23.単純明快な考え方

 


「何をしておる!! 早く追いかけんか!!」


 オットーがギュンターさんを急かす。が、彼は逆に落ち着かせるように言葉を返した。


「分かってまさぁ」

「ギュンターさん。今はそれどころじゃないんです。キャンサ村に何かが起きているんです!」

「そんな奴の言い分を聞くのか? そいつも、そこにいる『奴』も、グルかもしれんだろう!!」


 怪我をしている村人を指さし、吐き捨てるように言う。

 そんなオットーに、アズが怒りをあらわにする。


「彼は怪我をしているのですよ! この期に及んで――」

「黙れ! 巫女などと言ってあの娘と共に、ワシから金を巻き上げようとした癖に! 金を出し渋ったから、そいつを利用して逃げるつもりだったのだろう!!」


 こうなっては何を言っても無駄だろう。

 ミティをすんでのところで逃がした事で、半狂乱になっているオットーは血走った目でアズを睨みつける。


「盗賊の仲間なんだろう! ワシをたぶらかしよって。いいぞ。捕まえて思う存分遊んでやる!!」

「……あなたという人は――」

「ちょっと待ってくだせぇ」


 止めに入ったのは、ギュンターさんだった。

 顎に手をやり、考え込むと僕の目をまっすぐに睨みつける。

 さきほどのような怒りはなく、冷静に――僕らを見極めようとしていた。



「なあ、少年。どっちが本当の事を言ってると思う?」

「それは……」


 何故そんなことを僕に聞くのかわからない。

 だけど、本当の事を言っているのは僕らだ。

 そう口にしようとすると、さえぎるようにしてギュンターさんが言葉を続けた。


「俺は馬鹿だからよう。あんたらが本当の事を言ってるように思うし――領主様の言うとおり、俺をだましているようにも思える」

「ギュンターさん」

「村があぶねえってなら一大事だ。だけども嘘ならあの嬢ちゃん追いかけてるうちに、あんたらも逃げるつもりかもしれねぇ」


 彼の身体に、異変が起こる。

 筋肉がゴキゴキと音を立てて隆起し、高かった身長がさらに大きくなっていく。


「だからここは、『冒険者としての流儀』で見極めようと思うぜぇ……少年よぉ。『力』を持つなら分かるよなぁ!!」


 彼の恐ろしい顔が、歪みはじめると――額から大きな角が生え始め、骨格が獣のそれへと変貌していく。

 確か、彼の子分さんがちらりと言っていた。

 彼は『ミノタウロス』を宿す――『猛牛』ギュンターだと……



 ブモォオオオオ――!!


 煙を吐き出すようにして、牛の頭を持つ怪物が唸りをあげる。

 いとも軽々と、身の丈はある戦斧を頭上でグルグルと回す。

 これが彼の『神獣』の力。

 シェンフーさんのように、彼自身へと憑依するタイプのようだ。



 冒険者にはもめ事を起こした時、どちらの言い分が正しいかを決める――

 一つのルールがある。

 実力主義な世界において、力は絶対的な指針だ。

 ジェスターもまた、そのルールに則って僕を分からせようとしていた。


 勝った人間が正しい。

 勝った人間が偉い。


 単純明快な、冒険者のルール。



「エリオット!」

「アズはそのまま、その人を癒してあげて。これは、『僕たち』のやり方だ」


 腰のショートソードを引き抜き、構える。

 僕も冒険者の端くれだ。

 彼がそれを望むのであれば、答えるのが流儀。



「行くぜぇ!!」


 嬉しそうな声を張り上げ、猛牛が突進。

 僕は飛び上がり――天井を蹴る形でギュンターさんの背後へと逃げる。


 猛牛の角が扉のすぐ横の壁をぶち抜き、粉砕する。

 ただの体当たりだが――ものすごい威力だ。


「わ、わしの屋敷を壊すなぁあ!」


 オットーが青ざめた顔で叫ぶけど、ギュンターさんは悪びれる様子もなく、瓦礫の中から現れる。


「その女を捕まえて人質にでもすれば、大人しくなるだろう! 暴れるんじゃない!」

「そうは行きません、旦那。こいつは俺とこいつの『タイマン』ですぜ。手出し無用でお願いします。邪魔するってんなら、旦那でも容赦はしねえ」

「この、脳筋牛め……」


 口を開けて、オットーがあきれ果てる。


「巫女様も、見守ってやってくだせぇ。あいつは俺とサシでやるつもりでさ。邪魔したら、少年の心意気ってやつが台無しになりますから」

「……わかりません。どうしてこうも、喧嘩ばかり……」

「はっは! 冒険者――男ってのは、これくらい単純な方がいいんですよ」


 ミノタウロスが豪快に笑い飛ばすが、アズは何一つ理解できていない顔だ。

 彼女の言い分も分かる。僕も争いごとやトラブルはできれば避けて通りたい人間だ。


 だけど、ギュンターさんのような考え方にも共感できる部分がある。


 どうすれば、損をしないで済むのか。

 どっちを選べば自分にとって得なのか。

 正しいのか、正しくないのか。


 そういったものを一切考えなくていいのは、気持ちがとても楽だ。



 打算的な考えも、何もない。

 単純な。

 とても単純な生き方。


 うだうだ考える事もないその生き方は、少し羨ましくもある。



 僕に勝つ。

 今の彼はそれだけを考えている。


 それなら僕も――


 ギュンターさんに勝つ事。


 それだけを考える!



「まあ、ちまちまやってちゃ、こっちもそっちも問題だらけだ。最初っから全力全開で行くぜぇ、少年! お互い死んじまっても恨みっこ無しだ!!」


 牛の怪物の筋肉が、大きく 怒張し――血管が浮き上がる。

 こっちも、彼に付き合っている暇はほとんどないのが現実だ。

 一刻も早く、ミティの後を追いかけなくちゃならない。


 ウロロロロロロロ


 こっちも最初から全力。ケルベロスの鎧を全身にまとい――狼の兜が唸りをあげる。




 ――狼と牛は同時に動き出した。


 ギュンターさんの懐へと、一気に接近する。

 彼も走り込みながら、豪腕を唸らして戦斧を振り下ろす。

 頭が叩き割られる直前で、無理やり身体を半歩横にずらして避ける。


 床に突き刺さる戦斧。

 僕はそれを足場にして、彼の喉元へと一直線――


 ギュンターさんが反応して片手で払いのけようとする。

 僕にはその動きはしっかりと見えていた。

 それさえも飛び越えて、彼の肩口にショートソードを振り下ろす。


 ガチンッ!


 決まったと思った一撃は、とてつもない力で跳ね返された。

 なんて、固さだ。

 彼は首をひねって、その頭に生えた角で突け止め、はじき返してみせた。

 その勢いのままギュンターさん――猛牛の角が、僕へと迫る。


 あの固さ、そして鋭さをもった角。ケルベロスの鎧すら貫きそうだ。

 そう危機感を感じた僕は、すぐさま空中へと飛んで回避。



 だけど、一息つくつもりはない。

 右手を伸ばして鎖を射出する。

 勢いよく伸びたそれは――彼の上腕部へと突き刺さった。



 すぐさま反応して、彼は腕で受け止めたようだ。

 経験がものを言うのだろうか。

 彼は不測の事態でも、しっかりと見て――反応してくる。


「しゃらくせえ!」


 腕に刺さった鎖をぐるりとひと巻きして固定する。



「うわわっ」


 ぐいいと、空中にいる僕が彼へと引っ張られた。

 予想外の行動に、反応するのが遅れる。


 僕が鎖を巻き取るよりもすばやく、ギュンターさんが渾身の力を込めて鎖をにぎると――

 大きく振りかぶって、地面へと叩きつけた。


「げふっ!」


 天井を削り取り――地面に穴があくほどの強さで、僕は叩きつけられた。

 背中に広がる強烈な衝撃で、肺から空気が押し出される。


 ケルベロスのおかげで衝撃はだいぶ軽減されているが、それでもすさまじい力だ。


 鎖を掴まれたのは、かなりまずいかもしれない……



 すぐさま起き上がって、鎖を巻き取ろうとするが――びくともしない。

 渾身の力を込めて、引っ張るがギュンターさんは微動だにせず。

 それどころか、彼の力によって僕の足が地面を滑る。




 ミノタウロス――ギュンターさんがにやりと笑う。


「力比べじゃあ……負け知らずよ!」


 ふわりと僕の身体が宙に浮く。


 彼が傷だらけな身体をしている理由がわかった。

 肉を切らせて骨を切る。それを地で行く人なのだ。



 ……まずい!


 まずいまずい!!




 彼の雄叫びと共に、僕の身体は屋敷の壁へ――天井へ――果ては大理石の柱へと叩きこまれる。

 紐でつられた人形のように。


 ケルベロスの鎧があるとしても、衝撃すべては防ぎきれない。

 幾度となくぶつけられる衝撃が骨をきしませ、脳を揺らす。


 い、意識が飛びそうだ。


 何とかしたいが、次々と襲い掛かる痛みに、思考がまともに働かない。



「うわはははは!!」


 高笑いと共にまた、勢いよく地面に叩きつけられる。

 一瞬、意識が飛んだ。

 口の中で鉄の味がする。それが血だというのはすぐに分かった。



 力で圧倒されている。


 こんな経験は初めてだ。

 ケルベロスを持ってしても、力比べでは歯が立たない。

 スピード勝負に持ち込もうにも、不用意に撃ち込んだ鎖が逆に僕を縛り付けている。



 どうすればいいんだ。


 戦闘経験が少ない僕には、その打開策が思いつかない。

 焦りばかりが募ってくる。



「エリオット!」


 今にも泣きそうな声が僕の耳に入った。

 アズだ。

 怪我をしていた村人を支えながら、心配そうに僕を見ている。



 そうだった。

 僕は、彼女の騎士だ。


 ――負けるわけにはいかない!!




「巫女様には悪いが、そろそろおねんねしろやぁ!!」


 ギュンターさんはまた力を込め――僕の身体がまた振り回される。


 鎖を固定されている以上、巻き取っても僕が彼の方へ向かうだけ。

 手綱を握られているのはこっちの方だ。

 正面きっての力比べでは恐らく勝つことはできない。

 であれば、この回転を利用するしかない。


 また、壁に叩きこまれる。

 意識が飛びそうになるが、なんとか堪えて――伸びた鎖をしっかりと見定める。


 伸びた鎖のちょうど中間点を、目標にしてじっと。


 左手を伸ばし、標的に構える。

 小さな目標だ。当たらなかったらたぶん、終わり。

 幸いなことに僕と鎖は同じスピードで『回転』している。

 おかげで僕の目には止まって見えた。あとはうまく当てるだけだ。


「おうらぁあ!!」


 一際力を込めて、ギュンターさんが僕を振り回す。

 ぐるぐると彼の頭上で円を描き、その遠心力で身体が――鎧がきしむ。

 回転速度はどんどんと上がっていく……


 この状態でなら、できるかもしれない……


 いや――やるしかない!!




 彼がどこかへ叩きつけようとする前に、

 僕の願いがこもった一撃が左手から発射される。



 空中で力いっぱいショートソードを投げつけた。



 ギュンターさんではなく――何もない空間へ。



 このまま飛んでいけば、遠くに見える屋敷の壁に突き刺さるだろう。


 ――だけど。

 そうならないはず。



 祈りにも近いが、剣を投げたその位置には必ず――


 僕から伸びる鎖がまた――通るはずだ。


 ぐるぐるとギュンターさんの頭上を回転させられていた僕は、

 一瞬先の未来に、『僕と鎖』が通る位置めがけて、剣を投げた。


 時計の針が同じ位置に戻ってくるように――

 回転する僕はそこを通るはず。



 振り回される鎖――そのちょうど中間点に、投げたショートソードがぶちあたる。


 渾身の力を込めた一撃。

 それがぶつかった鎖は――


 くの字に折れ曲がった。


 折りたたまれるようにして、遠心力がさらに加速する。

 くの字に曲がった先、僕が尋常じゃないスピードで迫る先にあるのは――ギュンターさんだ。



 彼めがけて、拳をめいいっぱい握りしめる。



 突然の方向転換。

 そして余りにもすさまじい速度に、ギュンターさんは反応することが出来なかった。




 メキメキメキッ!!


 僕の拳が、彼のわき腹へと深く――深く突き刺さる。



「オゴォッ……」


 胃液を吐き出し、苦悶の声をあげる。

 肉だけでなく骨まで破壊する衝撃が、僕の拳に伝わってきた。

 ケルベロスの籠手に亀裂が入り、僕の拳にもひびが入るのを痛みで感じる。


 僕の拳すら悲鳴を上げる一撃だ。

 ただで済むはずがない。



 その一撃を受け。

 彼は、たまらず膝をついた。


 すかさず、空中を舞う剣へと鎖を伸ばして巻き取ると――猛牛の首筋へと、刃を当てる。



「……参った」



 血反吐を吐きながら、ギュンターさんは手をあげた。

 内臓まで達した一撃に、彼は立つ事もできないようだった。





 乱れた呼吸を整える。


 ――勝った。


 ギュンターさんに勝てた。


 冒険者として、男としてこの戦いに勝ったのは。



 僕だ。



 なぜだか、ギュンターさんが笑みを浮かべる。

 それにつられて僕も口元を緩めた。


 お互いに全力を出した結果。

 それを認め合う様に。



 全身が痛むが、さわやかな気持ちだ。

 これで、心置きなくミティの元へと向かえる。






「まったく、どいつもこいつも役立たずばっかりだ……」


 ふいなオットーの声。

 ギュンターさんとの戦いに夢中で、居たのをすっかり忘れていた。


 彼はギュンターさんの勝ちを信じていたのだろう。

 失望に顔を歪ませて、呟いた。


「……結局、信じられるのは金と自分って訳だなぁ」


 オットーの身体が、光ったような気がした。






 その瞬間、僕の身体が何かに殴られるようにして吹き飛ばされた。


「がふっ」


 ぬめぬめした体液が胸元にべっとりとつく。


 なんてことだ。

 彼も。



『神獣』使いだったのか。




「旦那!」

「おいおい。『タイマン』勝負ってやつはもう終わっただろう? 貴様の負けでな……それともその怪我でワシとやろうというのか?」

「くっ」


 ギュンターさんが咎めるが、オットーは鼻で笑う。

 今のギュンターさんでは、彼に抵抗するのは難しいだろう。

 いつのまにか、彼の下半身からは濡れそぼった大きな触手が、いくつも伸びはじめていた。



 青白い触手はかなりの長さだ。

 あれで殴られたのだろうか……


「きゃあっ」


 突然、アズの悲鳴が轟いた。

 気づけば、彼女の身体を触手が蝕んでいる。


「アズ!!」

「まあ、厄介そうな小僧も虫の息にしてくれたのは助かったが……」


 アズが触手に絡め取られて宙に浮くと――オットーの隣へと運ばれる。




「くだらん事をしているからこういう目に会う。やはり最後に勝つのは――ワシよ」






★  ★  ★


神獣『ミノタウロス』 ―憑依型―


牛頭人身の怪物と呼ばれる神獣。

神話に伝えらえる姿そのままへと変貌させる力を持ち、身体能力を高める。

圧倒的な頑強さと、強靭な筋肉を併せ持ち、溢れ出すパワーは他の追従を許さない。

トラスの町のとって、牛の神獣は守り神として崇められている。


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