第21話 わたくしの弱点


 いつからだろう。

 誰もが羨むほど人気者の妹が浮かべる誇らしい顔の裏側に、どこか寂しさを感じるようになったのは。


 いつからだろう。

 投げられる賞賛の声に彼女が笑顔で応えるその裏側で、どこか苛立ちを抱えているように感じるようになったのは。


 いつからだろう。

 妹が、泣かなくなったのは。


 陰で頑張る彼女の努力を知らず、見ようともせず、存在すら気付こうともせず、成功して当たり前だと、それでもあいつはその重荷を自分から背負い続けていたように思える。

 どうして、あいつはそこまで頑張ることが出来たのか。自分を良く見られたいからか。自己顕示欲が人一倍強かったからか。褒められることに気分が良かったからか。他人を見下すことが好きだったからか。その全てか。それとも、それ以外の何かなのか。


 結果として自分から動いているのだから、それは自業自得と言うのかもしれないけれど、どれだけ出来が悪くても俺があいつの兄であることに変わりはなくて。

 父にも母にも弱音を吐けないというのであれば、せめて俺だけでも……。


 泣きそうな顔をしているくせに、絶対に泣くものかと意地を張る妹に。結局俺の前でも泣くことはなかった妹に。ていうか、泣く所か調子に乗るなと殴ってきた妹に。


 もう俺は、何もしてやることも出来ないわけで。


 だから、


 なんだ。


「るい……」


「そんな顔、するなよ」


「…………」


 死んでいなくなった俺に出来ることなんてあるはずなくて、でも、目の前に居る彼はまだ生きているわけで。

 生きているなら、出来ることもあるわけで。


 なにをしているのだろう。


 どうして俺は、

 自分を押し倒してきた相手を優しく抱きしめているのだろう。


「申し訳ありません、アルバーノ様」


 十歳の身体に柔らかいお胸はご期待されないでくださいな。

 心音を聞かせることで相手を落ち着かせる効果があると知ってはおりましたが、聞いてもらうことでこちらも落ち着く付加効果まであるとは知りませんでした。


 壁ドンならぬ、床ドン状態だったアルバーノ様の背中に腕を回し、わたくしの身体へと引き寄せる。

 密着してしまえば、さきほどまでわたしくしの視界を埋め尽くしておりましたアルバーノ様の御顔はどこかへと消えていく。


 本当に、何をしているのでしょう。

 彼の好感度を下げないといけないというのに、わたくしは本当に愚かで馬鹿です。


「不安にさせてしまいましたね」


 一定のリズムで小さく背中を叩く。

 赤ん坊をあやすときのように、ここにわたくしが居ると知らせるために。


「ダンテ様がどうしてそのようなことを仰っているのかわたくしには分かりません。ですが、あの日ダンスに誘われたのは事実です」


「……ッ」


「頬を叩いてしまいました」


「……え?」


 弟君の名前で強張ったアルバーノ様の身体の力が、声と一緒に抜け落ちる。確かに、何を言い出したか悩む言葉ではありますわね。


「強引に誘われたものですので。パチン、と強く」


「ぱちん……」


「不敬罪ですわね」


「そ、……んなことは……、ないです。だって、貴女は僕の……」


「はい。わたくしはアルバーノ様の許嫁です」


 できれば覚えておいてくださいな。

 貴方の許嫁は、知らない間に弟に色目を使い、かつ、別の男と知り合いになるような尻軽であると。

 本当の王妃になるべき主人公が現れたそのときには、しっかり今日のことを思い出してくださいね。


「オズヴァルド様とのことは、色んな偶然が重なりあった結果なのです」


「……聞いても?」


「笑わないでくださいね? ……お友達が、欲しかったのです」


「…………うん?」


「本当は、ローザ様とお友達になる予定だったのですが……、少々嫌われてしまいまして、その時、オズヴァルド様がその場に居らっしゃったものですから」


「よく、話の展開が分からないのですが……」


 それはそうでしょうとも。

 わたくしにしっかり説明する気がそもそもないのですから。


「最近、わたくしが変わってことを魔法のせいだと思ったらしいのです」


「…………」


 黙られたということはアルバーノ様も何か思うところはある。もしくは、あったということですわね。

 とはいえ、思って仕方ないほどの変化ですので、ここはあえて気付かなかった振りをしておきますわ。


「そんなことはありませんと言ったのですが、聞いてはくださいませんでした」


「彼は……、その、変わってますので」


「不思議な方でしたわ」


「……」


「……」


「……」


「……」


「離していただけますか?」


「はい」


 アルバーノ様の声に、いつもの調子が戻っておりました。

 もう、さきほどのような暴走をなさることはないでしょう。


 抱きしめていた彼を離すと、これぞ本当に王子様。惚れ惚れしてしまうほど優雅にわたくしの手を取り立たせてくださいました。


「ルイーザ」


「はい」


「……、すみませんでした」


「少しだけ、びっくり致しましたわ」


 今回に関してはわたくしの失言も理由ですので、強く言う気もありません。強いていえば、ダンテ様。あなたは許しません。覚えていなさい。


「貴女がどんどん、……素敵になっていくのが」


 鳥肌が立ちますので、出来れば黙って頂きたいものです。

 男に褒められても、しかも女性として褒められてもまったくこれっぽっちも嬉しくはありません。はぁ……。


「アルバーノ様」


 王族の言葉を遮ることは大変な無礼ではありますが、これ以上続けられると立つ鳥肌を隠せそうもありませんので緊急手段です。


「わたくしは、アルバーノ様の許嫁でございます。忘れないでくださいね?」


 あとは小さく微笑んでおけば良いでしょう。

 はぁ……、せっかくの好感度下降チャンスが……。


「カッコ悪いところを見せてしまいました。きっと、必ず挽回してみせます」


「ふふ、楽しみにしておりますわ」


 汚名を返上などしないで結構ですので、どうか取っておいたままにしておいてください。本当に。

 それは主人公が現れてから、彼女に対して挽回してくださればわたくしは満足です。もろ手を挙げて喜びますので。



 ※※※



 ところで、いくらデートとはいえ、わたくし達は王族と公爵令嬢です。当然、こっそりと黒服な方々が見張ってくださっていたわけでして……。


「やりましたね、お嬢様!!」


「……何もやってないわよ……」


 一部始終を見ていたニクラのテンションが数日に及んで高水準をキープすることになるのですが、それはまた別のお話。


「これでもアルバーノ様はお嬢様にメロメロずっきゅんですよ!!」


「どこで覚えたましたの、そんな言葉……」

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