第29話 自宅へ帰ろうとも
首の皮一枚。
帰りの馬車の中で魂の抜けきったわたくしの身体は、ニクラに支え続けてもらっておりました。
「お嬢様は何も悪く御座いません! 全てはお嬢様の魅力がためっ!」
それはつまりわたくしのせいというわけではないでしょうか。
わたくしは魅力的ですわ!! と言うようなものですので、彼女の言葉を肯定することなど出来ませんが。
「このニクラ。たとえ何があろうともお嬢様と共に! もしものことがあれば私もお供いたしますっ!」
「……死ぬ気はないわよ…………」
出来ればその気があるのでしたら、何が何でもわたくしが生き残る方法を常に考えていただけないものかしら。
言葉の節々にもうわたくしが駄目だと思われているようでなりません。
「……話は変わるのですが、お嬢様」
その時になってようやくニクラの顔色が悪いことに気付いたわたくしは、やはり気が抜けすぎていたのでしょう。
思い返せば、励ましてくれる声もまたどこか空元気のだったような。
「実はですね、さきほど早馬がまいりまして……」
「……続けてちょうだい」
聞きたくはありません。
耳を塞いで叫んでしまいたい。このままニクラの膝枕に埋もれて帰宅するまで眠りについてしまいたい。
そんな弱い心を、
許してはくださらないのでしょうね。
「ご当主様が、屋敷へとおいでになっているそうです」
「…………そう」
もういや。
※※※
わたくしは、父カールミネ・バティスタに疎まれております。
家を継ぐための男子が欲しかったからでもなく、わたくしが役立たずの我が儘娘だったからでもなく、
わたくしが、不義の娘だから。
わたくしの父は、お母様の実の兄。
という誤解を受けているのです。とはいえ、火のないところに煙は立たず。
そうだと思われる理由は、きっとあるのではないでしょうか。
とはいえ、ネットの攻略情報でちらっと見ただけのわたくしには、その理由までは分かりません。もしかしたら実は本当にお母様は実の兄と愛し合っていたという設定があったのかもしれません。
お話しする限り、お母様が愛していらっしゃるのはお父様ただ一人だけのようにしかわたくしには見えないのですが……。
「お嬢様」
「そうね」
「……ルイーザお嬢様」
「……そうね」
「心中お察しいたします。ですが……」
「そうね……」
馬車が屋敷に到着したというのに腰を上げようとしないわたくしの手を、ニクラの手が優しく包み込んでくれました。
「さきほどの言葉に嘘はありません。私も必ずや後を追います」
「まだ、決まっていないわ……」
現実味は帯びてまいりましたが、いくらお父様とはいえ、いえ、大貴族のお父様だからこそ娘を簡単には殺さない、はず。おそらく。たぶん……。
馬車から降りたわたくしを、門を守る兵士たちがなんとも言えない瞳で出迎えてくれました。
まだまだわたくしは自分の屋敷の全ての従業員から認められておりません。ニクラや爺のように日々接する者達くらいしか仲良くなってもおりません。
つまり、門から動くことのない彼らにとって、わたくしは変わったと噂で聞く程度のまだまだ我が儘迷惑娘という認識が抜けていないはず。それでも心配してくれる彼らは、やはりなんと優しい人たちなのでしょう。
「お帰りなさいませ、ルイーザお嬢様」
「ご当主様が、お越しになられております」
「聞いているわ。ありがとう」
ご当主様だというのに、お越しになられているのはおかしいのではないかしら。
言っても仕方の無いことを考えていなければ今にも崩れてしまいそう。ただでさえアメリータ様の件でわたくしの心臓は限界だというのに。
お父様がいらっしゃった理由もまたアメリータ様の件だと分かっておりますので、なにも言えませんけれど。
「お嬢様……」
「行ってくるわ」
ニクラに微笑み、わたくしは屋敷へと足を踏み入れる。
せめて、貴族の娘として。歩む後ろ姿に威厳を、
「戻ったか」
あばばばば。あば。あばばばば。
無理無理無理ッ! 無理ッ! 絶対に無理!?
小さな体育館がすっぽり入りそうなほど広いエントランス。そこから二階へと緩やかに続く巨大階段からわたくしを見下ろす男性が一人。
彼の名前こそ、カールミネ・バティスタ。
この世界において、王族の次に権力を持つ大貴族にして、わたくしの実の父親。
わたくしは、全体的な雰囲気こそお母さま似ではありますが、顔の造りだけはお父様似です。
つまり、見た目で人を威圧するほどの悪役令嬢の極悪顔は彼から引き継いだもの。そもそも、この見た目で自分の娘でないと思えるのはどうかと思います。
何が言いたいかといえば、そうです。
お父様は、犯罪者も裸足で逃げ出すほどの極悪面をお持ちなのです。
その威力は、やはり人を威圧することのあるわたくしが赤ん坊に見えてしまうほど。ゲームではルイーザを悪役令嬢と呼びます。ですが、この程度で悪役などと言っては真の悪役に失礼というもの。
お父様に睨まれる、いえ、見つめられるだけで足が震え、心臓が破裂するほど鳴り出し、呼吸が上手にできなくなります。
「ルイーザ」
直接お会いすることは久しぶりだというのに、お父様には一切の情など感じられません。返事をすることのできないわたくしの不貞など気に留めることもなく、そもそも、わたくしにそこまでの期待もないというのか。
「分かっているな」
何をでしょうか。
そんなことを言えば、その途端にわたくしの首が刎ねられる。そんな未来すら見えてしまいそうになります。
声が出ない。どうやって、わたくしは今まで声を出していたのか。簡単なはず。難しいことなんてどこにもないのに、出来ない。声が、出ない。
「何もするな」
近づいてきたお父様。
心臓がうるさい。
今すぐにでもこの場で吐き出しそうになる。
無理。
無理。
無理。
カチカチ鳴る音が何なのか。
わたくしの口元から聞こえるこの音はいったい何なのか。
一歩。
また一歩と近づいてきたお父様が、
わたくしに触れることもなく、そのまま屋敷の外へと出て行かれました。
背中に、扉の閉まる音がする。
ふっ、と意識を失い倒れるわたくしに駆け寄る爺の慌てる声をどこか他人事のように聞いておりました。そんなことよりも、すれ違ったときお父様が零した言葉がわたくしの脳にこびり付いておりました。
――所詮はアレの子か。
そこには、明確な敵意が込められておりました。
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