第6話 はじめて
「ふぅ」
ため息を付き、キーボードから手を放す。
時計を確認すると、時刻は丁度6時。
「今日の仕事は終わりだ」
椅子から立ち上がり、部屋の扉を開け台所へ向かう。
冷蔵庫には目もくれず、買い置きしてあるカップ麺へお湯を注ぐ。
蓋に表記されている時間は5分。
短いようで長い時間、手持無沙汰な時間はどうでもいい思考を張り巡らせる。
毎日会社に行かなくなって、何年がたっただろうか。
残業でくたびれた身体にムチをうち、長い時間をかけて電車に揺られ出勤していた日々。
俺は、それが嫌いではなかった。
四角い箱にぎゅうぎゅうに詰められた人の表情を見ることが好きだったから。
希望にあふれた新生活を迎える者の顔、将来に絶望した中年の顔、なにに怒っているのかわからないが常にイライラした表情の者、人の数だけ表情があり、その表情について考える時間が好きだった。
文明は日々進化している。
今啜っているカップ麺についてもそうだ。
実にうまい、もはや有名店の味と遜色のないレベルだ。
評論家たちは店の味とはここが違う、などと豪語しているが、馬鹿舌の俺にはどこが違うのか全くわからない。
仕事に関しても、在宅で出来ることが増え、今では会社には週1度顔を出すか出さないかになっている。
文明の進化が加速するほど、人と人との関りは減っている気がする。
俺はカップ麺を食べ終え、ゴミ箱に捨てた。
自室に戻って椅子に座り、毎日のように付けているヘッドセットを手にする。
現実での人との関わりは薄くなった、でも人は1人では生きていけない。
だからこそ仮想現実に人との繋がりを求めるのだろうか。
そんなつまらない事を考えながら俺は<DAWN>にログインした。
……
『Welcome to the <DAWN>』
ログイン場所は決まってここ、初心者が集まるビギンの村だ。
そしていつもの場所、ワープポイントが一望出来る場所にある、階段の中腹に座る。
俺がこのゲームに求めている物は冒険では無い、人間観察だ。
このゲーム開始当初に比べればビギンの村の人口は減少した。
それでも新規参入者は毎日のように増えており、まだまだ活気にあふれている。
初心者の様子を見るのはとても面白い。
新しい世界での驚きや発見、新鮮な表情が観察できる。
お。
さっそく今日も初期装備、白いTシャツとショートパンツを見に纏ったプレイヤーがワープポイントから出現する。
白いストレートの長髪を風に靡かせた彼女は、赤い瞳を輝かせながら周囲をキョロキョロと見渡している。
すげぇよなぁ、初めてここに来た時は俺も感動して何度も周りを見たぜ。
自分が初めてログインした時の様子を彼女に重ねながら思いをはせる。
そんな時、2人のプレイヤーが彼女に対して近づいていく。
初心者救済か、いやあれは……。
簡素な皮鎧を身にまとい、斧と槍を装備した男女の2人組。
確か掲示板に晒されていたプレイヤーじゃなかったか?
逡巡している間に、彼女達3人は移動を始める。
方向は村の出口、恐らくはフィールドに出るのだろう。
初心者の新鮮な体験に水を差すのはあれだが、放っておくのもなぁ。
あの2人がそうとも決まったわけじゃねぇし、とりあえず付いてくか。
そう考え、俺はスキル《隠密》を発動させた。
……
「うわぁ……!」
暗闇が終わり、視界が開ける。
周囲の光景が目に入ると、驚きでつい声が出てしまう。
声を出してしまったことへの気恥ずかしさと、周りの光景への興味から周囲をキョロキョロと見渡す。
すごい。
友達にも事前に驚くよ、とは言われていたけれどここまでリアルのように感じられるなんて、本当に別の世界に来たみたい。
だが、あまりのリアルさに圧倒され、新しい世界に1人放り出されたような気分になり、不安感が押し寄せる。
マコが今日イン出来ればよかったんだけどなぁ。
本当ならば今日、このゲームを進めてくれた高校の友人と一緒に遊ぶ予定だった。
だが、急遽予定が出来たとかで今日は一緒に遊ぶことが出来なくなってしまったのだ。
しかし、本当に不親切なんだなぁこのゲーム。
『<DAWN>ってなぁんにも説明がないんだよぉ、手とり足取りおしえてあげるからね~いひひ』というマコの言葉が頭に流れる。
あんなこと言ってた癖に用事かよっ、だんだん腹が立って来た。
「どぅも〜、ぼけっとしているお嬢さんは初心者さん?」
予告なく背後からかけられた女性の声。
驚き振り向くとそこには大きな武器を背負った男女のペアがいた。
ぉー、アニメや映画でしか見た事ない格好!
おっと、感心してないで返事返事。
「あっ、そうなんです!
友達に色々教えて貰う予定だったのに急に予定が入っちゃったみたいで……」
「なぁるほどねん、何したらいいか分かんなくて戸惑ってるってところでしょ!」
独特な口調の女性は、白い歯を豪華に見せながら笑ってこちらを見る。
「このゲームは初心者にはちょっと敷居が高いからな、良かったら俺たちが簡単なことは教えようか?」
「いいんですか?」
「もちろんさ」
そういって肌の浅黒い長身の男性は手を差し伸べて来た。
ちょっとだけ、マコに悪い気がする。
でも先に約束破ったのはマコだし、教えてもらっちゃえ!
私は彼の手を取った。
……
「そういえば、あたしの名前はpoyonだよん、こっちのデカいのはねー」
「十三だ、初心者さんのお名前は?」
「あ、私はなつめです」
既に2人の名前は知っている、キャラクターの上に名前が表示されているからだ。
だが、自己紹介は一種のマナーとして<DAWN>に定着しているらしい。
自己紹介の後、PTの組み方とメニューについてを丁寧に教えてもらった後、次は戦闘の方法を教えてくれる、とのことでフィールドに向かっていた。
「それにしても、綺麗ですねぇ。
まるで別の世界に紛れ込んだようです」
村の景色は実に美しい、リアルではありえない光る果実や七色のホタルが飛び交い、幻想的な雰囲気を作り出している。
また、毎日見かける車などの機械が全く見当たらないことが逆に新鮮だ。
「なっちゃんはダイブ型ゲーム初めてなのん?」
「はい! ずっと欲しかったんですけどお金が足りなくて」
お小遣い、っていうと子供っぽいかな。
「ぉおーじゃぁまじ感動するでしょっ!」
「初めてってのはいいよなぁ、俺も記憶を消して、このゲームをやり直したいと思う事あるもん」
「んじゃぁこの斧で頭ぶっ叩いてあげようか?」
「記憶じゃなくて生命が消えるわ」
2人の掛け合いを眺めているうちに森が開け、広大な世界が瞳に飛び込んでくる。
「ぉお……!」
見果てぬほどの広大なフィールド、遠くには見事な山脈が連なっている。
平野部には遺跡の後なのだろうか、見たことのない文様が刻まれた巨大な石や崩れた建物などが見て取れる。
だが、私が一番に感動したことは空の広さだった。
所せましと高層建築物があふれているリアルの世界は空が狭い。
ここにあるのは精々が2階建て程度の高さの障害物、人生でここまで広い空を見上げたのは初めてかもしれない。
「すごいっしょ~」
「すごいです、poyonさん!」
「見事なもんだろ、<DAWN>の空は。だけどなぁ」
十三さんは背中から槍を取り出す。
「上ばっかり見てるとすぐにお陀仏だぞ!」
取り出された槍は投擲され、高速で私の顔の横をすり抜けていく。
「ひぃ!」
「はっはっは、動いてたら当たってたな!」
「な、なにするんですか!」
あれだよあれ、といって十三さんは槍を投げたほうを指を刺す。
「い、犬?」
「狼だよ!」
あれが、狼。
近づいて確認しようと思う前に狼は突き刺さった槍と共に消えてしまう。
「あれ、消えちゃいましたよ」
「倒せば消えるんだよ、ほらまた来たぞ」
「注意してみると名前が見えるよん」
名前? と思い狼をしっかりと確認する。
すると狼の頭上に文字が浮かんだ。
「《lv:02 ランドウルフ》って書いてあります》」
「ほらね、んじゃぁ倒してみよっかっ!」
「ぇぇ! そんな無茶振りな」
「なに、やられそうになったら俺たちが助けるよ」
「まずメニューを開いてアイテム欄から武器を装備するんだよん」
出来るかなぁ、と思いつつもメニューを開きアイテム欄を探す。
メニューの開き方はPTの組み方の際に学習済みだ。
アイテム欄には多数の武器が存在していた。
長剣、短剣、斧、槍、薙刀、鎌、弓などなど。
「うーん、どれを選べばいいんですか?」
「リアルで使ってるやつにしなよん」
「ないですっ!」
そういいながら、短剣を選ぶ。
料理ならたまにするし、包丁に近いもんね。
「おお、まさかなつみは軍人……!?」
「いや、殺人鬼かもよん!?」
「そんな訳ないじゃないですか!」
この人たちの指導で倒せるのだろうか…。
「それで、どうするんですか?」
「やればわかるよ!」
バン、と大きな音ともに背中を押される。
「ふぇっ」
変な声が出た。
ランドウルフは近づく私を敵と認識したのか、此方を睨みながら低い声で呻いている。
「無茶ですよ!」
「相手から目を晒すな、来るぞ!」
十三さんの言葉通りにランドウルフは此方をめがけて飛び出す。
ええぃ、こうなればやけだ!
目を晒すな、相手が突っ込んで来たタイミングを狙うんだ。
「今だ!」
掛け声を合図に手に持つ短剣を前に押し出す。
ずぶり、という音ともに短剣は開かれた口に突き刺さる。
その直後、ランドウルフは青白い光の粒子とともに消え去っていった。
リアルな手応え、肉を切り裂く感触、ランドウルフが消え去ってもそれは手に残っていた。
……ちょっと癖になるかも。
「ほらな、倒せたろ?」
「おめでとーん」
「もぅ、ビックリしましたよ」
「さ、ある程度レベルが上がるまでランドウルフを倒すぞ」
それからしばらくは2人の監督のもと、ランドウルフと戦った。
倒した数が2桁を超えた頃には私のレベルは3つ上がっていた。
「よーし、そろそろ良いだろう。
次はスキルとステータスにポイントを振り分ける」
「スキル?」
「そうだよん、それを振らなきゃ強くなれないからねん」
「<DAWN>では1レベル毎に3のステータスポイントと1のスキルポイントが得られるんだ。
ステータスはメニューの説明をした時に教えた通りだ、STR、VIT、INT、AGI、LUKの中から好きなものに振ればいい」
攻撃力とかその変に影響するだったっけ。
学校でマコによくきこーっと。
「ステータスも重要だが俺的に1番重要なのはスキルだ」
「これ次第で戦闘方法や移動方法がガラッと変わったり、武器防具の作成とか色々出来るからねん」
「スキルは大まかに2つに分かれる。
戦闘スキルと生活スキルだ。
まぁ、今回は効果の分かりやすい戦闘スキルだけ説明するよ」
「アイテムさえ集めればスキルの振り直しも出来るからねん。とりあえず今回は気楽に振ってみよ〜」
「戦闘スキルには4つの種類がある。1つはアクションスキル、これはスキル発動時に身体が勝手に動き出して攻撃する技、隙の少ない連続攻撃などがある、操作が苦手な初心者向けスキルと言えるだろう」
私はこれをとればいいのかな。
「次にアクティブスキル、自分の次の攻撃に特殊な効果を追加するスキルだ。中級者や熟練者が好むスキル」
熟練者、私はまだまだだろうなぁ。
「3つ目はパッシヴスキル、取っておけば常時良い効果が得られる、とはいえ効果が低いか発動条件が厳しいことが多い」
「そして最後にバフ、デバフスキル、これは一定時間強化効果、を得もしくは弱体化効果を得られるスキルで熟練者向けだな」
「うーん、難しいです」
素直な感想、情報量が多くてなかなか難しい。
「ま、今回は簡単に効果が分かるアクティブスキルを使ってみればいいよ、短剣のスキルなら三連撃、てやつが手堅く優秀かな」
「メニューを開いてそれにふってみよ~ん」
「スキルの最大レベルは10だけど、とりあえず今回は1だけ振っておきな」
言われるがままにメニューを開き、スキル一覧から三連撃を探す。
う、すさまじい量だ。まるで辞書を見ているかのよう……。
なんとか短剣のタブを開き、そこから三連撃を見つけ出す。
「振りました!」
「おし、じゃぁまたランドウルフで実験だ」
「これ、どうやってスキルを使うんですか?」
メニュー画面を確認するが、特に新しいボタンなどは追加されていない。
「単純さ、スキルを発動する、という意思を持ってスキル名を発するんだ」
なるほど、ちょっと恥ずかしいけど簡単だ。
標的であるランドウルフに向かってスキル名をつぶやく。
「《三連撃》!」
うぁ、身体が勝手に動く。
流れるような動きで標的であるランドウルフへ三連続の斬撃を加える。
「す、すごい」
まるで自分が剣の達人になったような感覚。
「スキルってすごいですね!」
「はは、そうだろう」
初めてのスキルの発動、自分が自分ではない感覚に心が躍る。
これ、楽しい!
「ねぇ、そろそろいいんじゃないのん」
そう思っていたとき、急に目の前にウィンドウが現れる。
PTが解散されました。
「え?」
そして次の瞬間、足を払われ、目の前に斧が突き付けられた。
「poyonさん……?」
「楽しかったでしょん、次の授業は死ぬことだよん」
笑顔、ただしその笑顔は醜悪。
「簡単に殺すなよ、poyon初めては、ゆっくり味合わないと」
十三さんの顔は笑っていない。
「え、なんですかこれ、どっきりですよね……?」
首もとに刃を突きつけられる感覚、これはゲーム、わかっているのに震えが止まらない。
「あはははははは、その表情! いいね! 最高だよ!」
なでるように斧が首筋を切りつける、感じるのはシステムによって抑えられた微かな痛み。
だが、痛みは痛みだ、ほんの僅かな痛みでもこの先に待つ死の恐怖は増長する。
「ダイブ型ゲームに慣れた人ってのはさ、死ぬのに慣れちゃうんだよ。
その点、初心者ってぇのは反応が新鮮で殺しがいがある!」
「あたし達はその新鮮な表情が見たくてこうしてるってわけ!」
嘘だ、嘘。
そんな、さっきまで優しかった人がどうして。
「あははは、その裏切られたって表情最高よん!」
斧が数度振られ、私の身体に徐々に傷をつけていく。
「前にも言っただろう? 初めてってのはいいもんだってな!
とどめは俺にやらせろよpoyon、説明はり切ったのは俺だぜ?」
「しょうがないなぁ」
そういって彼女は斧を下げる。
「なぁんていうと思ったぁん!」
下げられた斧は勢いを付け目の前に迫る、アァ、コロサレル。
風圧さえ再現しているリアリティを疎ましく思った。
「させるかよ」
聞き覚えのない声と同時に金属のぶつかり合う音が響く。
視界には緑。
緑のマントに覆われた短剣使いが斧を弾いていた。
「あははははぁ、なぁにおじさん正義マン?」
「2体1で勝てると思ってんのかぁ」
「やってみなくちゃわからねぇだろ?」
ふふ、格好いいな。
リアルでは見たことない、正義の味方。
こんなところで見るなんて思ってなかった。
……
「わりぃ、格好つけて出てった割にすぐやられたわ。
おじさん、そんなレベル上げてなくてよぉ」
死に戻ったビギンの町のワープポイントで、うつむく少女に声をかける。
「……」
はぁ、だめだったか。
引退しちゃうかもなぁ、この子。
ダイブ型ゲームでの死は恐ろしい、特に初回の死がトラウマになるなんてのは多くある話だ。
さらに、それが信じていた相手に裏切られた末のPK、なんてものであればトラウマになることは間違いない。
ダイブ型ゲームでに死に対し、PTSDを発症し二度とタイブ型ゲームを行うことが出来ない、なんてのも少ない話ではない。
リアりティを追求しすぎた弊害なのだろうな。
「嬢ちゃん、大丈夫かい?」
俺には慰めることしかできない。
自分の無力さに腹が立つ。
もう少し、強くなっておくべきだった……。
「むかつく……」
え?
「あいつら……いつか絶対ぶっ殺してやる!」
今なんつった?
「じょ、嬢ちゃん?」
「おじさん、名前教えてください!」
「お、俺か? 俺はデニスって言うもんなんだが」
「名前何てどうでもいいや! おじさん、レベル上げの場所教えてください!」
な、聞いといて失礼な。
最近の若者は礼儀が成ってねぇな。
歳しらねぇけど。
「おいそりゃね」
「いいから教えて! あ、フレンド登録しますね!」
フレンド申請音が鳴り響く。
「お、おい」
「ほーらー、さっさと教えてください!」
「分ぁったから落ち着けって……」
「よーし! 今日は朝までレベル上げですよ、一緒に!
ビックリするほど強くなって、あいつら絶対殺してやるんだから!」
「お、俺も付き合わされるの?」
人にはそれぞれの考えがあり、たまには俺の想像の斜め上をいく結果になる事がある。
だから人間観察は面白い。
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