第25話 愚かなわたくし
「ドレスは変ではないかしら!」
「問題御座いませんよ、お嬢様」
「お土産は喜んでくださるかしらッ! 爺に頼んでアメリータ様がお好きというお菓子を準備は致しましたが……」
「きっと喜んでくださいますよ、お嬢様」
「髪型は崩れていないかしらッ!」
「お嬢様」
揺られる馬車の中でわたくしとニクラの二人きり。
本日は待ちに待った、待ちすぎてここ数日まともに眠れておりません、アメリータ様とのお茶会の日! あのアメリータ様が! 不運な誤解からライバル宣言をされてしまったアメリータ様からのお誘い! ああ、きっとこの世界にも神様はいらっしゃるのですね。日々を毎日真面目に生きていればこんなにも幸せを与えてくださるのですから!
「お嬢様……」
「あ、ごめんなさい。どうかしまして」
少しだけ顔色の悪いニクラの声に現実へと舞い戻ってまいりました。
「お嬢様はアルバーノ様やダンテ様がお相手の時はまったく緊張なされないというのにどうしてアメリータ様の時はこれほど楽しそうになさるのですか?」
「何を仰るの!」
アメリータ様と他二人如きを比べるのもおこがましい!
アメリータ様はまさしく天使! この世界に舞い降りた麗しくも可愛くも最高で輝かしくてキューティクルな天使!! ああ、わたくしのアメリータ様!!
「お友達に会いに行くのですよ! 緊張しないわけがありませんわ!」
本音を言うわけにはいきませんので、こういうことにしておきましょうか。
「普通は許嫁とお会いするほうが緊張するものです」
「そういうこともあるかもしれないわね」
わたくしにとっては別の次元のお話ですわね。どうして許嫁如きに緊張しないといけないというのか。別の意味で胃が痛くはなりますが、嬉しいことでもありませんし。
「そして、水を差すようで誠に申し訳ありませんが、そのお友達ということに一つ耳に入れておいて頂きたいことが」
「……まさか、噂に聞くお友達から親友になれる方法が」
「違います」
今日のニクラは少々意地悪です。
わたくしのテンションが高すぎるせいかもしれませんわね。さすがに少し落ち着くといたしましょうか。
「すっかり忘れてらっしゃるようですが、お嬢様はダンテ様に求愛されております」
「そうね……」
ありがとう、ニクラ。
あなたのおかげで一気にテンションが下がりましたわ……。
「しかし、ダンテ様は今からお会いするアメリータ様の許嫁であります」
「そうね」
そのせいでアメリータ様にいわれの内誤解を受けることになってしまったのですから、思い出しても忌々しい……。あれ?
「……………………」
「ようやくお気付きになられましたか」
普段の聡明なお嬢様はいったいどちらへ……。
ニクラの漏れる本音もわたくしの耳を右から左へ通り抜けていきました。
あれ? ちょっと待ってください。
確かに、わたくしはアメリータ様からライバル宣言を受けました。そこから彼女とお会いしたことはなかったわけですが。
その間、きっと彼女もなにかしら努力を続けていたはず。引っ込み思案ではありますが、やると決めたことには一生懸命な素晴らしく可愛い女性ですから。
ですが、ですがです。
必死に頑張るもむなしく、流れてきた噂はダンテ様がわたくしを巡ってアルバーノ様に宣戦布告したというもの。
それは、つまり。
「お嬢様、どうぞお使いください」
手渡されたハンカチが意味をなしません。
拭いても拭いても額から流れ落ちていく汗。汗。汗。
「ニ、ニクラ?」
「はい」
「もしかして、いえ、万が一、ええ、億が一ですわ。ひょっとして、その、ええ、本日のお誘いは……」
決して友達として楽しく笑顔溢れるものではなくて。
「おそらくですが、ダンテ様の件に関して抗議が主な理由かと」
地獄の釜の開く音が致しました。
※※※
「…………」
胃が痛い。
何もしていないのに戻してしまいそう。ただ呼吸をするだけで耐えがたい吐き気が襲い掛かってくる。
普段は気にならない時計の音がやけに大きく聞こえる。ああ、大きな窓から洩れる光がわたくしの瞳を焼いていく。
馬車の中で見落としていた事実に気付いてしまえば、どうしてあれほどわたくしが楽観的になっていたのか自分で自分を殴ってしまいたいほどでした。
大好きな推しに誘われた。それだけのことで我を忘れてしまうなんてわたくしはどれだけ愚かだったことでしょう。ニクラがため息を零してしまいたくなるのも当然というものです。
もはや逃げることも出来ないわたくしは、時間通りにアメリータ様の御屋敷へとやってきて、ひと際豪華な部屋にて彼女が来るのを一人で待っているところ。
本来なら、このような場合はお付きのメイド。つまりニクラがそばに居てくれるのですが今回はアメリータ様がどうしてもわたくしと二人っきりになりたいとの要望があり、ニクラは別室にて待機中となっております。
どうすれば良いのでしょう。
間違いなく、アメリータ様は怒ってらっしゃるに違いありません。大好きな自分の許嫁が別の女性に、しかも兄上の許嫁である女性に求婚しているのですから。
どれほどわたくしの存在がアメリータ様を傷つけたことでしょう。悪いのは誰かと言えば主にはダンテ様のような気がしてなりません。というか、あの男いい加減にしろよマジで。と殴り飛ばしてやりたいわけですが、いまそれを言っても何も始まらない。
せめて、せめて少しでもアメリータ様の御気持ちを軽く。
……。
土下座しましょう。
そうです。都合の良いことにアメリータ様の御意向でこの部屋にはわたくしと彼女の二人っきりになるのですから、どこで誰が頭を下げようがバレることもありません。
心優しいアメリータ様が、他人へ悪口を吹き込むわけもありませんし、きっと精一杯の誠意を見せれば、……ビンタ十発ほどで許してくださる、はず……。
構いませんわ。
ビンタの十発や二十発。なんでしたら椅子で殴られる覚悟もありましてよ。
それだけ、彼女の心を傷つけてしまったというのであれば、そのくらい受けて立たなくてどうしようというのです!!
決まりましたわ。
彼女とお会いしたら、何が無くともまずは土下座でもなんでもして必死に謝罪を。
そんな風に考えていたわたくしの浅ましい思いは、
入ってきたアメリータ様の目を見て、簡単に消え去ってしまうのでありました。
「ご機嫌うるわしゅう、ルイーザ様」
そこには、あの夜会でお会いした小さく震える少女などどこにも居らず、凛と胸を張る貴族の女性が居りました。
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