第26話 決壊
謝罪してどうなるものではありません。
一礼のあと、静かに入室されるアメリータ様に、わたくしは目を逸らすことが出来ませんでした。
目の前の少女は本当にアメリータ様だと言うのですか。
誰よりも優しく、けれど、優しいからこそ前に出ることを恐れてしまった小さな少女。それがアメリータ様でした。
ですが、わたくしの目の前にいる少女は、……いえ、女性は。
「先日、ダンテ様より婚約を破棄してほしいと言われました」
あれほど人前で話すことを苦手としていたのが嘘のよう。
まっすぐ見つめてくる彼女の瞳に、情けなくも逃げ出してしまうのはわたくしの方でありました。
「正式な発表は時を見てとのことですが、両家の間ではすでに破棄が決定となっております」
ルークス王国には王家が存在してはいても、独裁国家ではありません。
バティスタ家やタロッツィ家といった有力貴族が支えとなって他国とも付き合っているのです。
ですので、たとえ王族と言えど理由なく一方的な婚約破棄など許されるはずはないのです。
その常識を覆した行動は、下手をすれば王国を揺るがす大事件になってしかねないほど。
知らなかった。わたくしにその気はなかった。ダンテ様が勝手に。
そんな子供の言い訳が、通じない段階に陥ってしまっていたことに、馬鹿なわたくしはこの場でようやく気が付いたのです。
「タロッツィ家は、代々王家に仕えて参りました。此度の件もことを無暗に大きくするつもりはありません」
何も言えずに黙っていたわたくしに、アメリータ様は何を思ったのでしょう。
彼女の口から続く説明に、それでもわたくしは言葉を紡げずにおりました。言い訳をさせて頂けるとすれば、どれだけ今までのルイーザとして知識があっても、わたくしは前世ではただの高校生だったのです。
国家に繋がる大きな事件に、いったい何を言えば良いというのですか。
「王家より頂き続けた御恩に報いるつもりです」
ダンテ様がわたくしに求愛されている噂はすでに国中に広がりつつあります。どれだけ体裁を整えようが、ダンテ様とアメリータ様の婚約が破棄されれば、それはすなわち、タロッツィ家に泥を塗る行為となるのは火を見るよりも明らか。
「そのことを、お伝えしたく本日はルイーザ様をお招きさせていただきました」
アメリータ様が微笑む。
小さな身体に、どれだけの傷を負い、どれだけの覚悟を決めて、どれだけの怒りを押し殺しているのでしょう。
それはすべて……。
「ルイーザ様がお好きなだと仰られておりました紅茶を準備しております。どうぞ、お楽しみください」
入室した彼女は一度も着席することなく、背を向ける。
やはり彼女はどこまでも優しくて。本当であれば事実を伝える必要などなかったはずが、わたくしが何も知らずに蚊帳の外にならないように、もしくは苛立ちをぶつけるために今日を呼んでくださった。
伝えるべきを伝えれば、もう同じ部屋に居たくないと思われているほどわたくしのことを嫌っているのに。
「……、待……ッ!」
何を言えば良い。
背を向ける彼女に何を伝えれば良い。
わたくしは、どうすれば良い!?
伸ばして手は、
――パン
乾いた音に、手が熱い。
アメリータ様がわたくしの手を払った。
起こった事象を認識するより先に、振り向いた彼女の顔が。
憎悪で歪んでしまったアメリータ様の顔が。
「……触らないでください……!!」
どうしてでしょう。
わたくしは何を間違えたというのか。
悪役令嬢に転生してきた先輩方は、いままでうまくいってきたではないか。
冷めきった許嫁や、その他の攻略対象と仲良くなっていっても、そこにあるのは皆が仲良しになるハッピーエンドだったのではないのか。
他の男に好かれて、その男が許嫁を破棄するなんて。それも国家の問題につながるなんて俺は知らない。ギャグみたいな展開にどうしてそこだけ真面目な結果がついてくる。
そもそも、その手の作品は誰でも知ってるメジャー作品を流れでくらいしか知らないんだ。細かいマイナー作品だったら、そういう展開はありふれているのか? じゃあ、みんなはどうやって乗り切ったんだ?
ラブコメ主人公はハーレム状態をどうやって乗り越えるんだよ。ハーレム要因の女の子を好きな男から恨まれるのなんかあんまり見ないじゃないか。
暴力ヒロインが居たとしても、それでもちゃんとギャグで終わるじゃないか。ちゃんとみんな笑って幸せになるじゃないか。
前世で何も頑張らなかった俺が悪いのか?
俺が悪いから、みんなが不幸になるのか?
アメリータ様が不幸になったのは、俺のせいなのか?
また俺は、
「…………あ……」
何も出来ずに終わるのか?
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