第6話 第二王子がやってきた


 後悔とは、後から悔いるものである。

 どう考えても大人げなかったとしか良いようがありません。感激致しましたわ! と溜息の意味をはき違えて喜び続けてあの場をかき混ぜて終われば良かったと気付いたのはダンテ様が立ち去ったあと、アルバーノ様の瞳を見てしまった時。


 思えば王子として次期王という立場に居られるアルバーノ様に親しい友など数少ないことでしょう。理由はあれど嫌悪を隠そうとしない弟を撃退し、剰え彼を支持する内容の台詞を宣言してしまったのは間違いなくわたくしの落ち度でありました。

 許嫁という立場であるのですから、それはまったく問題はないのですが、わたくし本人としては非常にまずい状況です。


「ルイーザお嬢様! 御覧ください、またアルバーノ殿下よりこんなにも立派なお花が!」


「まァ……、なんて美しいのでしょう……」


 花壇に咲き誇る花々が美しいと思えても、花束を贈られて嬉しいわけではありません。残念ながらいまのわたくしの感性は男性のそれなのですから。

 若干棒読みになってしまった言葉は、興奮しているメイドには幸いにも届いておりませんでした。


「悪いけれど、その花は花瓶に入れてわたくしの部屋に飾っておいてくださるかしら」


「はい! 畏まりました、ルイーザお嬢様!」


 感謝を述べるだけで驚かせてしまっていた使用人たちとも少しずつ会話が出来るようになっておりました。


 特に、わたくし付きのメイドであるニクラは、書庫で気絶させてしまった女性です。当初こそ何を口にするときもお許しくださいと震え続けていた彼女が、いまでは満点の笑顔をわたくしに向けてくれるようになりました。


 ゲーム内では、お付きメイドが居る描写はあってもその一人ひとりが描かれることはなく当然イラストもありません。ですが、この世界では彼女も一人の人間として生を受けている。彼女には彼女の人生があります。

 ああ……、ニクラはゲーム内ライバルたちのような美少女ではありません。公爵家に勤めておりますので彼女も一貴族の出ではあるのですが、バティスタ家と比べてしまえば月とすっぽんの差があります。それでも、わたくしからすれば彼女には彼女の良さがあり、その愛嬌には狂おしいほどの愛しさを覚えてならないのです。


 これでわたくしが男であれば、権力をかさに着て彼女を物にすることも出来たのでしょうけれど……、なんて冗談でもそのようなことを考えてはなりませんね。

 いくら前世のわたくしが一度も彼女が出来ずに死んでいたとしても、人として踏み外してはならない道はあるはずです……。


 わたくしが目指すのは友情エンド。

 そして、どうにか主人公にアルバーノ様の心を射止めていただき、婚約を破棄とする。そして適当な貴族と仮面夫婦を演じ切り、ひっそりと可愛い女性と仲良く暮らすのです……!

 大丈夫、政略結婚の末に双方が愛人を囲っている夫婦など掃いて捨てるほどいるとメイドたちが噂しているのを聞いたことがあります。で、あればわたくしにだって出来るはず!


「お、おぉぉぉお嬢様ァァ!!」


「どうしたのです、ニクラ。そんなに慌てて行儀の悪い」


 アルバーノ様より頂いた花束を活けに行ったはずのニクラがメイド服のスカートを持ち上げたまま素っ頓狂な悲鳴をあげ走ってきました。

 そんな姿を誰かに見られでもしたら貴女の立場が……。


「落ち着いてお聞きくださいッ」


「ええ、でもまずは貴女が落ち着いて」


「ダンテ様がッ」


「ダンテ様?」


 とても嫌な予感がしますわ。


「ダンテ・ルークス第二王子がお嬢様に面会を求められておりますぅ!!」


「…………そう」


 たった一言でも返すことが出来たわたくしをどうか褒めて頂けないでしょうか。



 ※※※



「お待たせしてしまい誠に申し訳ございません、ダンテ様」


「許す」


 横暴にも程がある彼の態度に頬を引きつらせるなどと初歩的なミスを犯すわたくしではありません。あくまでも表面上は淑女を装い続けなければならないのですから。脳内でダンテ様を十発ほど殴っておくだけで我慢致します。


「本日はようこそお越しくださいました。それにしても、どのようなご用件でしたのでしょう」


 ニクラから報告を受けてからそれはもう上へ下への大変な騒ぎでした。

 第二王子の訪問など予定されていたわけがありません。使用人たちは皆、大慌てとなりますし、お父様が居ない別邸に於いて主人代理を務めるお母様も失礼ながら役には立ちません。


 爺に頼んでダンテ様を客室へご案内している間に、失礼のないよう服を着替え、薄く紅をひき、それを出来うる限りの最短時間で済ませてやってきたのです。

 だというのに。


「……別に」


「もしかしてわたくしにお会いに来てくださったのですか」


 こちらの方を見ようともしない失礼な王子様に、せめてと冗談を投げかけてあげる苦労をどうか知ってほしいものです。


「…………」


 おい、今のは冗談だぞクソガキ。


「うぬぼれるなっ! そんなはずがないだろう!!」


「失礼をお許しください」


 そんな真っ赤に染めた顔で言われましても説得力はないのですが、そこを指摘する気は御座いません。どうか、どうかこのまま城へ御戻りください。おかえりはあちらです。


「…………」


「…………」


 大きな年代物の置時計が時を刻む。

 ダンテ様が一向に口を開こうとなさらないため、わたくし達の間にはただ重い沈黙が流れておりました。


 なにかこちらから話しかけるべきなのでしょうが、どうして約束もなく押しかけて来た失礼なダンテ様にわたくしが接待をしなければならないというのか。

 いえ、それが王族というものであるといえばそうなのでしょうけれど。


「おぃ」


「はい、ダンテ様」


「…………」


 まただんまりですか。

 失礼な呼び方に対してもこちらはきちんと対応させて頂いているというのに。子どもの内からそんな態度ですと大人になった時に苦労することになりますよ。

 ゲーム的にはそのほうが良いのでしょうけれど。


「…………、悪かったな……」


「え?」


「それだけだ! 帰る!!」


 宣言通り部屋を後にしてしまったダンテ様をわたくしは追いかけることが出来ませんでした。

 言葉通りに取るのであれば今のは謝罪でしたが、いったい何に対する謝罪だというのか。

 などと言うつもりはありません。つまりは先日での城での一件を謝罪してくださったということなのでしょう。あれは、わたくしではなくアルバーノ様に謝罪して頂きたいことなのですけど。


 ですが、そうですね。

 そんなことよりも。


 ゲームの攻略キャラクターだということを踏まえてもなお、


「チョロ過ぎだろう……」


 もっと女を見る目を養ってください……。

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