第9話 予想の外


「このたびはお招き頂き誠にありがとうございます。御挨拶が遅れましたこと申し訳ありませんわ」


 アルバーノ様は一曲では御満足なさってない御様子でしたが、挨拶を理由にダンスは中断とさせて頂きました。

 二人で挨拶に向かうはずが、わたくし達が躍り終える頃には正気に戻っていた雌豹、もとい御令嬢の皆さまがアルバーノ様をあっという間に取り囲んでしまいます。彼女たちはアルバーノ様が統治される時代の主役たちであります。そんな方々と交流を取ることもまた次世代の王のお仕事で御座いましょう。

 さきほどのダンスにてしっかり牽制は行っておきましたので、わたくしはアルバーノ様を助けることなく一人壁の花となっておられたアメリータのもとへと急ぐのみなのでした。


「ぅ、ぁ……ぁの……」


「今宵は素敵な夜になりそうですわ」


 公式の場では許嫁だというのにアルバーノ様を追いかけるばかりだったルイーザが彼を放置して話しかけてきたのだから驚かせてしまうのは当然のことでしょう。

 少し強引は承知で、わたくしは勝負に出ます。今日、必ずやアメリータ様との交友関係を結んでみせます。


 ゲーム内で、彼女と主人公が仲良くなるのは主人公が強引に彼女に構った結果でした。で、あればわたくしにだって可能性はあるはずです。


「アメリータ様は踊りにならないのですか?」


「わ、たしを誘って……、くださる、かた、……ん、ので」


 視線を合わせようとしないアメリータ様の態度は決して褒められたものではないのですが、わたくしにとってはただただ可愛いだけで御座います。ああ……、可愛いなぁ……。

 わたくしにもう少し踊りの才能さえあれば、男性パートも習得し彼女を誘っていたのですが、残念ながら女性パートを形にするだけで精一杯。これは、今後の課題といたしましょう。


「でしたら、わたくしと少しお話致しませんか」


 ですが、踊れないなら踊れないで取るべき手段は残っております。

 いまは、少しでも彼女との接点を保ち続けるのです……!


「わ、……し、と、……ても、つま、ら……です、し」


「まあ! そんなことはありませんわ。わたくし、ずっと貴女とお話してみたかったのですよ」


 それこそ、前世から。


「……し、て……です、か?」


「え? ええ、と……、そう! アメリータ様はダンテ様の許嫁で御座いましょう? わたくしと同じく王族の方の許嫁であるアメリータ様とはいずれ親戚となるのですから、ね?」


 本音を言うわけにもいきませんので、ありきたりな内容を言うしかありません。

 たとえわたくしがアルバーノ様と結婚し、アメリータ様がダンテ様と結婚したとしてもわたくしと彼女が頻繁にお会いすることはそうそうないのが実際のところなのでしょうけれども。


「…………」


 はァ……ン!!

 警戒は解け切れておりませんが、伏しがちにこちらを見ては、慌てて視線を逸らす彼女の小動物のような動きが愛らしくて堪りません……!

 同じ生き物だとは思えないほどの愛おしさが溢れてなりません。どうして周囲の皆さまは彼女の魅力に気づいていないのでしょう。いえ、気づかないでください、それこそ一生!


「ルイー、ザ様……は」


「ルイーザ、で構いませんわ」


「ぁ……ぇ、あ……」


「……、言い難いなら、そのままで……」


 おかしい。

 主人公は確か今の台詞でお互い呼び捨て合う仲になったというのに……。


「……ん、ルイーザ様、……は、アルバーノ様、と随分、仲が、よろ、しい……です……ね」


 やはりわたくしの顔が原因なのでしょうか。

 悪役令嬢となるべく生み出されたわたくしは、十歳にしてすでにキツメの印象を人に与えてしまう顔をしております。

 ゲームのパッケージに描かれた主人公は誰にも愛されるような可愛い系の顔だったはず、良い意味で捉えれば綺麗系であるわたくしでは、同じ台詞でも効果が違うのでしょうか。


「ありがとうございますわ。そうですね、アルバーノ様とは親しくして頂いております」


「…………」


「なにか、お悩み事でも?」


 来た。来ましたわ。

 これは、ゲームでもあった展開です! ここで主人公はアメリータ様が抱える悩み。つまり、ダンテ様とのことを聞き出すのです。

 ご安心ください、アメリータ様! わたくしはダンテ様ルートのバッドエンドを前世で二回も繰り返し確認しているのです。見事わたくしが貴女の恋を成就させてみせ、


「な、にも……、ありません」


 る。

 ……。

 ……。……。


 え?


 なにも

 ありません?


 い、……いやいやいや!?

 そんなことはないだろう!? え、どうして!? どうしてさっきからゲームと全然ちがった結果になっているんだ!?


 親密度? 親密度の問題? いや、でも、だって主人公は悩みを最初の出会いで聞き出しているんだぞ!? 親密度もなにもないじゃないか!

 ていうことは、いまの俺と条件は一緒のはず。じゃあ、どうして。どうしてなんだい教えてくれよジョニー!! ジョニーって誰だよ!!


「失礼、いたします……」


「……え? あッ」


 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 じゃない、わたくし!


 まだ慌てるような時間ではないはず。そうです、そうですとも。そもそも年齢も場所も相手も違うのです。それにここはゲームの世界であってゲームではありません。ゲームと同じ展開になるはずないではありませんか。


 深呼吸です。

 一度深呼吸して、ええ、と……。そ、そうです!


 アメリータ様を追いかけないと!


 一瞬呆けてしまっていたことが悔やまれます。

 豪華絢爛な屋敷のなかで、小さく可愛いアメリータ様を一度見失ってしまえば見つけ出すのは困難を極めてしまいます。


 ですが、そこは二回もダンテ様ルートバットエンドクリアしたことは伊達ではありません。

 ルートでは、いまのようにアメリータ様が逃げてしまうことだってあるのです。そんな時、彼女は必ず人気のないほうへ逃げていく。


 舞踏会の会場はどこもかしもこ人だらけ。

 と、なれば彼女が逃げるのは間違いなく外!


 他人に怪しまれることのないように、そしてアルバーノ様に見つかることのないよう慎重に、わたくしはテラスへと飛び出しました。


 すると、そこには!!


「ルイーザ嬢……?」


 ダンテ様の御姿があったのです!!


 ……てめぇは呼んでねえって。

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