第3話 不穏な噂
<DAWN>で実際に死んだ奴がいるらしい。
この噂が<DAWN>にで始めた正確な日付は分からない。
だが、少なくとも<DAWN>がネットの海に現れてから半年程度の時期には、この話は一部のプレイヤーの中で噂になっていた。
その頃の噂では明確な死因などは挙げられておらず、ゲームに熱中しすぎた者が食事を取らなかった事による栄養失調、もしくは長時間プレイによる過労死か何かが噂の出所だろう、と殆どの者が思っていた。
先日、某匿名掲示板にその噂に関する新しい情報が書き込まれた。
名前表記のバグったモンスターに殺されたプレイヤーが2度とログインできなくなったらしい。
話では現実世界で死んだとか。
<DAWN>は極めて異質なゲームで、これまでバグらしいバグはただの1つも報告されていない。
それ故に、死ぬという内容も、バグがあるという話も信じがたいこの噂。
ほとんどの物は嘘だと疑わなかった。
……
「何だこいつ? このエリアにこんな奴が出るのなんて初めてだよな」
周囲を岸壁に囲まれた色とりどりの花が咲くフィールド、ここは俺たちがいつもレベル上げに利用している狩場。
出現レベルは高い割にモンスターが弱く、さらには余り人に知られていないのか、モンスターの競争率も低い穴場だった。
ここを狩場として利用し始めてから2週間が経ったある日、いつものフィールドにはいつもとは違うモンスターが現れた。
モンスターの頭上に記された名前は
《l§:9? エク※‰ア》
表記がバグっており、読む事ができない。
見かけない名前とは異なり、外見はこのエリアにいつもいる大型のハナカマキリのようなモンスターと同じ。
「レアモンスターなんじゃね」
俺は話しかけながらPTメンバーのラティスの方を向く。
「あれ、ラティスどうした?」
ラティスの顔は青く、怯えている様子だった。
「おいジキル。あれはやべぇかも、逃げようぜ」
彼とはリアルでも長い付き合いの友達だ。
ガキの頃から好奇心旺盛で、怖いもの知らずなラティスからこんな言葉が出るのは初めだった。
「なんだよ、名前がおかしいだけだろ。
それともバグが感染るとでも?」
「そうじゃない、噂を知らないのか?」
噂、そういえば聞いた事がある。
そうだ、名前がおかしいモンスターに倒されると現実世界でも死ぬっていうふざけた噂だ。
「おいおい、あんな噂信じてんのかよ。
ゲームで人が死ぬ訳ないだろ」
馬鹿馬鹿しい。
俺はラティスの話を笑い飛ばしそのモンスターに近づいてく。
「大体、その噂が本当だとしてもあいつ何体狩ったと思ってんだよ、負けねぇって」
2週間のうちにあのモンスターの討伐数は3桁を超えた。散々倒したモンスター、今更負ける訳がない。
「おい! マジでやめといたほうがいいって!」
どうなっても知らねぇぞ! と後ろから大きな声が聞こえて来る。
びびりすぎだって。
笑いながら、いつもの様に剣を構える。
「《神速剣》」
最近会得したスキルを発動し、高速の連撃を放つ。
《神速剣》は剣装備時の攻撃速度を一時的に上げる事ができるスキルだ。
スキル効果による高速の斬撃は、正体不明の敵のHPゲージを凄まじい速さで減らしていく。
これで終わり!
ゲージは残りわずか、最後の一撃が相手を切り裂く。
はずだった。
「は?」
ゲージの指し示すHPは0、だがモンスターは倒れない。
「おい、なんだよこれおかしいだろ」
HPが0になってから3度の斬撃を加える、だが倒れない。
「マジでバグってんなおい」
「逃げろって! ジキル!」
倒せねぇならしょうがない、戦っても倒せねぇなんて旨味がない。
「はいはい」
そう言ってモンスターから距離を置こうとした瞬間、異常は起きた。
「え…何こいつ」
突如モンスターの肉体が隆起する。
背中を突き破り現れたのは白き翼。
異変は背中だけには留まら無い、徐々に盛り上がる肉体は昆虫の特徴を残しつつ、人間のような形を造り出した。
「天使……?」
背筋が凍る。
言いようない不安感が押し寄せる。
「ジキル!」
翼の生えた人間、シルエットはまさに天使。
だがその肉体の所々には昆虫の残滓が残る。
不完全さは恐怖を呼び立てる。
天使は俺に向けて手を伸ばす。
手から生み出されたのは眩いばかりの光。
暖かい光は徐々に俺の身体を覆っていく。
「ラティ……ス」
光は徐々に思考を奪う。
恐怖も抵抗感も。
「おいジキ…ぉ…」
友の声が遠くなる。
ラティス、ごめん。
俺の意識は光の中に溶けていった。
……
それから数日後、某匿名掲示板に新たなるコメントが投稿された。
あの噂は本当だ。
<DAWN>で人は死ぬ。
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