第5話 心と身体

 一日の終わり際、ベッドに寝転び、いつものようにヘッドセットを着用しようとし、昨日の出来事が頭によぎる。


『その、俺ずっと前からLenathさんが好きでした!』


 彼と出会ってからもう1年になる。

 <DAWN>での時間のほとんどを彼と過ごしていた。

 だが、まさか告白までされるとは……。


 結局昨日は、告白に驚いてそのままログアウトしてしまった。

 失礼なことをしてしまった、謝らなければ。


 でも、謝ってどうする。

 このままの関係を維持できるのか、いやそんな訳はない。

 そもそも、自分はこの関係をどうしたいのだろう。


 ゲームだから、こんな事にはならないとタカを括っていた。

 

 真剣な表情の彼の顔が思い浮かぶ。

 こちらも真摯に向き合わなくてはならない。

 どんな結果が待っているとしても、言わなくてはならない事がある。


 そう覚悟してヘッドセットを身につけた。

 


……



『Welcome to the <DAWN>』


 暗闇を抜けると目の前には美しい噴水。

 いつもの日課で水面に顔を移し、自分の姿を確認する。

 輝くような金の頭髪、白く張りのある肌。

 そして、深い緑の大きな瞳を持つ少女。

 現実世界では決して着ることのできない、フリルの付いた水色のワンピースを身に付け、くるりと回る。

 今日も可愛い、<DAWN>の私は理想の姿だ。


 恒例行事を終えて一息つく。

 やっぱり、今日はメッセージこないなぁ。


 彼はいつも私より先にログインしている。

 そして私がインした時には必ずメッセージを送って来ていた。

 

 フレンドリストを開き彼の名前を確認、やっぱりログインはしている。


 私からメッセージを送ろう。

 緊張で震える手で『話があります』と入力。

 だが、どうしても送信ボタンを押す事ができない。


 私はため息を吐き、メッセージウィンドウを閉じた。

 

「やぁ、Lenath 」


 俯く私に頭上からくぐもった声が掛けられる。

 黄金に輝く全身鎧を見に纏った顔の見えないプレイヤー、顔は見えずとも、私の知り合いにこんな格好をする人は1人しかいない、真希さんだ。


「真希さん、こんにちわ」


 真希さんと知り合ったのは半年ほど前だ。

 それは、彼の思いつきの一言『今日はちょっと違うところでレベル上げしてみようよ!』という言葉が発端で、いつもと違う狩場に赴いていた時の話。

 見慣れないモンスターに倒されそうになっていた私たちを、ギルド<自由落下>が通り掛かり、助けてくれたのだ。

 それ以来、<自由落下>の皆さんとはよく行動を共にしている。

 

「珍しいな、今日はクラウドと一緒じゃないのか」

 

 真希さんから彼、クラウドの名前を聞いた途端に目から涙が溢れる。


 感情を読み取り、キャラクターの表情にリアルタイムで反映される<DAWN>では涙を隠すことは出来ない。


「あ、ぇぐ、今日は、その」


「なかにあったのかな? 

 真希さんでいいなら、話聞くよ」


 真希さんからの優しい言葉に私の涙腺はついに欠した。


「とりあえず、場所を変えようか」


 人目も憚らず大声で泣く私に対し、動揺もする事なく真希さんは<自由落下>のホームへと案内してくれた。

 

 <自由落下>と知り合ってから半年ほどになるが、ホームへ招かれたのは初めてだった。

 様々な外見の建物が散立している、統一感のないギルド専用の集合住宅。

 その中の1つ、二階建て位の高さで、石を組み上げて作られた円錐型の塔が、彼らのギルドホームだった。


 中に入るとそこには数多くの鎧が並べられていた。

 

 鎧大好きな真希さんらしい。


 私が落ち着くまでの間、飾られている各鎧の特徴や実際に存在していたら大体何年前の物なのか、鎧にまつわる話や思い出などを話してくれたが正直半分も、いや1割も理解は出来なかった。


 それでも、落ち着くまで別の話題で気を紛らしてくれる真希さんの優しさは伝わった。


「それで、クラウドと何かあったのか?」


 ひとしきり鎧の説明が終わったあと、本題に入る。


「実は、その、クラウドに告白されたんです……」


「あー、そっちか。すまん、素面で恋愛話は出来ん」


 酒とってくる、といって真希さんはすぐさま簡易ログアウト。

 簡易ログアウトは、10分までなら同じ場所にログイン出来る<DAWN>の機能であり、トイレや飲食に利用されている。


 そう言えば、前に真希さんに相談した時もお酒飲んでたなぁ。

 あの時に私の秘密も打ち明けてしまった。

 不思議となんでも話せる人なんだよね、真希さん。


 以前に相談した時のきっかけは、クラウドがよくリアルの事を聞いてきてどうしたら良いだろうか、という相談だった。


 『真希さんもリアルの事は話したくない事が山ほどある、恥じる事はない普通の事だ。

 クラウドに素直に言いたくないと伝えるんだな、それで理解出来ないような奴ならそこまでの奴だ、長く付き合う価値もない』


 その時の真希さんの回答を思い出す。

 ……今思うとなかなかの極論な気がして来た。

 でも、結局それをクラウドに伝えた事で良い関係が続けてこれた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


「それで、告白されたって?」


「はい。でもその、真希さんに以前話した通り、私には彼に伝えていない秘密があるので……」


 真希さんは考え込むような素振りをする。

 兜に覆われその表情は分からない。


「Lenathは、クラウドをどう思っているんだ」


「私は……」


 どう思っているんだろう。

 彼と一緒に入れば楽しいし、リアルの事を忘れてはしゃぐ事が出来る。


「私は、いえLenathはクラウドの事が好きなんだと思います」


 <DAWN>でクラウドと、冒険をして来たLenath。

 彼女は間違いなくクラウドのことが好きだ。

 

「クラウドも、Lenathの事が好き。

 そうなんです、顔も名前も知らない私の事じゃない。

 彼はきっとLenathに恋をしてるんです」


 私とLenathは同じようで違う。

 たしかにLenathを操作しているのは私だ。

 それでも、私とLenathは違うのだ。


「外見がそんなに大事か?」


「心と体は切り離せません、私はLenathというキャラクターになり切ってプレイをしている。

 <DAWN>でのLenathとリアルの私は別人なんです」


「だが、それも君の一部だろ?」


「でも……」


「たしかに、<DAWN>での自分と、リアルでの自分は違う。

 真希さんだってそうだ。だが、それはリアルでも同じさ」


 リアルでも、同じ?


「家族との顔、会社での顔、友達への顔、それらはすべて違うだろ?

 だが、どんな顔でもそれは自分だ」


 たしかに、そうかもしれない。


「恋人への顔だってあっていい。好きな人に、自分のすべてを晒さなければいけない決まりなんてない」


「それでも、私の秘密を抱えたまま、付き合う事は出来ません」


 真剣な彼を騙すようなことは出来ない。

 これだけは、譲ることが出来ない。


「なら、簡単だ。秘密を打ち明ける、それしかない」


 結局はそこに行きつく。

 だが、覚悟が出来ないのだ、傷つく覚悟が。


「君の秘密を打ち明けて、クラウドがどう思うかはわからない。

 だが、君はこれからもクラウドと一緒にいたい、そうだろう?」


「……そうですね、彼のいない<DAWN>なんて、考えられない」


 今日思い返したすべての事、この世界でのすべての思い出にクラウドが関わっている。


「この世界は、時折重いを選択を迫ってくる時がある。

 選択から逃げることも出来る、だが逃げた先には絶対に理想の結果は待っていないだろう。

 どのような結果が待っているとしても、理想の結果は立ち向かった先にしかありはしない!」


 アルコールの効果だろうか、真希さんの声には熱が籠る。


「行ってこい、Lenath!

 結果がどうなるかなんて誰にもわからん!

 全てを伝えた上でどうなるか、流れに身を任せるのもまた人生だ!」


 結局のところ、最初から道は一つしかない。

 秘密を打ち明ける。

 逃げることも出来る、だが望みの結果は得られない。

 

 正直、私が本当にどうしたいのかはわからない。

 でも私がどうしたいか、以前にクラウドが受け止めてくれるかが分からない。

 であれば正直にすべてを話し、そのうえで結果を受け止めるのが最善なのだろう。


「ありがとうございました、真希さん」


 覚悟は決まった。

 『話があります』とクラウドへのメッセージを打ち込む。

 手は震えている、だが今度は送信ボタンを押すことが出来た。


「私、行ってきます!」


「あぁ、がんばってこい! ひっく!」



……



「くそ、死んじまった」


 デスペナルティによりギルドホームに戻される。

 そこには見慣れた鎧……と、その横に倒れる黄金の鎧。


「おーい、何してんの真希さん」


「ん、あぁハイド……か。ふあぁ、誰かと話をしてた気がする……」


 あぁ酒飲んでるのか、真希さん、酒飲むとすぐ寝るし記憶が飛ぶんだよな。


「寝る……」


 そういって間髪入れずにログアウトしていった。



……



「昨日は本当にごめんなさい!」


「いや、俺こそ急にあんなこと言ってごめん」


 忘れてほしい、とクラウドはつぶやく。

 忘れる事なんて出来ない。


「あのね、私クラウドにずっと隠していたことがあるの」


「隠していたこと?」


「私、その、本当は……」


 勇気をだせ! 伝えるんだ、真実を!


「男なの!」


「…… 」


 クラウドは顔を伏せる。

 当たり前だろう、自分が好きだとまで言った人が、実は性別を偽っていたのだ。

 謝ろう、これでこの関係は終わりだ、私がいけないんだ、最初から伝えていれば……。


「それでも……それでもいい!」


「え?」


「俺は、Lenathが好きなんだ! 性別なんて関係ない!」


「クラウド……」


 予想外の返答に反応が出来ない。


「好きだ、Lenath! これからもずっと一緒にいてほしい!」


「私も、クラウドと一緒に居たい!」


 とっさに出た返事は、私の心からの言葉だった。



……



 西暦2078年、ダイブ型ゲームのプレイヤーに対しアンケート調査が行われた。

 そのアンケートの中に、本来の性別とは異なるキャラクターを作成した事があるかという質問があった。

 はい、と答えた者は4割を超えていたそうだ。

 その質問にはい、と答えた人限定の質問で、異性のキャラクターをロールプレイした事があるか、と言う質問へのはい、の回答は約2割り。

 そして、そのキャラクターにのめり込み、同性愛に目覚めた事があるか、との質問もあった。

 その問いにはい、と答えた者はなんと8割りに登ったそうだ。


 心と身体を切り離す事は難しい。


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