお互いの友好関係は盤石であり並大抵のことでは壊れようがありません。


 国土こそはルークス王国が圧勝しているのですが、自然あふれる風土が関係しているのかマーティン王国には優秀な魔法使いが多く生まれると昔から言われております。オズヴァルド様はもしかしたらぜひにとも行きたい国かもしれませんね。


 交流も盛んな国ではありますが、たとえルークス王国大貴族の娘であろうともまだ十歳のわたくしの話など噂話程度でしか広がってはおりません。

 最初こそわがまま放題の小娘がやってくると警戒されたものですが、数日間しっかりと丁寧な対応を続けた結果。わたくしはこの国の方々に温かく迎え入れて頂けることに成功いたしました!!


 男性と手を取り合って踊ることに何が楽しいかはまったく理解できませんが、相手も社交辞令だとはっきり分かっている行為でありますので、そこは貴族の娘として役目を果たすものと思えば、嫌悪感も起こりません。

 なにより、ここには無駄に意味もなく慈悲もない恋愛感情が起こる相手が居ないのです!

 ああ、こここそがわたくしの楽園! ビバ! マーティン王国! ありがとう、お父様! あの冷たい瞳もいまではまったく怖くありませんわ! 嘘です、とても怖いので可能な限りここでわたくしは余生を過ごしたいと思います!!


「ルイーザ様は読書家なのですね」


「読書家と言うほどでは……、小説ばかり読んでしまい爺にも叱られるほどです」


「まあ……ッ! 私もですわ。お父様ったら、そんなくだらない物を読んでいる暇があったら少しでも勉強しなさいとしか言わないのですもの」


「私もこの間隠れて恋愛小説を読んでおりましたところお母様に見つかって、それはもう、はしたない! と……」


 可愛く美しく綺麗な御令嬢に囲まれて。

 わたくしはこのまま死んでしまうのでしょうか! はぁ……! 可愛い! ゲームではこの子たちは一切出てくることなどありません。それが何だと言うのですか!! 彼らはいまを精一杯生きているのです! 彼女たち一人ひとりが人生の主人公であり、そしてわたくしのヒロインですわ!!


 落ち着け、落ち着くのです。ここで慌ててしまえばルークス王国での二の舞……! じっくりと彼女たちのなかで好感度を上げて関係性を作り上げていき、適齢期になったあたりで……!!


「ルイーザ様? いかがされましたか?」


「!? な、なんでもありませんわ! 少し考え事を!!」


「まあ、ルイーザ様ったら」


 慌てるわたくしの周りで少女たちが可愛く笑い合う。

 ああ……、なんという幸せ。圧倒的。圧倒的過ぎます……!


 この時のわたくしは、完全に大事なことを失念しておりました。

 わたくしはマーティン王国のことを知っております。以前から。


 ゲームの中で意味もなく他の王国の設定を練られているのは稀です。それは、つまり。


 存在しているのです。


 この国にも。


「初めまして、ルイーザ様」


 心を蕩けさせる優しい鈴の音。

 初めて聞く声を、わたくしは知っておりました。


「ずっとお会いしたいと思っておりました」


 誰か。


 助けてください。


 ああ。


 そうでした。

 そうなのでした。


 居るではありませんか。


「私は、」


 この国には、彼女が。


「マーティン王国王女」


 いいえ、違います。


 世界が集約される。

 光が、彼女のために降り注ぐ。


 小さな挨拶それだけで、巨大な部屋を掌握する彼女こそ、『マジカル学園7 ~光の聖女と闇の魔女~』で二人以上のルートをクリアしたあとでしか出てくることがないキャラクター。


「サンドラ・マーティンと申します」


 知っていても、目の前の少女が女性以外に見えることはなく。

 微笑むの美しさに、愚かにもわたくしは心を奪われるのでありました。

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