第5話 美少女(俺)の笑顔


 部屋を埋め尽くす本!

 本!

 本!!


 右を見ても左を見ても、視界に飛び込んでくる無数の本に少し酔ってしまいそうになります。劣化を防ぐために太陽光が最低限のみ取り入れられる構造となっている書庫は、特有の古くさい空気が充満しておりました。


「いかがですか、我が国自慢の大書庫は」


「素晴らしいですわ! こんなたくさんの本は初めて見ました!」


 アルバーノ様との食事会から数日。

 わたくしは彼が棲まう城へと招待されておりました。袖を通す新しいドレスは、数ヶ月ぶりに別邸へやって来たお父様がくださった豪華でありながら華美ではない高級品。

 決してアルバーノ様をご不快にしないように、とわたくしが病で倒れていたことへは何も言わないお父様からくどくどと釘を刺されながらも頂いたものです。


 礼儀作法の授業もサボっていたわたくしの知識では頼りはありませんが、この日に向けて家庭教師と二人三脚で頑張ったのです。最後には涙を流しながら貴女なら大丈夫です、とまるで最期の別れを惜しむように抱きしめてくださった先生のためにもやりきるしかありません。

 ……、全然進歩していないので本当に最期になるとか思われていないと良いのですが。


 ともあれ、石畳の道を馬車に揺られ続けること数時間。

 お尻と腰が悲鳴をあげることをおくびにも出すわけにはいけないご令嬢の過酷さをしみじみと感じながらわたくしは登城を果たしたのでありました。


 城に仕える所謂お偉い様たちとの堅苦しい挨拶を済ませたのちに、アルバーノ様とお会いできたのは、到着して一時間が経ったあとのことでありました。

 ここぞとばかしに娘の顔を売ろうとお父様が何か企んだのかもしれませんが、こういうのは出来るだけ勘弁して頂きたいものです。

 政治の駒でしかないわたくしに文句など言えるはずもないのですけれど。


「ルイーザ嬢は本当に本がお好きなのですね」


「お恥ずかしいところを……」


 わざとはしゃいで見せたわたくしの態度に、アルバーノ様が可愛らしくお笑いになられました。


「そんなことはありません。それだけ喜んでくだされば招待して良かったと本当に思いますよ」


 くすくす微笑むアルバーノ様のお顔は、ゲームであれば確実にスチルになっていたことでしょう。

 ああ……、妹に見せてあげたかったな……。って違う違う。


「アルバーノ様もこちらにはよくお越しになられるのですか?」


「ええ。……とはいえ、恥ずかしながら僕は物語のほうが好きなのですが」


 王子としてわたくし以上に勉学に励んでいることは間違いありません。少しの自由時間くらい好きなことをすれば良いのでしょうが、立場上王子が物語に夢中と言うのは恥ずかしさがあるのかもしれません。


「まあ! わたくしも物語は大好きですのよ」


 ですが、何かを好きと言えることのどこに恥ずかしいことがあるのでしょう。

 前世のわたくしにはそれがなかった。胸を張って大好きだ! と言えるものだってなかったのです。なんとなくで漫画を読んで、なんとなくでゲームをして。


「ぜひアルバーノ様のお勧めを教えていただけませんか?」


 そんなわたくしからすれば、好きなものがある人はそれだけで魅力的なのです。

 いつかわたくしは彼との婚約を破棄致します。なんとしても。

 ですが、それとこれとは話が別。彼には、ぜひ幸せになってほしいとは思っているのです。……、そう思えてしまうのだからイケメンとは得なものですね。


「ルイーザ嬢……、ええ! それでは……ッ」


 あまり好かれすぎるのはいけないことかもしれませんが、このくらいは良いでしょう。婚約破棄するにしても円満な関係ではあり続けたい。

 なにせわたくしは公爵令嬢です。王族と不和になるわけには参りませんしね。


 それにしても、喜んで本を選んでいる彼がゲーム内でのSキャラにはあまり似ていないように見えてなりません。

 ゲームでは学園入学からスタート致しますし、もしかしたらこれからの人生で彼のあのSキャラ性格が構成されていくというのでしょうか。

 この可愛い少年が、あのSキャラに……。なんとも言えないもの悲しさがありますが、ゲーム性として同じ特徴のキャラが複数居るとわけが分からなくなりますしね。


「おや。兄上、それに……、これはこれはルイーザ嬢では御座いませんか」


 複数の本を抱えるアルバーノ様の背中を微笑ましく見つめておりましたわたくしの背後から少年の声がいたしました。


「ダンテ様。お久しゅうございます」


 ふんっ!

 と、偉そうに近づく小さな少年は、アルバーノ様そっくりのお顔をお持ちになっておりました。

 彼の名前はダンテ・ルークス。

 アルバーノ様の双子の弟にして、この国の第二王子にあたる御方です。


 ゲームでは優秀な兄に嫉妬する神経質な男性として登場し、主人公の優しさに触れる内に兄に嫉妬していた自身を恥じ、主人公と共にこの国を支える道を選ぶのです。あ、ルイーザはそのどさくさのなかで粛正されます。


 Sキャラの片鱗があまり見えないアルバーノ様とは違って、ダンテ様はすでに神経質で嫉妬深い性格を形成している御様子。

 第一王子であり兄であるアルバーノ様とその許嫁であり公爵令嬢でもあるわたくしの前だというのに、おかけになった眼鏡は直しても、小生意気な態度を直そうとはいたしません。


「ダンテ……、何の用だ」


「偶々ですよ、兄上。偶々書庫に用があったのですが、まさかお二人がデートされているとは思いもせず」


 王族がデートという言葉を使うのに違和感を感じるけれど、所詮はゲームの世界でありそれを楽しむのは普通の女性たち。完璧な貴族言葉で会話されては何を話しているのか分からないからなのか、この世界の敬語は若干おかしい気は致します。生活しなければいけないわたくしにとっては万々歳ですね。


「ルイーザ嬢におかれましても、流行病からのご快復誠に喜び申し上げます」


「勿体なき御言葉謹んでちょうだい致しますわ」


 ゲーム内でルイーザとダンテ様が直接絡むことはあまりありません。主人公に絡むシーンでダンテ様がお助けになられるといったくらいでしょうか。

 ですので、わたくしとダンテ様の関係性というのはあまり分からないのですけれど……。


「兄上が一向にお見舞いに来られず不安になられていたのでは?」


 好かれていないことは間違いないようです。


「ダンテ!!」


「如何されましたか、兄上。それにしても驚きですよ、普段からルイーザ嬢に会いに行くとなれば溜息ばかり零されていた兄上がまさか彼女を直接お招きになられるなんて。どういった心境のご変化で?」


 シバいたろうか、こいつ。


 ……って違う違う!


「ル、ルイーザ嬢! こ、これは違っ、その!」


 やはりアルバーノ様の性格はこれから学園入学までの間に培われていくものなのでしょう。ゲーム内の彼であればダンテ様のこの程度の発言はさらりと流されていたのですが。

 何と言い訳すれば良いか慌てるアルバーノ様をダンテ様がなんとも言い様だと言わんばかりの表情でお眺めになれている。


 ……やれやれ。


「アルバーノ様……、このルイーザ! 感激致しましたわ!!」


「え?」


「は?」


 頑張っている人を邪魔するなんて行為は絶対に許してはいけません。

 それがたとえ周囲から様々な悪意をぶつけられた結果だとしても、ダンテ様にはダンテ様の都合があったとしてもです。

 あと、わたくし自身の立場もありますので、ここは助け船を出すといたしましょう。


「溜息を零すほどわたくしと会うことを楽しみにしてくださっていただなんて! ああ……! これほど嬉しいことが御座いましょうか!」


 思わず固まる二人のお顔はさすがは双子であり、とても似ていらっしゃいました。告げてしまえば、お二人ともとても嫌そうな、そしてやはりよく似た表情をされるのでしょうけれど。


「なッ! い、いえ! たとえそうでも! 兄上は流行病で苦しむ貴女のもとへ向かうことすら!」


「何を仰います、ダンテ様。それは当然のことで御座いましょう? たとえわたくしが許嫁であろうとも、この国の未来を背負うのはアルバーノ様に御座います」


 昔のわたくしであればダンテ様の言葉を素直に受けてアルバーノ様に喚き散らしていたことでしょう。

 ですが、残念ながらわたくしはもう、わたくしではないのです。


「王は生きねばなりません。手が無くなろうと、足が飛ぼうと。頭さえ無事であれば人は生きることが出来ましょう。それと同様、国にとって王とは頭なのです、ダンテ様」


 いくら睨まれようとも、十歳の子どもに怯えるほどわたくしは子どもではありません。伊達に前世で大柄な男達に呼び出されて殴る蹴るの暴力を受けたわけではないのです。睨まれるだけであればどれだけ可愛いものか。


「アルバーノ様が選択なされたその道を、わたくしは誇りに思いますわ」


「ルイーザ嬢……」


 悪役令嬢と言われようとも、わたくしは、ルイーザは美人です。

 美人だからこそ、悪役令嬢として映えるのです。


 いまはまだ美人ではなく、美少女だとしても。

 自信溢れる美少女の笑顔に敵うものがどこにあるでしょう。


 それは、俺が一番良く分かっていることだ。


 申し訳ありませんわ、ダンテ様。


「くッ!!」


 一昨日来やがってくださいませ!!

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