22.予定外の展開
シェンフーさんはその日のうちに、準備を済ませると行って先に村を出た。
「後は当日のお楽しみってな。町についたらギュンターが出迎えてくれるはずだ」
村へも戻らず、その夜は、ミティの許可を得てジャターユの羽をベッド代わりにして過ごした。
僕とアズ含めた三人でもすっぽりと包めるほど大きな羽は、毛先が心地よく高級な宿のベッドのようにふかふかだった。
「この子はミティちゃんのお友達?」
ふかふかの羽に埋もれて、気持ちよさそうなアズが聞く。
「うん。国からずっと一緒の……あたしの大事な――唯一の友達」
「そう」
「村まで逃げてこれたのはこの子のおかげ。魔物だけど、ちゃんという事を聞くし、人なんか絶対襲わない」
ミティは大事そうにジャターユの首を抱きしめると、答えるようにして大鷲が鳴く。
「ふふ……ベンスさんとシルバーちゃんみたいですね」
「そうだね」
「何の話?」
私たちだけの秘密だと、アズが意地悪な笑顔を見せ夜空を見上げた。
それからは眠くなるまで、ミティの旅の話と――僕らの話を交互にした。
旅の思い出を語るミティは、幼い頃のアズのようだった。
言葉数は少ないが、冒険を楽しんでいるようで――その節々から、義姉である巫女を心の底から慕っていたのを感じられた。
こんなに大事に思っていたのだから、彼女の巫女は良い人だ。
置いていったのにも理由がある。
きっと、何か訳があるはずだ。
僕はそう信じて眠りについた。
「お留守番しててね。ジャターユ……」
ミティがジャターユとの別れを済ませるのを待って村に戻った。
昼の馬車に乗り、僕らはトラスの町へと舞い戻る。
後は、うまくいくことを祈るのみだ。
● ● ●
「話は聞いてる。まさか、捕まえて帰ってくるたぁな……さすが巫女様です。頭が上がりませんわ」
馬車を出迎えてくれたのは、モヒカン頭のギュンターさんだ。
「……たまたまです。たまたま……」
アズは誤魔化すために、適当な返事を返す。
その後ろにはケルベロスの鎖でグルグル巻きにされたミティ。
「神獣の力は封じてあります。『神払い』を施していますので、もう彼女が力を行使することはできません」
「それも巫女の力ってやつですかい? いやはや、恐ろしいものでさぁ」
打合せ通り、アズが嘘をつき、ミティもそれにあわせてくれた。
『神払い』。悪事を働いた『神獣』使いから、神獣を取り除く力だ。
できる人間は限られている。アズは強力な力を持つ巫女だけど、一時的に力を封じるのが精いっぱいだと言っていた。
話によると、本当に『神払い』をするなら数人の巫女の力が必要らしい。
当然、ミティの『インドラ』は払っていないし、封じてもいない。
鎖での拘束も、見た目はがっちりと拘束しているように見えるが、いつでも抜けられるようにしてある。
ミティがおとなしくしてくれているおかげで、ギュンターさんはうまくごまかせているようだ。
「領主様の所へ、行きましょう」
ボロが出る前にと、領主の館へ僕らは向かった。
僕がいた、エリスの町の領主館よりも一際大きく、そして悪趣味な屋敷。
どこもかしこも金で作られたレリーフや、紋様が刻まれている。陽の光が反射して、目に痛い。
特に問題が起こる事もなく、すんなりと館の中にまで案内された。
館の中に、衛兵の姿は見えず、大きな広間には僕ら三人と、ギュンターさんのみ。
壁にはいくつも領主、オットーと思われる自画像が飾られてあり、その視線が僕らを見ているようでちょっと不気味だ。
「ゲヒョ。ゲヒョヒョ」
二階へ上る階段の奥から、奇妙な声と大きな息遣いがこちらへと向かってくる。
運動不足な人特有の、息の上がり方。
急いで向かってきているのが、分かるほどぜえぜえと息をしている。
「おお! おおおお!!」
ずんぐりとしたワシ鼻の男が二階から姿を現すと、ミティの姿を見て歓声をあげた。
びくりとミティが顔をこわばらせる。
よほど怖い目にあったのか――僕の後ろへと隠れるようにして小さくなった。
この反応。恐らく彼が――
「知らせがあった時は、嘘かと思ったが……よくぞ盗賊を捕まえてくれましたな!!」
ふうふうと息を吐きながら、一歩一歩。領主オットーが降りてきた。
彼も屋敷のように、金で出来た装飾品でこれでもかと着飾っている。
そのせいでずいぶんと重たそうな身なりをしているが、彼にとっては権力を誇示する方が大事なのだろう。
オットーは、目をらんらんと輝かせながら僕たちの前に立ち、手を叩いて喜ぶ。
「その娘にはほとほと手を焼いておりましてな。良かった良かった。さあさあ、早く身柄をお渡しください。すぐにでも対処をしておかないとまた何をしでかすか分かりませぬ」
「対処……『神払い』でしたら、すでに済ませてあります」
「なんとっ!?」
オットーが驚き、答えた主――アズの顔を見る。
アズも彼の対象範囲のようだ。彼女の顔を確認すると、舌なめずり。
そして、全身を舐め回すかのようにして、彼女の四肢を見定めると、一際いやらしく笑みを浮かべた。
「それはそれは……何とも、素晴らしいお力をお持ちで……巫女にしておくには『惜しい』ですな……ゲヒョ」
「……」
服の中を見透かすような視線に、アズもたまらず眉を歪めて後ずさりした。
彼女まで拒否反応を見せるというのはよっぽどの男だ。
「引き渡す前に、懸賞金が本当かどうか……見せてもらえますか?」
オットーのいやらしい視線からアズを守るようにして僕は間に入る。
邪魔が入ったと、彼は眉をひそめた。今の所、シェンフーさんが言っていた通りの人だ。
そんなオットー相手にできる限り、時間を稼いで欲しいとも言っていた。
「旅をするのに、どうしてもお金がいります。先に確認できてから、彼女を引き渡します」
「……ええ、ええ。もちろんちゃんと報酬は出しますとも。ですがね。100万パールという大金です。今すぐに全額というのは難しい話です」
「であれば、用意できるだけでいいので。確実にあるという証拠を見せていただけませんか? なにぶん、騙される事が多いと聞く町ですので」
「おいおい。領主様にそういう態度はよぉ」
ギュンターさんが慌てて、僕を止めようとする。
さすがにこの言い方にはオットーもカチンときたようで、僕を睨みつけてきた。
「……心外ですな。とはいえ――言いたいことも分かります。明日までには必ず用意いたしましょう。どうです? それまでわが屋敷でゆっくりとされては?」
僕を無視して、アズへと言葉を投げかける。その目線は彼女の胸元へと向けられていた。
どうにかしてやろうという魂胆が見え見えな顔。
どこまでも欲望に忠実な人だな。
「そういう訳にも行きません。旅を急いでいますので」
僕はまた、さえぎるようにしてオットーの前に立つ。
「せっかちな少年だ。では、こうしましょう。盗賊の少女を先に引き渡していただければ、即刻お金を用意しましょう。引き渡しが先です。でなければ、最低一日待っていただくほかありませんな」
「……」
「まだ、何か?」
これ以上何かを言って時間を稼ぐのは難しそうだ。
――ミティの方を見る。彼女は構わないと瞳で答え、バレないように小さくうなずいてくれた。
オットーが、僕らが見えない所で何かする可能性もあるが、『インドラ』が使えるミティならうまく切り抜けられるかもしれない。
「アズ。いいかな?」
「……はい」
これ以上の時間稼ぎは難しいと、許可をもらい、ミティをオットーの前へと歩かせる。
構わないと言っていたが、ミティは明らかに怯えた表情を隠しきれていない。
「手こずらせおって……たっぷりとお仕置きしてやろう……ゲヒョヒョ」
彼女の耳元で、オットーが呟く。
それを聞いたミティの身体が震えだすが、『インドラ』が現れる気配はない。
唇を噛みしめて、必死に我慢している。
今すぐにでも解放してあげたいが、ミティは僕らのために頑張ってくれている。それなら、僕も我慢しないといけない。
シェンフーさん……まだかな……
先に手を打つと言っていた彼は、まだ現れない。
今のままでは、オットーの悪事を暴く前にミティが暴れ出しかねない。
早くしてくれ……シェンフーさん……
――背後で勢いよくドアが開く音がした。
噂をすれば。といったやつだろうか。
「シェンフーさ――」
僕らは待ってましたと振り向くが、そこに居たのは――
血だらけになった男性だった。
肩から胸元に三筋、鋭利な刃で斬られたような深い傷を負っている。
「た、たすけ――」
息も絶え絶えに彼は助けを求め、前のめりに倒れ込む。
シェンフーさんではなかった。
しかも誰だか分からないけど、大けがをしている。
誰もが状況を飲み込めずに、啞然としていると、声を荒げた少女がいた。
「キャンサ村の人だっ」
ミティだ。彼女は我を忘れ、僕の鎖を振りほどき、瀕死の彼の元へと駆け寄る。
それを見てようやく、死にかけている事に気づいたアズも後に続く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「む、村が……」
「じっとしてください。今、傷を癒しますからっ!」
すぐさまアズが『八咫烏』を召喚する。
キャンサ村に何かあったのだろう。
必死に何かを訴えようとしている彼を見て、即座に察知したミティが、外へと駆けだしていく。
「ミティちゃん!」
アズが叫ぶが、聞く耳を持たない。
あっという間の出来事。
僕はそこで、気づいた。
背後から感じる、すさまじい怒気に。
しまった。
突然の出来事に、忘れていた。
ミティは僕らが捕まえている『はず』だったことを。
「だ、騙したなぁ!!」
オットーが、地団駄を踏んで叫ぶ。
不味い事になった。
何の手がかりも得ずに、しかも彼の目の前でミティを開放してしまった。
ギュンターさんも、状況を把握できていない顔をしていたが。
僕らが捕まえたというのが嘘だという事は理解したようで――
もともと怖い顔を、さらに怖くし――大きな戦斧を僕へと向けた。
「……どういう事だ?」
初めて見る、ギュンターさんの殺気がこもった顔。歴戦の戦士だけが持つ威圧感が僕にぶつけられる。
「早く追え!!」
オットーが怒りをあらわにして、叫ぶと、ギュンターさんが舌打ちをしてミティの後を追おうとする。
どうすればいい。
どうすれば……
村に何かがあったのは確実だ。それならミティの後を追わなくてはいけない。
かといって、アズを一人にはできない。彼女は怪我を治している最中だし、オットーの前で放置するわけにはいかない。
ギュンターさんは状況を分かっていない。町の護衛騎士を任されているのだから、優先するのはオットーの命令だろう。
彼はミティを捕まえるつもりだ。
くそっ。
予定外も予定外だ。
僕は心の中で悪態をついて――
ギュンターさんの前に立ちはだかった。
「何のつもりだぁ。てめぇ」
「……これには訳があるんです……」
「訳だぁ……ふざけた事言ってねえでそこをどけ!」
だめだ。この状況で話しても分かってくれそうにない……
なら、僕が選ぶ選択肢は一つ。
ギュンターさんを阻止し、アズと共にミティの後を追いかける。
それしかない。
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