第28話 雨降って地固まる……ことはなく


 温かい紅茶の香りがわたくしの心を落ち着かせる。

 叫び疲れて痛む喉が、水分をなによりも喜んでおりました。


「……落ち着かれましたか?」


「…………はい」


 かけられる言葉は優しいものですが、声の主はわたくしから遠くへ距離を取っておられます。

 いきなり意味も分からないことを泣き叫んだ相手です。わたくしが向こうの立場であれば同じようにしているはずですので、その対応に何も言うことは出来ません。こうやって紅茶を淹れてくださったことだけでどれだけありがたいことでしょう。


「本当に申し訳ありませんでした……。みっともない姿を、見せてしまいました」


「い、いえ……」


 伸ばした手を振り払った際に見せた憎しみが、消え去ったと考えるのは愚かすぎることでしょう。

 ですが、彼女に、アメリータ様に浮かんでいる感情はまさしく困惑の二文字。


 なにをどう反応すれば良いか迷っておられる御様子。

 本当に良かった……、人を呼ばれて気が狂ったと捕縛されても文句の言えないほどさきほどまでのわたくしはひどかったのですから。


 色々と……、ため込みすぎたのでしょうか。

 何か良い息抜きを考えてみないといけないのかもしれません。思えば、ルイーザとして生きることになって今まで、慣れないことだらけで、誰かに相談することも出来ない日々。


 わたくしとしては、仕方ないと思えてしまうのですが、それとこれとは話が別です。

 目の前で泣き叫ばれた方としてはどれだけの恐怖を与えてしまったものでしょう。


「アメリータ様。本当に、申し訳ありませんでした」


 たとえ、嫌われていたとしても

 せめて謝罪だけでも受け取ってもらえないものでしょうか。


「…………ルイーザ様、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「……はい」


「さきほどお叫びになられていた言葉……。友達が欲しいというのは」


「信じて、いただけないでしょうが」


 ここまで来て誤魔化し続けるわけにもいきません。何分、なさけない話ですが、泣き叫ぶ姿を見られることに比べればなんともないこと。


 以前までの自分がどれだけ我儘だったかということ。

 気付けばどこにも味方の居ない状況を、作ったのが自分であること。

 わたくしが愛しているのはアルバーノ様だけであること。

 そのなかで、ダンテ様へ厳しい態度を取ったことが彼の興味を引いてしまったこと。


 この世界がゲームであることや、わたくしが前世の記憶を持っていることなどはさすがに隠しましたが、その上でわたくしは可能な限りの真実をアメリータ様へとお伝えしたのです。

 ……アルバーノ様を愛してはおりませんが、さすがにそこはそういうことにしておかないと話がややこしくなりすぎますので。


「では……、ダンテ様がルイーザ様のことを愛してしまったことは」


「わたくしの本意では御座いません。わたくしと致しましても、アルバーノ様のことを想うと心が痛むのです。ですが、それ以上に、アメリータ様を傷つけてしまったことは事実」


 深く、頭を下げる。

 冷静になれば土下座などをすればそれは返って失礼にあたるというもの。


 貴族として、目の前の相手に精一杯の敬意を持ち、わたくしはその上で彼女へ頭を下げました。


「簡単に許していただけるとは考えておりません。ですが、……どうか、どうか……、お許しいただけないでしょうか……」


 アメリータ様には幸せになって頂きたい。

 本音を言えば、欲望塗れの本音を言えば。わたくしは彼女とずっと仲良く暮らしたいほど好いております。ですが、それは無理というもの。であるのなら、せめて彼女が幸せになる道を応援したい。

 ですので、何が何でもダンテ様には再び婚約者になって頂かなくてはならないのです。


「急に仰られましても信じられない……、と言いたいのですが、あのような御姿を見たあとでは」


 彼女の囁くような小さい声に、希望が見えたように思えました。

 ぶざまでしかなかった奇行が、もしかしたら功を成したのでしょうか。


「アメリータ様……! で、では!」


「ですが」


 やはりわたくしは自分本位なのでしょう。

 顔を上げ、視界に捉えたアメリータ様の苦痛に歪む顔に、また傷つけてしまったと後悔するしかありません。


「申し訳ありません、ルイーザ様。貴女の仰っていることが本当だとしても、それでも……、私はどうしても貴女のせいで、としか思うことが出来ないのです」


 言われてみれば、いや、言われなくても分かることでした。

 そう簡単に許していただけると、なんて口で言っておいてそれでもわたくしはやはり漫画のようなご都合展開をどこかで望んでおりました。


「……どうか、謝罪をなさらないでください。此度の件、アメリータ様には何の非もないのですから」


「どうでしょう……、今まで何もしてこなかった愚かな私への天罰かもしれません」


「そんなことはッ」


「ルイーザ様」


 そんなことがあって良いはずがないのです。

 たとえ何もしないことが罪だとしても、ずっと想い続けることを貴女はやり遂げた。その貴女のせいであって良いはずがありません。贔屓だと思いますか? ええ、その通りです。これは単純にわたくしのアメリータ様贔屓な考えです。それが何か?


「少し、お時間を頂けませんか。……少しだけ、頭を整理しようと思うのです」


「も、勿論です! いつでも御声をかけてください! わたくしは、アメリータ様のためならいつだって!!」


 わたくしが必死になればなるほど彼女の顔に歪みが生じる。

 わたくしが嘘をついているのか。付いていないとしても、ダンテ様を唆してしまった事実。許嫁解消の事実。そこに誰のせいかとぐるぐる回る。


 混ざり混ざる感情が、彼女を追い込んでいるようでした。


 これはもう、これ以上なにかを言うべきではないのかもしれません。


「わたくしも……、頭を冷やそうと思います……、アメリータ様。どうか、今日のことは」


「はい。私たちだけの秘密と致しましょう」


 女の子と二人だけの秘密。

 言葉にすれば、仲良しの証のようで愚かなわたくしは喜んでことでしょう。ですが、現実とは困ったものなわけでして。


 声を掛けることも出来なかった状態から考えればだいぶにマシになったとも言えますが、それでもわたくし達の間にはなんとも言えない微妙な空気が流れ続けるのでありました。

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