第20話 追い詰める


『久しぶりに自分のことを話してくれますねー』


『友人をつくるために自分を顧みてばっかりだったんすよー自分まじすごいっしょー』


『自慢かよー』


『まじっすわ、まじパねえっす。自分めっさ大変なんすよ、めっさしんどいんすよ』


『愚痴ばっかだな、てめーはよぉー』


 このような流れへと持って行くつもりだったのが初手から大きくズレてしまいました。ですが、まだ問題はありません。ここから見事に軌道修正を、


「そうですか」


 ちょぉぉぉっとだけお待ち頂けますでしょうか……!

 あれ? ええと……、はい?


「シモンチェッリ家の……」


 いまのは……、見間違い……?

 ええ、きっと。きっと、そうに違いありませんわ。だって、そんな。そんなはずがないではありませんか。わたくしったらいやですわ。おほほほ。

 さぁ、深呼吸を致しましょう。改めて、改めて可愛らしいアルバーノ様の笑顔をですね。


「そうですか」


 やっぱりアルバーノ様の瞳の光が消えていらっしゃるのですけどォ!?

 あれ? 少しお待ちください。どなたですか? わたくしの目の前にいらっしゃる御方はどなたですか? 笑顔のままだというのが余計に恐怖を煽っていくのですが、この方はどなたですか!?


「先日」


「は、はい?」


 身体が動かない。

 笑顔のアルバーノ様が、ただ椅子からお立ちになって近づいてきてくださる。それだけのことに、わたくしの身体が動きません。

 あらやだ、ちょっと、汗が、汗がですね。


「ダンテが言うのです」


「……何と、仰るの……でしょう?」


 わたくしが何をしたというのでしょう。

 古今東西、いつ如何なる時と場合に於いても自分の好きな女性が自分以外の男性の話をして面白いと思うことがなかったとしても、わたくしが出してしまった名前はオズヴァルド様。決してここにダンテ様が関わってくることなどあるはずがないのです。


「あの日、貴女をダンスに誘ったと」


「あの日……」


 どの日、この日、気になる日。

 名前も知らない日ですから。


 ダンス。誘った。ダンテ様が誘っ、

 ぁぁあ! あの日! あの日ね! あの日か!!


「さ、誘われましたが! その、用事! そうです、用事がありましてお断りする形となってしまい申し訳ありません!!」


 ダンテ様ったら断られた、といいますかそのあと頬をひっぱたかれた腹いせに、アルバーノ様に誘いを断られたことをネチネチと嫌味を言ったということですね。

 わたくしが悪いかと言われますと、こちらが被害者ですと言いたいところですが確かに王族の誘いを断るというのが無礼であるのは事実です。

 普段から何かあれば嫌味を言ってくる弟の嫌味がわたくしのせいで増えたとなればアルバーノ様だって思うところが。


「貴女のことが魅力的な女性だと、……言うのです」


 方向性が狂い始めてまいりましたよ。


「僕に……、負けないと、言うのです」


 あのガキャァァアア!?

 兄貴に何を宣言してくださっとんじゃ!? こんなもんあの時にまるで何かあったみたいに聞こえる可能性が皆無ではないわけでもなくはないかもしれなくもないじゃねえか!?


「あ、あはは……、だ、ダンテ様も御冗談を仰られるの、ですね……」


「ダンテの目を見れば、本気かどうかは分かる。僕は……、あいつの兄ですから」


 これは、まずくはありませんか?

 つまりですね。アルバーノ様の立場になって考えてみますと、自分の知らない所で弟が婚約者にちょっかいをかけていて、かつ、本気になって自分に宣戦布告をしてくる。

 不安になるなかで、久しぶりに婚約者に会ってみれば、彼女はまた自分の知らないところで、今度は別の男性と……。


「オズヴァルド殿と言えば、人との関わりを持たないことで有名な方。そんな方とも……」


 逃げましょう。

 恥も外聞も、あとのことも今は後回しです。

 今は、今するべきは何はなくともこの場所から!


 ――ガシッ


「ルイーザ」


 ひぃぃぃいいいい!?


 弟が弟であれば、兄も兄ですわ! なにを兄弟そろって同じようにわたくしの腕を取ってくれちゃっていらっしゃるのでございましょう!?


「ルイーザ……ッ」


 声を出すことも出来ず。

 視界が大きく反転したと思った次の瞬間には、わたくしの身体はアルバーノ様に押し倒されておりました。



 ※※※



 空が青いですわ……。

 などと現実逃避をしている場合ではありません。視界の端に青空がありますが、圧倒的たる面積を占めているのはアルバーノ様のお顔です。


 椅子に座っていた状態から腕を取られ、押し倒されては覆いかぶさられる。

 嫁入り前の女性になんという行為を働くというのでしょう。これで相手が許嫁で王族でなければこのまま禁断の膝蹴りを男性の弱点へぶち込んでいるところですわ。

 決して、目の前のアルバーノ様が怖くて身体が動けないからではありません。ええ、まったく命拾いを致しましたわね。


「あの、あの……、あのッ」


 落ち着け、落ち着くのです。こんな時に落ち着いていられるわけがないでしょう、馬鹿じゃないの!? 落ち着けって言ってんだろうが!


 これは決してわたくしにとって最悪ではないはず。

 きっと確実にアルバーノ様のなかで好感度が下がっているはず。ここからです。ここからの選択肢を間違えなければきっと今日、いえ、最近上がってしまった分の好感度を下げることすら可能になる。わたくしの逆転サヨナラ満塁ホームランが!


「ルイーザ」


 ダンテ様とは本当になにもありません。

 まずは身の潔白を証明すべきでしょうか。いえ、ですがあえてこのまま疑心暗鬼になっていてもらったほうが好感度は下がりやすい? いえ、待ってください。下手を打ってしまいますとダンテ様ルートに突入し、アメリータ様の好感度問題が?

 やはり、ダンテ様とだけは徹底的にルート破壊粉砕滅殺運動を開始するべきではありませんか。そうです、その通りです。

 では、身の潔白を証明いたしましょう。


「ダンテ様とはですねッ」


「貴女の口からダンテの名を聞きたくないッ!!」


「ひぅッ」


 怖いぃぃぃ!?

 普段敬語で優しく丁寧に扱ってくださる御方に叫ばれるのは、ぶっきらぼうな相手に怒鳴られる何倍も怖いです!?


 そんなに怒らなくても、……怒らなくても……?


「…………」


 いまも、さきほども。

 アルバーノ様の表情は怒っているというよりも、


「るい……ざ……?」


 泣き出しそうなお顔で。

 この顔はどこかで、……どこかで。


 ああ、そうか。


 あいつと、同じなんだ。

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