21.ミティという少女

 


「傷つけるつもりはありません。本当に話がしたいだけなのです。信じてくれますか?」


 アズは目線の高さを合わせて、信頼させるためにまっすぐミティの目をみつめる。

 何も答えないが、僕らの目的を理解してくれはしたようで。

 少女がうなずいて返事を返すと、アズはそれを見て微笑み――僕を見た。


「僕らは何もしない。今から鎖も外すから、じっとしててね」


 ミティを信用し、僕は鎖を巻き取り開放する。

 抵抗することもなく、彼女は膝を抱えてじっとアズを見つめていた。

 ジャターユと呼ばれた大鷲も、羽を休めておとなしくこちらを伺っている。



「ミティちゃん……ですよね」

「……どうして名前を知ってるの?」


 褐色の肌。フードをかぶっていたので気づかなかったが、後ろで結いこんだ白い髪は綺麗で、ほどけばそれなりに長そうだ。

 可憐な少女は、不安そうな顔でアズに聞き返す。


「……キャンサ村の村長さんから聞きました」

「村長から……」


 ミティはあきらかにショックを受けた顔をした。

 裏切られたというよりは、なぜ僕たちに教えたのかが知りたい。そんな複雑な表情を見せ――うつむく。


「どうして、トラスの町で盗みを……?」

「それは……あたしには……それしか……できないから……」

「……」

「村の子、お金が払えないと……連れていかれるから……村のためにできる事……それしかないと思ったから」


 膝をぎゅっと握り、彼女は小さくなる。

 幼いながらも悪い事だというのは、理解しているようだ。

 彼女なりに、出来る事を精いっぱい探して、見つけたのがその行為だというのが、僕には理解できた。

 昔――ハウンド団に居た僕とよく似ている。

 役に立てるなら、どんなことでもやろう――と、必死になっているこの感じ。


「村長さんはあたしの事、助けてくれた。だから、何とかしたかった……」

「助けたねぇ……」

「シェンフーさん」


 僕は何かを言おうとしたシェンフーさんを首を振ってとめた。

 彼が言おうとした事は分かる。


 村から離れた、こんな小さな小屋に押し込められている。


 助けてくれた――受け入れてくれたとは、言いにくい状況だ。



 だけど、彼女はそれを信じている。




「あなたは……巫女様なの……?」



 ふいに、ミティの方から質問を投げかける。

 さきほどから確かめるようにしてずっとアズの姿を凝視していた。

 アズの事が気になっているらしい。


「はい。私は巫女として、旅をしています。まだまだ、未熟者ですけれど」


 和ませようとして、アズはニコリと笑う。


「……旅の巫女……あの、その……旅の途中で、あたしと同じような肌をした巫女様と会いませんでしたか? 歳はおねえちゃんと同じくらいの」

「……いいえ。ごめんなさい。見ていません」

「そう……」


 アズが申し訳なさそうに首を振ると、ミティはひどくがっかりした表情で遠くを見つめた。


 同じような姿の巫女。

 彼女のお姉さんか何かだろうか。

 もしかしたらそれを探しているのかも。



 そう思っていると、ゆっくりと彼女が尋ねた理由を教えてくれた。



「ミティね。巫女の護衛をしていたの……血は繋がっていなかったけど、お姉がシヴァの巫女に選ばれて……」

「シヴァっていうと、東の国――俺の故郷の隣にある帝国か?」


 シェンフーさんが聞くと、彼女はこくりとうなずく。

 ここからずっと東にある大きな国だ。

 見たことはないが、長い歴史を持つ国だという事は何となく知っている。


「お姉は巫女になって、門を閉じる旅に出たの。ミティはその護衛の一人」


 どうやら、僕らと同じように巫女の旅をして――ここにたどり着いたようだった。


「私とおんなじですね」

「うん。でも……ミティは、ここに置き去りにされちゃった……」


 消え入りそうな声で、さらに小さくなる。

 言葉を紡ぐその声に、恨みはこもっていない。

 むしろ、自分の非力さを嘆くようにして瞳を潤ませる。



「生まれた時から『インドラ』を宿してるあたしは、みんなから嫌われてた。うまく制御できないから……いろんな人に怪我させて……それでも、お姉だけは変わらずミティに接してくれた。だから、力になりたくて戦士になったの」



 自分に手を差し伸べてくれた義姉のために、彼女はその力を役立てようと必死にやってきたのだろう。

 ハウンド団での僕も同じような気持ちでジェスターたちのために頑張っていた。

 やっぱりどこか――僕と似ている。

 あいにくその時の僕は、『力』を持たず、ミティとは正反対だったけど。



 ふいに、彼女の身体がバチバチと音を立て――背後から『インドラ』が姿を現す。

 ほとばしる電流が動物の姿をふちどっていく。

 流れる電気そのものが生きているかのように、全身が雷で作られた『神獣』。

 鼻の長い巨大な『神獣』が彼女を見下ろす。


「感情が不安定になると……こんな風に出てきちゃうの。修行して、ある程度抑えられるようになったけど」


 ミティがそう言ってほんの少し振り向くと、電気が四散するようにしてかき消えた。


「それでも全然だめで……仲間からも力をうまく扱えない未熟者だって……失敗ばっかりだったし、迷惑もたくさんかけたけど、頑張ってるつもりだった。でも――この町に来たら……」




 今度は一転して――絶望と恐怖に顔を歪ませた。




「お姉が――領主様に……あたしを……売ったって」

「そんな……」



 アズがその言葉に絶句する。同じ巫女として信じられないのだろう。

 ミティはその時の事を思い出したせいか、全身をこわばらせている。


「役立たずだから売られたんだって領主様が……怖くて、辛くて……お姉は厳しかったけど、そんなことするなんて信じられなくて――逃げてきたの……ここに」


 肩を震わせ、涙をこぼしながら彼女は言った。


「あの変態野郎……」


 シェンフーさんが腕を組み、舌打ちをし――アズは口を抑え、驚いていた。


「信じられません……」


 ……僕もミティが売られたというのは、どうにも信じがたい。

 ミティの口ぶりから、姉と慕う巫女がそんなことをするようには感じられなかった。

 もちろん、ジェスターのようにそれが偽りの姿だった可能性は――十分にある。


 だけどこの町の領主、オットーという人物が、悪趣味な人物であるのはシェンフーさんから聞いている。

 ミティはとても可憐な少女だ。

 嫌な言い方だが、オットーには素晴らしいご馳走に見えるだろう。

 何か裏がある可能性が高い。

 僕はそう信じたかった。


 すでにゲーバ村長から、彼女は裏切られている。

 信じている人から――二人にも裏切られる事が、あってたまるか。



「どうしたらいいか、どこに行けばいいのかわからなくて……だから、助けてくれた村長の力になれれば……そうすれば、また『捨てられなくて』済むと思ったから……」


 嗚咽混じりに、彼女はそのすべてを吐き出してくれた。

 僕が冒険者を目指し、孤児院を飛び出した時と同じくらいの歳をした少女。

 その子が味わうには過酷過ぎる内容だった。


 ジェスターに裏切られたあの日の事は思い出したくないくらいショックが大きい。

 この歳でそうなのだとしたら、彼女は一体どれほど絶望したのだろうか。


 村長に利用されているのだとしても、彼女にとっては何としても守りたい居場所なのだろう。

 悪事に手を染めてでも、すがりつきたくなる気持ちは分かる気がした。



「ありがとう。教えてくれて」

「あっ……」


 アズが優しく、ミティを抱きしめる。


「危ないよ……今のあたし……ぐちゃぐちゃだから……『インドラ』が」

「大丈夫です。それくらい、へっちゃらです。こう見えて昔から、雷に泣かされた事ないですから!」


 アズは何故かえばる様にして、胸をはる。

 一瞬、戸惑いを見せはしたが――その胸に顔をうずめて、声をあげずにミティは泣いた。

 ミティを落ち着かせるため、しばらくの間、アズは優しく抱きしめ続けた。




 ●  ●  ●



「さて、本題に入ろうか」


 目を真っ赤にしているが、冷静な表情のミティを見て、シェンフーさんが切り出した。


「何もとって食おうって話じゃない。領主に売られたって言ってたよな。あいつの屋敷で、同じような娘が監禁されていたりとか奴隷の売り買いをしてるとか――何でもいい。見たり聞いたりしてないか?」

「……わからない。でも、ミティのこと地下へ連れてこうとしてた。その途中で、逃げだしたから」

「証拠になりそうなものは、屋敷にあるって訳だな……」


 腕を組み、次の作戦を練る。


「後はどうやって、オットーの屋敷に入るか……だな。正面突破でもいいんだが、かなりの数の衛兵とやりあうとなるとなぁ」

「それはいけません。関係のない人を巻き込むのは……」

「わかってるよ。関係ないとは言い切れないが、むやみに怪我人を増やすつもりはねえ」

「こっそり屋敷に潜入する……とかですか?」

「ありっちゃありだが……バレた時にこっちの言い分が立てづらい。俺ら以外の証人が必要になってくる。そいつのあてはあるんだが……」


 僕たちの議論を、ミティはぽかんとしながら見ている。

 それもそのはずか。


「本当に捕まえないの? あたしの事……」

「……そうだよ」

「いいの?」

「……うん」

「……」


 本当に捕まえる気が無い事を知り、彼女は驚いた表情を見せた。


「金は惜しいが、そういう事だ。うちの巫女は領主様の悪事を正す事にした。とはいえ、嬢ちゃんがやった事も犯罪だ。罪は罪。それなりの処罰は受けてもらうぞ」

「……はい」


 処罰という言葉に少し強張った表情を見せたが、甘んじて受け入れる覚悟はあるようだ。


「シェンフー……」

「とりあえず、その話は全部済んでからだ。今はオットーの野郎と会う算段をつけないといけねぇ。あいにく俺は警戒されちまってるからな」

「僕らだけなら、会えるって事ですか?」

「可能だろうが、オットーの野郎の方には会う理由がねえ……どうするか……」

「うーん」



 作戦会議を再開していると、ミティが恐る恐る口を開いた。




「だったら……あたしを差し出せば……会えるんじゃない……かな」


 勇気を振り絞って、僕らに提案したミティに視線が集中する。

 その視線に耐えられなくなったのか、目をそらしながらも彼女は言葉を続けた。


「あたしの事、ずっと捕まえようとしてるんだし……巫女のお姉ちゃんが捕まえたって言えば……会ってくれると……思う」


「まあ、そりゃそうだわな」

「でも、いいの? ミティちゃん」


 しばらく考えをめぐらし、彼女は首を縦に振る。



「いいよ。あたしみたいな目に会う子が居なくなるんでしょ?」



 力強く返事をするミティは、戦士の顔になっていた。




★  ★  ★


神獣『インドラ』 ―使役型―


全身が雷で出来た象の神獣。

身体を流れる電撃を宿主を媒体にして、放出する。

うまく制御することが出来れば、痺れさせる程度の電流から、巨木を粉砕するほどの一撃まで放つことが可能。

雷で出来ているため、実体がないような神獣だが、宿主のみ触れる事ができる。

ミティは、それを利用して曲芸めいた動きを可能にしている。


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