第10話 テラスの攻防


 アメリータ様を追いかけて会場の外へと飛び出したわたくしの名を呼ぶのは、彼女の許嫁にしてわたくしの許嫁の弟君でもあられるダンテ様。

 アメリータ様を追いかけて彼に出会うだなんて、まるでダンテ様ルートを攻略中のように錯覚してしまいます。もっともわたくしは主人公ではなくライバルキャラの悪役令嬢なのですけれど。


「どうしてこのような場所に……、兄上であれば、ああ、なるほど」


 こちらが説明する前に納得された御様子ですが、いくら頭脳明晰なダンテ様といえどまさか貴方の許嫁を追いかけているのです、という答えにたどり着くとは思えません。


「少しは変わったように思えたのですが、兄上は相変わらずということか」


 やっぱり何やら勘違いをなさっておられる御様子。

 大方、アルバーノ様に放置されたとでも思っていらっしゃるのでしょうが、正解はむしろわたくしがアルバーノ様を放置しているのです。と、いうよりももしも本当に放置されていたのだとすれば、今まで経験上わたくしが逃げるなんてことはせずに無様に喚き散らしているだろうことくらい想像出来ないものでしょうか。


「宜しければ、一曲どうだ。ここであれば……、誰の目もない」


 おや、珍しい。

 ダンテ様がわたくしを踊りに誘われることもそうですが、踊りが下手であると有名なわたくしが恥ずかしがらないように周囲の人が居ないことを説明してくださるだなんて。

 つまり、さきほどわたくしがアルバーノ様と一曲踊ったことは見ておられない御様子。


 どうして彼がこのような行動を取ったのか、予想を立てることは出来ますがそれは深く考えますと少々鳥肌が立ちますのであえてここは。


「申し訳ございませんわ、ダンテ様。わたくし、少々先を急ぎますので」


 アルバーノ様同様に放置するに限ります。

 そもそもダンテ様如きがアメリータ様に優先度で勝てると思わないで頂きたいものですね。


 小さく身体を下げる簡易の会釈をし、彼がなにか言う前にそそくさとわたくしは、


 ――がしっ


「待て」


 急ぎ立ち去ろうとする少女の腕を見目麗しい第二王子が驚き掴む。

 これだけであれば絵になる行為でありましょうが、問題はその少女がわたくしであるという一点で御座います。ああ、もう! こんなことはアメリータ様にするものでしょうに!!


「どうして逃げるのだ」


「逃げてなどは」


「やはり以前のことを気にしているのか。あれは……、兄上に対して言ったまでで、その……」


 それにしても、ゲーム内での彼の立ち位置はアルバーノ様の弟であり、優秀な兄に嫉妬する神経質な性格だったはず。

 一人称こそ周囲に人が居ない時は俺でありましたが、これほど分かり易いヘタレ俺様キャラだったでしょうか……? 彼のルートは二回クリアしたとはいえ、全ての神経をアメリータ様に集中させていたのであまり記憶が……。


「ダンテ様が何を仰っているのかわたくしにはさっぱり分かりかねます。わたくしの無礼が気になさったのであれば申し訳ございません。ですが、どうしても急ぎの用が御座いまして、立ち去ることをお許し頂けませんか?」


「用とは何だ」


「殿方には言えない用事もあるので御座います」


 質問に対する答えになって居らずとも、そこは美少女スマイルで黙殺致します。何度も言うようですが、貴方の許嫁を追いかけております。と、説明が出来るわけがないではありませんか。それこそ、どうして追いかけると更に説明を要求されるだけなのは目に見えております。


 それよりもそろそろ掴んだ手を離して頂けないでしょうか。

 いくら絵になる行為とはいえ、他人に腕を掴まれ続けるというのは辛いものがあるのですよ。オシャレは気合いと同様に、美麗な行為の裏側には類い希なる努力があるのですね。


「ダンテ様、宜しければ御手を離して頂けませんか?」


「離せばどこかへ行くのだろう」


 当たり前だろうが、何言ってんだクソガキ。


 ……って違う違う!


「腕が……、辛いのです」


 少し伏し目がちで言えば、簡単に儚げな少女のできあがりです。

 生来きつめの印象を植え付けるわたくしの見た目でありますので、ギャップが生み出す破壊力はなかなかのものだと自負しております。どうして知っているかって? 鑑の前で練習致しましたとも!


「そうか」


「お分かりいただけ、ふぎゃッ」


 お許し頂けますか。

 たとえ見た目美少女であろうとも、いきなりの出来事に「きゃぁ」と可愛い悲鳴をあげることは困難なのです。世の中の美少女はどうしているのでしょう……。


 などと、


「お、お離しください!? お戯れが過ぎますっ!」


 現実逃避しなければやってられません。

 どうして、わたくしが。


「こうすれば腕は辛くはないだろうが」


 抱きしめられなければならないというのか!!


 うぉ、ちょっと待て! まじで止めろ!? 男に抱きしめられて喜ぶ趣味はねえ! この世で俺を抱きしめて良い男性は、肉親くらいなものだ! その肉親には嫌われているのだからこの世に俺を抱きしめて良い男なんて存在しねえ!!


「許せ」


 いやいやいや! 許すわけがねえだろうが!

 あっ! おっまっ! ちょ、なに人の顎に優しく手を当てて、ぎゃぁああ! 顔っ! 顔が近づいてくる! うっわ、なにこの美形、絵になるわぁ……、じゃねえってぇえええ!!


 ――パンッ


 乾いた音が闇夜に消える。

 今度は演技でもなく涙目になってしまっておりますが、どうにか威厳だけは残しておかなければなりません。


 叩いた右手を胸元に寄せて、あくまでもわたくしは被害者です。

 王族を叩いたとあっては不敬罪も良いところですが、乙女の唇を無断で奪おうとする不埒な輩に容赦はいらないと太古の時代より決まっているのです。きっと、ええ、大丈夫……。


「失礼致しますわ」


 優雅に一礼は忘れずに。

 呆けるダンテ様をそのままに、わたくしはその場をあとに致しました。

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