第32話 男の王女様
サンドラ・マーティン
彼の存在は、ユーザーたちの中でも賛否が大きく分かれておりました。
マーティン王国第一王女にして、次期女王が確定されている身でありながら、彼の正体は男性だったのです。
どうして王子ではなく王女として扱われているのか。
それは、彼が生まれる以前の話。一人の高名な占い師が国王様に助言をなさったのです。まもなく生まれてくる第一王子には死の呪いがかかっており、数年で命を落としてしまう、と。
呪いを打ち消すには、来たるべき時まで王子を女性として育てるしかないと続けられた占い師の言葉。数々の災害を言い当て、国を救ってきた占い師の言葉を国王は無視することは出来ず、生まれて来た第一王子を王女として育てる決意をなさったのです。
ここまで話せばお分かりになるでしょうが、ゲームとしてはサンドラ様が男として生きることになる来たるべき時というのが、主人公と出会うことになるわけです。
見聞を広げるため、留学生として学園へやって来た王子の正体を、偶然主人公は気付いてしまい……。
別のルートを最低二回クリアした上、三年間あるゲームの大切な一年で誰のルートにも入らないようにしておくことで初めてサンドラ様ルートに突入することが出来ます。
ゲームではメインのアルバーノ様ルートには簡単に入ることが出来るようになっているため、かなり狙った選択肢を選び続けなければサンドラ様ルートに入ることは適わないのです。
さらに、サンドラ様の存在は、登場するまでオープニング映像でも出ることがなく(一度登場するとその後は新規オープニング映像に切り替わることになります)、公式ホームページにすら掲載されておらず、一部のコアなゲーマーを除けば、ほとんどのユーザーが攻略サイトで初めて彼の存在を知ったという話も御座いました。
その面倒な手順を踏んだサンドラ様は所謂女装男子……、と言って良いのでしょうか? 面倒な手順に負けないなかなかの設定に、賛否が分かれてしまったのは仕方のないことかもしれません。
また、サンドラ様の賛否が分かれたことにはもう一つ要因があるのですが……。
「サンドラ様よ……」
「ああ……、なんとお美しいのでしょう……!」
っと、考え事をしている場合ではありません!
王族に先に挨拶をさせて、剰え反応しないなんてマナー違反にもほどがあります……!!
「挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳ございません。ルイーザ・バティスタと申します。サンドラ様にお会い出来ましたこと、最上の喜びで御座います」
ドレスの裾を摘み、静かに一礼。
思わず視線を奪われそうになるのをぐっとこらえて、許しを得るまで顔をあげることはなりません。
公爵令嬢と言えど、ここは他国。わたくしの父の名など、意味をなさないと思い行動しなければならないのです。
「御顔を見せて頂けますか、ルイーザ様」
「光栄で御座います」
その瞳に吸い込まれそうになりました。
どこまでも美しく、そしてどこまでも深い。まるで深海のような瞳。美しさの先にある恐怖の感情。
背筋に走る冷たさは、人が作り出せる美を超える大自然に直面した時と似たものでありました。
「噂通り、とてもお美しい」
「サンドラ様の御美しさに比べれば、何と言えぬものでございます」
ゲームの画面上でも、彼はひと際美しかった。
先に知識を入れて臨んでみても、違うゲームをやっているのかと錯覚してしまうほど。それが、現実として目の前に現れてしまえば、鼓動する心臓に耳をふさぎこみたくなります。
「この度は、急な申し出にも拘らずわたくしを受け入れてくださりましたこと、深く感謝いたします」
「カールミネ様には以前よりお世話になっておりました。彼の頼みとあれば断るわけにもいきません」
お父様のことを彼、と言える存在がこの世界にどれだけ居りましょう。
優しく微笑み彼に、わたくしは内心で叫び狂いそうでありました。
あまりの美しさに心を奪われたから?
いいえ、違いますわ。
それは単純に。
この方なら、見た目綺麗だしワンチャンいけるんじゃね? とか思ってしまった俺の浅ましさにだよ!!
駄目駄目駄目!! いくら見た目が女性だからってそれは駄目! ていうか、聖女になる主人公ならともかく、ただの公爵令嬢でしかないルイーザが他国の王子とどうこうなったらそれこそ今までの比でない大問題が発生するわ!!
落ち着け! 落ち着くんだ俺! この方は男! どれだけ綺麗でもちゃんとアレも付いているのだから慌てるんじゃない! 最近色々あり過ぎてももうどうでも良いかな、とか思うな。まだいける。まだ頑張れる。ちょっと幸せをチャージしたじゃないか! せっかくここまで来たんだ。もうちょっと頑張れ! 俺の目標は? 可愛い女の子と幸せになること! よし! そうだ!!
「マーティン王国の美しさをこの目で見ることが出来て、なによりの幸せでありました」
「それは良かったです。遠慮なさらず、いつでも遊びにきてください」
サンドラ様がお声がけしてくださったのは、公爵令嬢に一度も声を掛けることなく国に帰してしまえば王国の名折れとなるからこそ。
つまりは単なる事務的作業に過ぎないはずです。今日です。今日さえ乗り切ってしまえば、わたくしがサンドラ様と今後の関係性を持つことなどありはしないはず。
ゲームではないこの世界に於いて、別のキャラで二回クリアしないといけないという条件がどこまで効果を出すのかは分かりませんが、それでも彼が学園へやってくるのは二年目からなのです。
大丈夫。大丈夫です。安心しなさい、ルイーザ・バティスタ。貴女ならやれる。わたくしならやれますわ!!
そんなわたくしの願いは。
「そうです。明日の御予定はありまして? 良ければ、ぜひ我が城においでになってくださいな」
ガラス細工の如く粉々に破壊されるのでありました。
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