第4話 始まり
『Welcome to the <DAWN>』
360度を闇に包まれた空間。
耳元で囁かれるどこか冷たい女性の声。
声が終わると視界が開け、見慣れた無数の西洋甲冑が目に入る。
ここは俺の所属するギルド<自由落下>のギルドホームだ。
さぁて、今日は何をするか、と考え始める前にメッセージの着信を知らせる音が3度続けて鳴り響く。
ミミ:おはようにゃ
ミミ:はやくきてにゃ
ミミ:遅いにゃ
何が遅いだ、今インしたわ。
と中空に開いたメッセージウィンドウを見てつぶやく。
<DAWN>では基本的には会話でコミュニケーションを取る方式だ。だが、遠距離の相手に対しては短文でメッセージを飛ばすことしかできない、これに対して文句を言うプレイヤーも少なくはないが俺は肯定派だ。
ソロで遊びたいときに耳元で延々と喋られるのはごめんだからな。
ハイド:今日はソロでやる
今日の気分はソロでレベル上げ。
だが、メッセージを送った直後にPT申請の通知が来る。
はぁ、こうなったときのミミは拒否しても何度も申請を飛ばしてくるんだよなぁ。
俺は諦めてPT申請を受諾した。
……
ギルド専用の集合住宅地から少し西に進んだ所、大きな噴水が中央にある公園。
噴水広場の通称で知られるそこには多くのプレイヤーが集まっている。
その中によく見知った顔が2つ。
「遅いにゃっ」
「幽霊が出た」
待ち合わせ場所について早々に噛み付いてきたのは、猫耳を頭につけた茶髪のプレイヤー、ミミだ。
Tシャツにショートパンツ、皮でできた小さな鞄を幾つも身につけたその装いは盗賊といった風態だ。
ちなみに取ってつけたような語尾と猫耳はロールプレイの一環だそうだ。
「いや最速で来たっての」
「鎧の幽霊が出た」
「真希さんは何言ってるの?」
頭部全てを覆い隠す兜の隙間から、くぐもった低い声でよく分からないことを話す人物、真希さん。
名前は女性のようだが、中身もキャラクターも男である。
長身の彼は、頭だけではなく全身に黒い鎧を纏っており、背中には鉄塊のような巨大な剣。
我らがギルド<自由落下>のリーダーであり、無類の鎧フェチだ。
ギルドホームに置いてある無数の甲冑も全てこの人の所有物である。
「なんかにゃ、ビギンの村の近くにあるダンジョンの最奥で幽霊が出るんだって、噂だけどにゃ」
ミミが説明を補足してくれる。
「鎧着てるんだって幽霊」
真希さんの方からは金属のぶつかり合うカタカタとした音が響いてくる。
貧乏ゆすりはやめなさい。
「だからギルドでいこーって話にゃ」
<自由落下>は主に探検をメインにしたギルドだ。
探検、と言ってもワールドクエストクリアを目指すだけではなく、噂話の検証や、新マップの探索、新アイテム集めなど何でもやっている。
この世界を楽しむ、以外の決まりはないゆるいギルド。メンバーは総勢3人、俺とこの2人だけ。
「ビギンの村って始めてインしたときの街だよな?」
久しく行ってないなぁ。
「そっ!
そこの近くのダンジョン《夢の始まり》ってとこ。聞いたことあるかにゃ?」
「げ、そこの最奥ってあれじゃん、たしか何も無いのにモンスターだけはバカ強い所」
「らしいね、うちは行ったことないんだけどにゃ。
ダンジョンの名前も、最奥に何も無いってところもいかにも怪しいって感じじゃないかにゃ?」
「早く行こ」
確かに、とミミの話に頷いているところを真希さんに急かされる。
「ま、どの道移動の際にも喋るしな」
俺がそう呟くと3人の今日の冒険が始まった。
……
「懐かしいにゃー、昔はここを拠点にレベルあげたよねっ」
ビギンの村、森の中に存在するその村は<DAWN>を開始した時にプレイヤーが目覚める場所である。
巨大な木々をくり抜いて家として使用しているこの村は、電球代わりに発光する果実が使用されていたり、7色に光る虫が飛んでいたりと、いかにもファンタジーといった様相である。
初めてログインした時、この村の姿に目を輝かせ自分は別の世界に来たんだ、と感動したのを思い出す。
「あの時はスキルが揃ってなくて苦労したなぁ」
「同じく」
と真希さんもうなずく。
「それは2人が変態ビルドだからだにゃ、うちは快適だったにゃ」
自由度の高いこのゲームではスキルの振り方次第で大きく強さが変わる。
ミミは序盤中盤終盤、どれも無難にこなせる万能より。
対して俺と真希さんは終盤に強さを発揮する特化型だ。
lv84に到達した今でこそ、それなりの強さを発揮できているが、序盤はそれこそ悲惨だった。
まぁ、そのお陰でミミや真希さんに会えてギルドに参加することになったわけだが。
「《夢の始まり》って遠いんだっけ?」
「大体30分くらいだったはず」
「まぁまぁかかるな」
「近い方にゃ」
「トイレ」
いてらー、と声をかける前に真希さんは簡易ログアウト。
<DAWN>での移動は一部のスキル所有者を除き、基本的には徒歩である。
瞬間移動もあるのだが、それは極一部に限られている。
具体的には拠点、と呼ばれる街や村間の移動。
フィールドから拠点への一方通行の移動。
この2点のみ。
ちなみにフィールドでログアウトした場合や、死亡時には強制的に登録した拠点に戻される。
そのため、遠くに行く際には一日をかけて移動しなくてはならない。
いやむしろ1日ならばまだマシだ、酷い時は数日、それこそ数週間に渡って街に戻れない時もある。
そういった時には簡易拠点、と呼ばれるフィールドの一部を拠点扱いにするアイテムを使うのだがこれもまた不親切。
簡易拠点は定期的にモンスターに襲われるため、防衛人員を置かなくてはならない。
破損箇所は資材を利用して修復しなくてはならないし、アイテム保持量には限界があるから資材もストックしておけない。
その他にもまだまだ困難な点は挙がる。
だが、だからこそ新たな拠点を発見したギルドは英雄扱いされるのだ。
「ただいま」
真希さんが戻ってくる。
「じゃぁ行くか」
『おー!』
2人の声が重なった。
……
緑の光る苔に覆われた薄暗い洞窟。
3年前、初めてビギンの村に来た時であればさぞ苦戦していたであろう無数のモンスター達を、一撃で倒しながら進んでいく。
「なぁ、幽霊ってどんなの?」
「鎧を着ているらしい」
それはもういいよ真希さん。
「某匿名掲示板によれば鎧の男だった、ボロい服だった、初期装備の女だった、知り合いだった、なんてとにかく話にまとまりがない感じにゃー」
「なんだそれ? 共通点はないのか?」
「共通点は一つだけ、理解出来ない言葉を話していた、それだけだにゃ」
「理解出来ない言葉? それおかしいだろ」
ダイブ技術は脳に直接影響を与える技術だ。
脳波を読み取り、または脳に直接電気信号を与え、様々な現象を実際に起きている、と錯覚させている。
言語に関してもそうだ、ダイブ型ゲーム標準搭載の機能としてマルチ言語対応、と言うのがある。
脳にある言語野を読み取り、そこに最適な電気信号を与える事で、どのような言語であってもリアルタイムで翻訳効果が得られると言う機能である。
「そうなのにゃ。だから幽霊、もしくはバグなんじゃ無いの、って噂が立ってるんだにゃ」
群がる雑魚を一掃しながら進む。
お化けか、仮想世界にお化けなんて出るのか?
いや、ありえない話では無いか。
某掲示板では書き込み元のPCが無いのにも関わらず、どこからか書き込んでいた自称幽霊の話しがある。
死者から電子メッセージが届いた、なんて話やSNSで死んだはずの人物が呟いた、という話がある。
開いたら画面から幽霊が出てくる、なんてホームページの話もある。
そもそもが、現実世界でも幽霊とは実態がない存在だ。で、あればもともと実態のない電子空間との相性は悪くないのではないか。
そう考えると周囲の空気が冷たく感じる。
いやいや、さすがに幽霊はないだろ。
と自分に言い聞かせ歩みを進めた。
洞窟は進むにつれて徐々にその外観も、出てくるモンスターも変わっていった。
「《lv:68 ガーゴイル》か、完全に初心者向けじゃねぇな」
ボコボコとした岩肌だった洞窟の先は、白い大理石で出来た神殿のような空間。
大理石と岩肌の境目あたりに鎮座した2体の悪魔を象った黒い石像。
その上にはモンスターであることを示す名前が浮かんでいた。
「ま、今のうちらなら余裕にゃ!」
と、ミミが意気込み爪を構えた瞬間、聞こえてくるのはスキルの起動音。
「《重撃》」
真希さんが常用するスキル。
自身の装備重量が重いほど威力を増す一撃がガーゴイルを2体同時に切り裂いた。
「早く行こ」
真希さんは空気が読めない、というかわざと読んでない。
白い神殿のような空間に入ってから、モンスターの強さは加速度的に跳ね上がった。
「ミミ、攻めすぎだ!」
負傷したミミに対しHP回復効果のあるポーションを使用する。
「ごめん! 助かったにゃハイド!」
目の前に居る相手は《lv:98 デーモンロード》
既にカンストしている真希さん以外にとっては格上の相手。
レベルの足りていない俺とミミにとっては驚異的な存在、回復アイテムを使用しながらも必死に食らいつく。
「《重撃》」
真希さんのスキル発動と同時に崩れゆくデーモンロード。
スキルのディレイタイムである15秒おきに放たれる真希さんの一撃が、残りわずかなHPのデーモンロードにトドメを指した。
「思った以上にきついにゃこれ!」
「油断したら死ぬわ」
「きついな」
各々が現状についての愚痴を零す。
周囲の風景が白堊の神殿に変わってから早1時間。
周囲のモンスターの平均レベルはすでに90を超えていた。
「そろそろゴールじゃないとうちしんどいにゃー」
「さすがにそろそろ最奥だろ」
ドロップアイテムを回収。
残念ながらここに来てから1度もレアアイテムは手に入れていない。
「ミミ、ハイド、ゴールが見えてきたぞ」
若干上ずった声の真希さんは、神殿の奥を指さす。
その方向には今までとは異なる雰囲気の開けた空間があった。
そこは円錐型の部屋で、この世界の神であろう人物を象った石像が壁の周りに何体も配備されている。
部屋の中央には祭壇、この神はすでに信仰されていないのか、そこにはお供え物はない。
「幽霊どこにゃっ」
「鎧どこ」
目的のものは同じはずなのに呼び方が異なる二人の声が重なる。
「所詮は噂ってことかな」
周囲を見渡すが、幽霊はおろかプレイヤーやモンスターの反応もない。
あるのは不気味に佇む石像だけ。
戻ろうぜ、と声を掛けようとした時、背後に気配を感じ振り返る。
「‰$√仝§∃∬」
「うぉ!」
いた。
複数のキャラクターが高速で入れ替わりを繰り返し、重なり合ったような姿に見えるそれは、確かに理解の出来ない言葉を発している。
「どうしたにゃ?」
「いた! そこ!」
「いや、そこ壁じゃん。さすがにそんな子供だましじゃ驚かないにゃ~?」
見えてないのか?
「真希さん見えるよなっ?」
「ハイド、頭大丈夫か?」
2人の態度はいたって平常運転、俺を騙しているような雰囲気は微塵も感じられない。
背筋に悪寒が走る。
まじか、まじで幽霊なのか?
叫びを上げて逃げ出したい気持ちにかられる。
だが、これはゲームだ。と自分に言い聞かせ踏みとどまる。
ただのバグ、そうこれはバグだ。
近づいて確認しよう、正体さえわかれば恐怖は消える。
「ハイド、ミミ! 構えろ!」
そう思った直後、背後からは真希さんの叫び声。
「あ、悪い死んだ」
叫びと共に上がるのは地を殴りつけるような轟音。
間髪おかずに真希さんは絶命宣言。
真希さんの命を奪った相手は《lv:100 オーバーデーモン》
巨大な体躯を持った悪魔系最上位の1体であり、その体躯を生かした物理攻撃主体のモンスター。
広いところに誘い込んで戦うのが常套手段のこいつに対し、この場所はお世辞にも十分とは言い難い。
幽霊に立ち向かうと決めたタイミングでの襲撃。
内心で舌打ちをする。
「ミミ! 時間を」
稼いでくれ、と言おうとしたところでメッセ―ジが鳴り響く。
ミミ:ごめん、死んだにゃ☆
おい、くそあの野郎!
そして衝撃、視界が目まぐるしく動く。
吹き飛ばされたのか!?
HPを示すゲージは残り僅か。
ゲージの下に浮かぶ全身の負傷を示すアイコン。
身体を動かすことが出来ない。
詰んだ、と思い身体に力を籠めるのをやめ、目をつぶる。
「*&%+@。。*§」
オーバーデーモンの攻撃よりも先に不気味な声が、聞こえた。
目を開けば鼻先が触れ合うほどの距離に顔。
ゲームのキャラクターを切り替えるように幽霊の顔が次々と高速で入れ替わる。
そして1人のキャラクターでそれは止まった。
「¶*ΘΞΣ§°」
その直後、振り下ろされた悪魔の拳により、俺のHPは0になった。
……
「結局幽霊いなかったな」
「つまんないにゃー」
先に死んだ2人は甲冑の並んだ部屋で雑談中であった。
「あ、お帰りにゃっ」
俺は少し遅れてギルドホームに転送される。
「ハイドは演技が下手だな」
あれは演技じゃない、と言おうとしたがやめておいた。
あんな出来事、説明しても信じてはもらえないだろう。
「ちょっとはびびれよ」
「あれはうちですらビビらないにゃっ」
「あれじゃぁな」
2人ともに馬鹿にされるが不快な感覚は抱かない、ギルド結成当時からこいつらはこんな感じだ。
「さて、真希さんは寝ます」
「うちも寝るにゃー」
返事を待つこともなく2人はログアウトしていった。
名残惜しさなんてものはない、どうせ明日もここで会う。
1人になったギルドルームで考える。
幽霊の顔、あの顔なぜか懐かしさを感じた。
絶対に見たことはない、あったとしても見かけた程度で記憶には残っていない。
それと最後の言葉、理解は出来なかった、だが何となく言っていることが分かった。
『お前は俺だ』
「《夢の始まり》か……」
日本には付喪神という物がある。
長く使った物には魂が宿る、とされる考え方だ。
長く使った物、それはもしかしたらキャラクターにも適応されるのでは無いだろうか。
プレイヤーの化身として、長い間ともに冒険をして来たキャラクター、あの幽霊はそういうものの集合体なのでは無いだろうか。
引退した、あるいは何かがあって亡くなったプレイヤー、ログインされなくなったキャラクター達はかつての冒険、夢を求めてあそこに集まった。
「ふふ、我ながらロマンチストだな」
どう考えてもバグだろ。
真相はどうあれ、多分もうあそこには行かない。
怖いからね。
俺はログアウトボタンを押した。
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