第8話 渦巻く欲望


 舞踏会とは、華やかな見た目とは裏腹に人間の欲望が渦巻く巣窟で御座います。

 次期国王であられるアルバーノ様と、その許嫁にしてバティスタ公爵の一人娘であるわたくし。


 タロッツィ家に到着したわたくし達を取り囲むたくさんの人々は皆、一様に笑顔の仮面で醜い欲望を覆い隠しておりました。

 わたくし達に気に入られ取り入ろうとするもの、不利益を被らないようにと媚びを売る者、あわよくば一夜の夢を目指してアルバーノ様へアプローチをかける者……。


 たかだか十歳の少年少女に大の大人たちが必死になる様は、気持ち悪いとしかいいようがありません。もっとも、生き残るために彼らもすべきことをしているに過ぎないのでしょうけれど。

 かつてのわたくしであれば言葉の真意を理解することなく、酔いしれていたのでしょうが、いまのわたくしに出来ることは同じく仮面を被ることのみ。


 ああ……、わたくしはアメリータ様にお会いしたいというのに……。

 アルバーノ様のおかげで随分と楽をさせて頂いては居りますが、アルバーノ様が近くに居てくださるせいで普段以上にご令嬢の皆様の視線が痛い。

 公爵令嬢たるわたくしのそのような視線を向ける勇気は褒め称えたいものですが、彼女たちはいままでのわたくししか知らないのですからそれは当然のことかもしれませんね。

 世間知らずで我が儘で、親の権力を笠に着たおかざりの小娘。許嫁であるアルバーノ様にも疎んじられている虚構の女王様。

 わたくしへの評価はこのあたりでしょうか。願わくばこれより低くはないと良いのですけれど。


「皆の歓迎心より感謝しよう。だが、そろそろルイーザ嬢と一曲踊らさせてはくれないだろうか」


 終わりの見えない貴族達のごますりに、先に折れたのはアルバーノ様でありました。これはチャンスです。踊っていれば誰かに邪魔されることなくアメリータ様をお探し出来る……!


 アルバーノ様にエスコートされ会場の中央へと向かうわたくしに届くのはご令嬢のみなさまの含みを持った笑い声。


 ――今宵はどれだけ独創的なダンスをお披露目頂けるのかしら。

 ――ルイーザ様のダンスが楽しみでなりませんでしたわ。

 ――先月のあの素敵なダンスがまだ忘れられませんもの。


 アルバーノ様がゲームでのSキャラと違うように、ルイーザもまた幼き頃より悪役令嬢ではなかったのかもしれません。

 もちろん、屋敷では暴君であろうとも、ひとたび外へ出れば誰も味方は居らず常に笑いものとして扱われていたのでしょうか。

 お父様には疎まれ、周囲に味方は居らず、アルバーノ様も愛してはくれない。そんななかで、彼女が唯一縋ることが出来たのは許嫁という立場だけだった。それをも、ゲームでは主人公が脅かす。


 勉学や習い事から逃げ続けた彼女にも非はあるでしょう。理由はあれど主人公を虐めた罪が消えることもないでしょう。


 けど。

 少しだけ。少しだけ俺はルイーザの気持ちが分からないわけじゃない。


 なにかしようとしたってどうせ馬鹿にされるだけ。

 なにかしようとしたってどうせ妹しか褒めてもらえることはない。


 似ているような、似ていないような。

 結局、怯えて行動を起こさなかった自分が悪いと言われてしまえばそれだけのこの話に。

 いま、俺が出来ることがあるとすれば、それは。


「ルイーザ嬢、お手を」


「よろこんでお受けいたしますわ」


 一曲踊りきってみせることだけでしょう。

 ……、決して上手ではなく普通程度でしかないことはご愛敬ですけれど!!



 ※※※



 周囲が息をのむ。

 あれほどわたくしを笑っていたご令嬢達が可愛らしい瞳を大きく見開いて呆然としている。


 もう一度言いますが、わたくしの踊りは褒められるようなものではありません。先生からも及第点と苦い顔をされながら言われた程度。なんとか踊れるだけのものです。

 それでも、かつてのわたくしとは大違いな踊り。もとのハードルが低いおかげでそれはそれは見事なものに見えているのでしょう。

 そして、勿論。


「お見事です、ルイーザ嬢」


「アルバーノ様のおかげですわ」


 エスコートするアルバーノ様の腕前のおかげが大きいこともありましょう。

 身長差もあるのでしょうが、先生よりも踊りやすいと言えば先生を落ち込ませてしまうのではこれは一生の秘密とするしかありませんね。


「またアルバーノ様の足を踏んで怪我をさせるわけにはまいりませんので」


「ルイーザ嬢のためなら喜んでこの足を差しだしますとも」


「まあ、王になられる御方がそのようなことを簡単に言うものではありませんよ」


「これは申し訳ない」


 わたくしたちは笑い合う。

 じゃれ合いながら踊るその姿は、仲睦まじい許嫁そのものです。ここまでくれば、わたくしたちの関係が形式上のものではないことを周囲の皆様も理解し始めていることでしょう。


 アルバーノ様と結ばれるつもりはありません。

 ですが、わたくしが婚約を破棄するのはその相手が主人公の場合のみです。なぜならば、そうでなければ主人公がダンテ様ルートへ突入しわたくしからアメリータ様を奪いにくるかもしれないではありませんか!!

 そして、他の攻略対象ルートでもライバルキャラと仲良くなる場合はあります。そうは許しません。

 彼女たちと仲良くなるのはこのわたくしです……!!


「ルイーザ嬢?」


「なんでもありませんわ」


 御安心ください、主人公。

 学園に入学し、ゲームがスタートするまではわたくしが全霊を以てアルバーノ様を他の女性たちから守り切ってみせますわ。そして、その時が来たらわたくしは優雅に貴女にアルバーノ様をお譲りいたしましょう。それこそ、ダンテ様ルートのアメリータ様のように!


 はッ! あそこにいらっしゃるのは……!!


 本日の主役であるはずというのに壁に咲く花になってしまっている美少女がひとり。あの方こそ、まさしく。


 アメリータ・タロッツィ様!

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