第30話 トロピカーナ


 ダンテ様を筆頭とする男性キャラ三人の暴走とアメリータ様邸でのわたくしの暴走。そして、お父様襲来を経験したわたくしは今。


「美味しいですの……、はぅ……」


 輝く太陽の下で、南国フルーツに舌鼓を打っておりました。


「お嬢様。おかわりをお持ち致しましょうか」


「ぜひお願いするわ」


 目の前に広がる青い海、白い雲、そして色取り取りの果物! ああ、まさしくここは南国バカンス! 楽園とはここにあったのですわ!!


 ニクラが手ずから剥いてくれた果物を頬張っていく。

 一口ごとにたっぷり溜め込まれた果汁が口の中いっぱいに広がって、ああ……、幸へ……。


 しばらくわたくしはこの極楽を堪能しておりますので、この間にどうしてこんなことをしているかをざっくりとだけ説明致しますわ。

 あの日、お父様が屋敷へといらっしゃっていたのは爺に確認を取ることがメインだったようです。おそらく、噂が本当でわたくしがダンテ様を誘惑していたとあればそのままわたくしを幽閉なりなんなりする予定だったのかもしれません。

 ですが、爺はわたくしを守ってくださいました。噂の一部が真実なれど、そこにわたくしの意図があったわけではないことを真摯に説明してくださったのです。


 わたくしを信用していないお父様も爺のことは信用しております。

 ゲームが開始する前に粛清されるルートを回避したわたくしへ、お父様がしばらく大人しくしていろとばかりに他国を見て廻るように言い渡したのです。


 さて。

 普通に考えれば、転生したわたくしがすることと言えば、男性キャラ達と仲良しルートを取るように行動したり、アメリータ様やローザ様との仲を良くするために奮闘したり、お父様の誤解を解くため動くのかもしれません。


 ですが!!


 ……いやもう、本当に最近の色々でストレスがマッハなのです……。正直、心を癒したいのですよ、わたくしはもう……。

 無理無理、そんなずっと頑張るとか無理ですって。


 小説や漫画の主人公の皆さまと同じ立場になって初めて理解いたしました。彼らは本当にすごいです。

 自分、普通ですから……! という設定はよくありますが、様々な困難に直面しようと頑張るのを止めない時点で才能あふれております。選ばれし方々ですわ。なにせわたくしはもう心が折れかけておりましたし。


 まだ頑張る気はありましてよ?

 ですが、ちょっとしばらく休みたいと思っても良いのではないでしょうか。駄目でしょうか? そんなこと言わないでください。


 そもそも、いま出来ることが少ないのも事実。

 三名の男性の誰かに会えば角が立ち、アメリータ様とは少し時間を置きましょうと約束し、ローザ様はいまだに会ってくれることもなく、お父様にいたっては最早娘を見る目ではありません。

 そんななかでただの十歳の小さな令嬢に何が出来るというのですか。わたくしが悪いとはいえ、一緒に戦ってくれる友達も居りませんし……。


 そうなれば、無意味に行動することなくあえて距離を取り噂が沈静化するのを待つのも立派な作戦ではないでしょうか。

 アメリータ様とは多少誤解が解けましたし、あのお父様が噂をそのまま放置しておくとは思えません。王家にしても、ダンテ様の行動を無視し続けることもないでしょう。

 ダンテ様ご本人だって、しばらくわたくしと会わずにいれば恋の熱も冷めるというもの。こんなことを言ってしまうと失礼かもしれませんが、十歳でこの世の愛を語るなんて早すぎるというものです。わたくしだってまだよく分かっていないといいますのに。


 ダンテ様の熱さえ覚めてしまえば、アルバーノ様も安心されます。アメリータ様との婚約も元通りになるかもしれません。オズヴァルド様は仲良しの友が出来ただけでこのなかで最も良い結果を得ることでしょう。ローザ様は……、もしかしたらダンテ様に嫉妬なさるかもしれませんわね。


「……このまま泳いでしまおうかしら」


「まいりませんよ、お嬢様」


「どうして? 水着も用意してくれているのでしょう?」


 せっかく美しい海が目の前に広がっているというのに泳がないなんて、それは自然に対する冒とくと言えるのではありませんか。


「今夜はダンスパーティーなのですよ? このあとお嬢様は、屋敷で練習となります」


「……やっぱり行かないといけないかしら」


「本当はどうであれ、名目上お嬢様はこの国に視察に来ているわけですから」


「そうね……」


 せっかくバカンス気分を味わっているというのに、美しい海が目の前にあるというのに、家に籠ってダンスの特訓をしなければいけないなんて。


「それでも、全然マシですわね!」


 最近のストレスに比べれば!!

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