第4話 許嫁とのご対面
十名の使用人が本日だけで気絶致しました。
犯人は何を隠そうこのわたくし、ルイーザ・バティスタです。
メイドに始まり、家庭教師、庭師、料理人そしてなにより執事の爺。
爺に至っては、気絶したまま心臓発作を併発してあわや大惨事に繋がりかねない結果となりました。
「今夜はもう大事を取って休んでも良いのですよ?」
「おぉぉぉ……!! お嬢様が……!! お嬢様がこの爺めになんとお優しい御言葉を!!」
「大げさな……」
「爺は……! 爺は信じておりました! いつかお嬢様が幼き頃のお優しき方に戻られると! 爺は……! 爺はッ!!」
「お願いだから泣き止んでちょうだい」
差し出したハンカチに爺の涙腺は破壊され、まるでアニメのような涙の滝を生み出しておりました。いったい爺の身体構造はどうなっているのでしょう……。
彼らの気持ちは分からなくはありません。
いままでのわたくしは、少しでも機嫌を損ねることがあれば彼らに当たり散らしていたのですから。お父様は別邸に近づくことはなく、お母様はわたくしの言うことを鵜呑みにしてしまうほどの溺愛っぷり。
この別邸に於いて、わたくしは小さな暴君でした。自分で言うのもあれですが、それがいきなり良い子になったのです。
しかし、何が何でも粛正エンドを回避しないとなりません。
このまま悪役令嬢一直線に突き進むはずがないではありませんか。あと、純粋に彼らを虐めるなんて胃が痛いですし……。
使用人たちの中では、流行病でわたくしはすでに他界しており、いまのわたくしは別人だ。とか、呪いによって性格が変えられた。とかあながち間違ってもいない噂が飛び交っているようです。
「爺のことは良いのです。それよりも、お嬢様……。本当にもう御身体は宜しいのですかな?」
「爺までお母様のようなこと言わないでちょうだい。もうすっかり大丈夫です」
「それはなによりで御座います。で、あれば明日は予定通り問題はなさそうですな」
「明日?」
明日って、……、何かありましたっけ?
ご令嬢になってみて分かったことですが、何も毎日好きなことをして生きていられるわけではなく、日々勉強やら習い事やらで忙しいのです。
記憶を取り戻してしまった影響で気を抜くと男言葉になってしまうため、こうやって頭の中でもできる限りルイーザとして演じているわけですが……。
「ほっほ、ご冗談を。明日はアルバーノ殿下とのお食事ではありませんか」
あれほど楽しみにしておられたというのに。
そんな爺の言葉はわたくしの耳には届きません。
そうでした……。
明日は月に一度、アルバーノ様がわたくしに会いに来てくださる日。流行病に倒れる前、わたくしが何より楽しみにしていた日……。
ですが、
形式上とはいえ許嫁が流行病で生死の境を彷徨ったというのに会いに来ようとしなかった王子様、か……。
確かゲーム内でも、ルイーザの一方的すぎる愛に王子は辟易していたはずですし。
これは、まったく楽しみに出来ない食事会になりそうです……。
とはいえ!
ここは最初の頑張りどころ! 悪役令嬢に異世界転生してしまう小説は、前世でたくさんありました。あえて読んだことはありませんが、それでもざっくりとした流れは知っています。
すっかり変わってしまった令嬢に興味を持ったイケメン達とのハーレムだったり、わちゃわちゃだったりエンドがよくある流れだったはず。
男に好かれたくなど一切ありません!!
ですが、あえて態度を悪くして粛正エンドまでの道のりをたどる必要もない。
つまり!!
わたくしが取るべき道はただ一つ!!
乙女ゲームではバッドエンディングの一種類として言われることもある、友情エンド!!
これを目指すのです!!
※※※
「お気になさらないでください。こうしてアルバーノ様とお会い出来ただけでルイーザは幸せなのですから」
ゲーム内でアルバーノ様は甘いマスクの裏に隠したSキャラとしてその地位を固めておりました。
誰にも優しい理想の王子様が自分にだけ向ける意地悪に数多くの女性が夢中になったとかならなかったとか。
とにかく、所謂腹黒キャラ? である王子様も、十歳という幼いころはまだまだ腹黒とは言えない、腹灰色程度の可愛らしさの持ち主です。
見舞いに来ることが出来なかったことを謝罪するアルバーノ様に、わたくしが先の言葉を告げれば、彼は予想外の返事だったのか、その可愛らしい顔をぽかんと呆けてしまわれます。
イケメンは
幼い頃は
ショタなのか
思わず一句詠んでしまいそうなほど可愛らしい顔とはいえ、一国の王子が見せて良い顔ではないでしょうに。
「アルバーノ様?」
「……あ。も、うしわけありません! ……ルイーザ嬢が、その、あまりに美しく見えたもので」
ゲロ吐きそう。
……って違う違う!
「まあ! アルバーノ様ったらお上手ですわ」
いくらイケメンだろうとも、いくら今は可愛らしいショタだろうとも、男に美しいと言われてもまったく嬉しくもなんともありはしない。
「本心を伝えたのですが……」
ああ……、落ち込む姿はさすがに心苦しいですが、小さな声で呟かれたその台詞を回収してあげるほどわたくしは優しくはありませんので、聞こえなかったことにしておきますね。
お食事と聞いて、大げさな晩餐会でも開催されるのかと冷や冷やしておりましたが、実際は、小さなテーブルを囲んでのお茶会のようなもの。
小さな、と言ってもそれは普段仕様に比べてであり。テーブルを挟んでいるだけのアルバーノ様との距離は二メートル以上離れているのですが。
「もしや、まだご気分が優れないのですか?」
わたくしが呪われているという噂がアルバーノ様の耳にまで届いているのだろうか。普段わたくしのことなど気にも留めない彼が心配してくださるなんて。
それとも、普段一方的に自身のことを話し続けるわたくしが静かにお茶を飲む様子があまりにも恐ろしいのかもしれません。
「ありがとうございます。ご心配をお掛けいたしましたがもう完治しております。もっとも……、お母様だけはまだ心配なようで自宅から出して頂けないのですが」
ここで小さく微笑むと、アルバーノ様も安心したように可愛くお笑いになられる。気をつけないといけないのは、彼の関心を引かなければいけないものの、令嬢とはかけ離れた行動を取ることで彼の関心を引きすぎてはならないということである。
我が儘な迷惑娘ではない。けれど、普通のご令嬢である。そんな立ち位置を目指さないといけない。
「でしたら如何でしょう」
名案だ。とばかりにアルバーノ様の顔がパッと輝きます。
「僕の城まで遊びにいらっしゃいませんか? ルイーザ嬢は大変な読書家だと聞いております。書庫には数多くの本が保管されておりますよ」
授業を受けただけで家庭教師が涙するルイーザが読書家なはずがない。きっとこちら側の誰かが必死でアピールしていた結果なのだろうけど……。
とはいえ、いままで一度も自宅へ直接は招待してくださったことがないアルバーノ様からのせっかくのお誘いである。
「勿論、楽しみにしておりますわ」
ここは、乗らないわけにはいかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます