20.打開策
「人使いの荒い村長だぜ……」
キャンサ村近くの森。シェンフーさんが悪態をつきながら先行する。
「彼のいう『グリフォン』というのは、おそらく彼女が逃げる時に現れた大きな鳥の魔物だと思います」
僕がすぐ後ろをランタンで照らしながら、追従。
そして、アズが最後尾を歩く。その足取りは重く、表情は暗い。
盗賊の少女の住処。それをゲーバ村長から教えられた僕らはその日のうちに出発した。
村長は一泊する手配を整えてくれようとしていたが、断った。
早く事を済ませてしまいたかったのと――あの村に居るのが耐えられなかったからだ。
村長が盗賊の少女、ミティの居場所を白状した事を村の人々は知らない。
僕らには何も教えないという態度は、変わっていなかった。
仮に、村長の裏切りを教えたとしても、彼らが信じるはずもなく。
無意味な敵意を僕らが浴びるだけだろう。
シェンフーさんは、それでも一日休んでから行くべきだと提案したが、
僕とアズがそれを拒んだため、しぶしぶ僕らに従ってくれた。
「盗賊の少女が居なくなれば、残されたグリフォンが何をするか分からない。だからついでに『処分』するつもりなんだと思います」
「念には念を。ってとこか。いやはや恐れ入るねぇ」
ミティの居場所を教える追加条件――それは、彼女と共にいるグリフォンの退治だった。
彼女によくなついているそうだが、魔物は魔物。
村に危険が及ぶ可能性がある『もの』は、極力排除したいのだろう。
村を守る村長としては、正しいことを言っているのかもしれない。
うつむいて、何かを考えながら歩いているせいか、アズは僕たちとは違う方向へと歩きだしてしまっている。
「アズ。そっちじゃないよ」
「……えあ!? すいません」
ちょうど、木にぶつかる直前で彼女は僕の声に気づいてくれた。
落ち込んでいる姿を見て、シェンフーさんがため息をつく。
「あのな。世の中、みんな幸せになれるようにできてねーのはお前もよく分かってるだろ。アズリエル」
「……はい」
アズはシェンフーさんの言葉を噛み締めるようにして、またうつむいてしまった。
なんとかして、この案件をかみ砕いて納得しようとしている。
「でも、なんとかできないでしょうか。グリフォンと一緒に彼女をどこか遠くに逃がすとか……お金が無くても、旅はできると思いますし……」
もっといい選択肢がないのかと、僕はシェンフーさんに尋ねる。
旅の路銀は欲しい。けれどもそのためにアズが辛い思いをするのは、避けたい。
幼稚なわがままを言っているのは自分でもわかっていた。
「お優しいのは良いことだけどな。優先すべき物事ってのは、ちゃんと見極めていかないとダメだ。人生の先輩として忠告しといてやる。あと――」
シェンフーさんは僕たちを見て、あきれた顔をしながらオールバックの髪をかき上げる。
「馬鹿正直にオットーの野郎へ引き渡すつもりはねーよ。これでもちゃんと打開策ってのを考えてあるんだよ」
「……本当ですか?」
「ああ。この手はできれば使いたくないんだが……面倒な事になるからな」
アズが、ピクリとその言葉に反応する。
どうやら、シェンフーさんが言う打開策に心当たりがあるようだ。
「どうするかはアズリエル。お前が決めろ」
シェンフーさんは決定権をなぜかアズに委ねた。
彼女にも関係がある策のようだ。
重大な決断なのかもしれない。
彼女は、思いつめた表情をして考え込み始めた。
視線を落とし、どうするべきかを思案している。
僕は、彼女がそこまで追い詰められないといけない理由が分からず、シェンフーさんに尋ねた。
「その策と、アズが関係あるんですか?」
「ああ。このカードを切ると、厄介な人物に俺らの居場所がバレちまう可能性がある」
「厄介な人物……?」
アズも知っている人なのだろうか。
彼女の方を見ると、意図的に目線をそらされた。察するに話しづらい内容なのだろう。
父親の件もある。無理に聞く気にはなれず、僕はそのまま黙る事にした。
「……シェンフー。救えるのですね?」
「ああ。ついでにオットーの野郎にはきついお仕置きが必要だからな。その代わり、どういう結果であれ、すぐに町は出る事になるぞ」
「……わかりました。シェンフー、お願いします」
彼女は覚悟を決めたとうなずく。
盗賊の少女を救うために、何らかのリスクを背負った事だけが、僕にもわかった。
「エリオット。その――」
「大丈夫だよ。言いにくい話なら、無理に言わなくても。無事に済ませて、旅を続けよう」
「……ありがとう。エリオット」
まだ固さが残る笑顔をアズは見せてくれた。
先ほどよりは、明るくなってくれたようなので、少し安心する。
どのような策なのかは気になるところだけど、それが成功することを祈るしかない。
「であれば、盗賊のお嬢ちゃんとはしっかり話つけないとな。そのためには、アズリエル、エリオット。二人の力がいる。しっかり頼むぞ」
「はい」
僕らはお互いにうなずきあい、ほんの少しだけど――軽くなった足取りでシェンフーさんの後を追った。
● ● ●
森の中に突然、ぽつりと小さなあばら家が現れた。
木の板で申し訳程度にふちどられた家のようなものは、人が住むにはあまりにもお粗末な出来だった。
ここに暮らしているのだろうか。
そうなのだとしたら、あまりにも不憫な生活環境だ。
「おいでなすったな。二人とも準備はいいな」
シェンフーさんが構えると同時に、木々の上を大きな何かが飛び回る音がし始めた。
強烈な風圧に、葉ががさがさと揺れる。
影ですら追いかけるのが難しいが、あれは『グリフォン』だ。
ライオンの身体に、鷲の頭と翼を持つと言われる魔物だけど、ちらりと見える姿は巨大な大鷲といったところ。
僕らを警戒し、威嚇するように甲高い鳴き声をあげる。
こちらも腰のショートソードに手をかけ、しかし、引き抜かずに辺りを見渡す。
近くに『彼女』もいるはずだ。居場所を判明させるまで、むやみに剣を抜くわけにはいかない。
案の定、上空から幼い可憐な声が響き渡る。
「すぐに立ち去って。でないと……怪我する」
まるで森の妖精に話しかけられているようだ。
顔は動かさず、目だけで声の主を探す。
どこかの木から、僕らを見下ろしているはず。
「私たちは、あなたに話があるのですっ」
アズが声を張り上げて、ぐるりと辺りを見渡す。
森の妖精は、少しの沈黙の後、返答を返してくれた。
「……話す事なんかない。早く立ち去って」
予想通り、彼女は突っぱねてきた。
もとより彼女がおとなしく聞き入る道理はない。
だけども、返事をしてくれるというのは好都合だ。
見つけた。
左斜め上前方。
細い木の枝の上、器用に身体を乗せている少女がちらりと見えた。
フードを目深にかぶり、木のかげに身をひそめてこちらを伺っている。
彼女がもう少し身体を出してくれれば、狙いやすいのだが……
アズに見つけた事を、目線で知らせる。
彼女はこくりと頷くと、背後でゆっくりと、見つからないように印を切り始めた。
術式が完成するにはほんの少し、時間がかかる。
バレないようにして、何とか時間を稼ぎたい。
「トラスの町で会った僕を覚えてる?」
僕は声を上げ、わざと一歩前に出た。監視する少女から、見えにくい位置に移動するため。
彼女――ミティが僕の顔見るには、隠れている木から少し身を乗り出さないといけない。
「……興味ない」
「そう言わずに、あの時君が、『落としたもの』を返しに来たんだ。それと、良ければ話がしたい」
彼女が大事にしているものを落としたという口ぶりで、大げさに声を出す。
その上、右手を出し――彼女から見えない所で『何か』を広げるふりをする。
もちろん、そんなものを僕は持っていないし、落とし物は嘘だ。
フードの切れ端は持っているけど、それが大事なものなはずがない。
僕はまだ居場所を分かっていないふりを装うと、目線の端で少女が訝しげに眉をひそめているのが見えた。
騙し討ちはちょっと気が引けるけど。
彼女はまんまと引っかかってくれたようだ。
僕の右手を確認しようとして、身を乗り出す――
木から全身が離れる。
今だ。
振り向きざまに、右手の鎖を伸ばす!
一直線に、少女へと飛翔し、反応されるよりも早く拘束する――
「くっ! また!」
巻き付いた鎖に、彼女が怒りの表情を見せる。
髪の毛が逆立つようにして、バリバリと音を立てて帯電を開始した。
『神獣』の力を使うつもりだ。
このままでは昨夜と同じく、鎖を伝って僕は感電してしまう。
だけど、今回は――
「アズ! お願い!!」
「はい!」
アズがいる。
「『八咫烏』!!」
小さく印を切った指先を、びしりと少女へと向けると――三つ足の鴉が飛び出す。
僕の鎖の上をなぞる様にして、鴉が彼女に迫り――身体を撃ち貫く。
「な、何が……」
目を閉じ、痛みをこらえようとしていたミティが不思議そうにつぶやく。
八咫烏が彼女を貫いたが、どこにも異変がない。
怪我一つない自分を不思議がっていたが、すぐさまどこに『異変』が起きたのか理解し――青ざめた。
「『インドラ』……?」
全身に帯び始めていた雷が、消え失せている事に気が付いた。
『神獣』の名前なのだろう。
それが、無反応であることに彼女は驚きを隠せないでいた。
「成功ですっ」
「よし!」
アズがやり切ったようにふうとつぶやくのを聞いて、僕は鎖を巻き取る。
それに引っ張られるようにして、ミティの身体が宙に舞い、僕の手元へと。
「きゃあっ!」
小さな悲鳴をあげる彼女を、ぽすりと抱きかかえ――ゆっくりと地面に座らせる。
キッと僕らを睨みつけるが、あきらかに混乱している表情。
もがけど、あがけどケルベロスの鎖は外れることがなく、彼女の『神獣』も応答しない。
「くっ……何が……」
「一時的ですが、あなたの神獣を封じさせていただきました」
アズがいら立ちを見せるミティと同じ高さに屈みこみ、諭すようにして呟いた。
封じられたという言葉を聞き、彼女もようやく理解したようで、暴れるのをやめ、観念したようにうつむく。
シェンフーさん考案の作戦は、まず第一段階が成功といったところか。
――と。
「うわっ!」
上空からすさまじい風圧と共に、グリフォンが舞い降りてくる。
主人を捕まえられて怒り心頭といったところか。
恐ろしい鳴き声をとどろかせて、翼を広げた。
改めて、姿を見せられると驚きを隠せない。
馬や馬車なんかよりもずっと大きい。
見る者を圧倒する、巨大な鷲。
僕の頭を簡単にもぎ取ってしまいそうなかぎ爪を光らせ、今にも襲い掛かってこようとしている。
「くっ!」
最初の目標に定められているのは、どうみてもアズだ。
僕はたまらずショートソードを引き抜き、壁になるようにして立つ。
シェンフーさんも加勢し、両腕を虎へと変えて吠える。
迫りくる大鷲――
剣と爪。拳とくちばしが交差する直前。
「やめてっ! ジャターユ!!」
ミティが叫ぶと、大鷲はピタリと動きを止めた。
「その子は傷つけないで……大人しくするから……」
その言葉を聞いて、僕らはゆっくりと剣を収める。
少女は、それを見てうなだれると。
これからひどい未来が待っているのを、覚悟するかのように、唇を噛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます